「だから、私は山へ行く」 #03 小松由佳さん
ランドネ 編集部
- 2020年04月14日
秋田の里山に生まれ、ヒマラヤを目指した少女はいま、厳しい自然に生きる人々の暮らしを伝えている。登山家から写真家へ。心の赴くままに人生を切り拓く小松由佳さんの生き様に迫る。
生と死の狭間を経験。難民の暮らしと向き合う
日本人女性初のK2登頂を成し遂げた登山家として知られる、小松由佳さん。本格的に山を始めたのは、高校時代。競技登山に打ち込み、卒業後は、山岳部を有する東海大学に進学。じつは、女人禁制ルールを理由に一度は、入部を断られたのだが、納得がいかず居座ったというから、その意志の強さに驚かされる。
「理不尽だなぁと思ったし、山にも登りたかったので」
年間260日に及ぶ山行。合宿ではひと月、北アルプスを歩き続けた。当然その間、お風呂には入れず、着替えもなし。どうせすぐに音を上げるだろう――。そんな周囲の予想に反して、小松さんは必死で食らいついた。
だが、男性部員と同じメニューをこなしてもなお、何かにつけて女だからと区別される。くすぶる葛藤をもて余していたとき、ひとりの先輩の言葉に救われたと明かす。
男だ、女だと分けるのは人間だけ。暑さも寒さも喜びも、山はすべて平等に与えてくれる。だから、自分で壁を作るなよ――。
「本当にそうだなと思って。小さなことに惑わされないよう、かねてから憧れていたヒマラヤ登山を目標に練習に打ち込んでいたら、周囲の見る目も変わっていきました」
部員の信頼を得て、4年次には主将を任されるまでに。さらにこの年、小松さんは未踏峰ドルクン・ムスターグ(6355m)で、夢のヒマラヤデビューを果たした。
大学を卒業した年には、日中友好の登山隊に参加する機会を得て、チョモランマに挑戦。だが、高所順応で遅れをとったことで、早々に戦力外と見なされてしまう。登頂を巡る熾烈な競争に失望し、山への情熱を見失って、帰国後2カ月間は、自宅にひきこもり過ごしたという。
大学山岳部の監督から、創部50年記念事業でK2(8611m)遠征の話をもちかけられたのは、まさにその渦中のことだった。
「参加するかどうか迷いました。でも、人から与えられるチャンスは、逃したら二度と巡ってこないかもしれないと思ったんです。そもそも自分は、山にいるだけで幸せだったはず。初心に立ち返り、純粋に山と向き合いたいと思い直しました」
そうして掴んだチャンスで小松さんはK2登頂を果たす。だが、山頂に立っても喜びに浸る余裕はなく、下りに挑む緊張のほうがはるかに大きかった。
「最終キャンプにたどり着けず、ビバークしたときには、死ぬかもしれないという考えがよぎりました」
一晩中、眠りに落ちては起きるを繰り返して迎えた朝。燃えるような朝焼けの光のなかで、生きて帰りたいと、痛烈に感じたと打ち明ける。
自分はこれ以上、ヒマラヤを求めていないんだな――。そう自覚したのは翌年、シスパーレ(7611m)に遠征したときのことだ。
「ヒマラヤのふもとに暮らす人々と触れ合うなかで、自分の求めていたものがそこにあると思いました。命を削るような登山に挑戦してきたのは、生きるとはどういうことかを体感したかったから。でもそれが、ヒマラヤだけでなく、人間の暮らしのなかにあることに気づいたんです」
2008年には半年間の旅をし、モンゴルの草原やシリアの砂漠で遊牧民と生活を共にした。人々の暮らしを伝えたいと、写真の勉強も始めた。以来、アルバイトでお金を貯めてはシリアをはじめ中東の砂漠地域に渡航。シリアの遊牧民一家の取材を続けるなかで、夫となるラドワンさんと出会う。
だが、2011年にシリアで内戦が勃発。一家も散り散りになり、ラドワンさんも政治的な理由から難民になってしまった。やがてヨルダンで避難生活を送っていたラドワンさんと結婚に踏み切る。
「結婚生活は、K2登山よりもはるかにサバイバルでしたね(笑)」
砂漠の民として生まれ育ったラドワンさんは、日本の生活になじむまでに2〜3年の月日を要した。その間、小松さんは写真家としての活動を中断。はじめて正規の職員として就職し、家計を支え続けた。
結婚して約7年。いまは夫も職を得て、自身は写真家の仕事に専念できている。3歳と11カ月、ふたりの子どもにも恵まれた。
「共存の意識があったから夫婦関係を続けてこられました。わたしと夫では生まれ育った環境が大きく違うので、分かり合えないことがあるのは当然。その事実を認めたら、気持ちがずいぶん楽になりました」
それは、シリア難民の取材を通して学んだことでもある。
「重要なのは、価値観が違う相手とも同じ場に居られること。人はときに前提すら違うこともある。話し合っても理解できないこともある。それでもいっしょにここにいることはできる。そうした積み重ねが、〝共存〞というものだと思うんです」
小松由佳
フォトグラファー。2006 年に日本人女性として初めてK2 に登頂し植村直己冒険賞を受賞。現在は、シリアの内戦・難民をテーマに取材を続け、難民の自立支援活動にも取り組む。
https://yukakomatsu.jp/
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ランドネ 編集部
自然と旅をキーワードに、自分らしいアウトドアの楽しみ方をお届けするメディア。登山やキャンプなど外遊びのノウハウやアイテムを紹介し、それらがもたらす魅力を提案する。
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