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「だから、私は山へ行く」 #06 田淵三菜さん

山を愛し、山とともに生きる人に迫る連載。
第6回は、23歳でひとり北軽井沢に移り住み、森のなかに立つ小さな小屋に暮らしながら、1年以上にわたって森の表情を撮り続けた写真家の田淵三菜さん。「森は信じられる場所」と話す三菜さんの、再生と希望の物語。

「だから、私は山へ行く」
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まだ見ぬ景色を求め、海を越え、山を歩く

2011年の春、大学3年生だった田淵三菜さんは深い混乱のなかにいた。卒業後の進路に迷っていたこと、写真家の父の影響で始めた写真の表現に限界を感じていたこと、震災直後の世の中がひどく不確かなものに思えたこと。いくつもの不安や悩みが重なる日々のなかで、三菜さんは身動きが取れなくなっていた。

「どうしよう、どうしよう……。そう思い詰めてしまっていたときに、両親が『北軽に行かないか』と誘ってくれたんです。叔父の別荘がある北軽井沢は、2〜3歳のころからよく訪れていた場所。私の成長とともに足が遠のいていましたが、ひさしぶりに行ってみようよって」

数年ぶりの北軽井沢には懐かしい気配があった。自然のなかに身を置いていると、木の葉や枝で遊んだことや森で転んだことなど、子ども時代の記憶が呼び起こされたという。

「家族のなかの自分にすっと戻れるというか、“もともとの私”みたいなものが思い出せるような気がしたんです。それまではあまり食欲もなかったけれど、北軽ではきちんとお腹も空くし、『ここにいたら、とりあえず健康になれる』と思いました」

この旅が、三菜さんの人生を思わぬ方向へと導くことになる。父が小さな別荘を購入したこともあって、大学卒業後の2012年の夏、北軽への移住を決意。森に囲まれた小さな小屋で、三菜さんは初めてのひとり暮らしをスタートした。

「ひとりで過ごす最初の夜、直売所で買った野菜でポトフを作って食べたんですけど、それが妙にうれしくて。食材を調達して、ごはんを作って、食べる。当たり前のことだけれど、それができている自分のことを『お、いいぞ』と思えて。“しめしめ”と暮らし始めた感じでした」

シンプルだけれど、手応えのある森の暮らしは、それまでの混乱を少しずつ晴らしていった。そして、移住から半年が経ったある朝、三菜さんはカメラを手に森へと向かう。

「早朝に目を覚ますと周りがぱっと明るくて、窓の外を見たら朝日に照らされた雪景色が広がっていました。自分の写真表現に限界を感じていたこともあり、それまでは写真を撮ることに臆病になっていた部分もあったんです。でも、その日は『きれいだから、ちょっと写真に撮っておこう』という軽い気持ちで森のなかに入ってみたんですよね」

撮影:Takashi Kobayashi

雪の森は心臓の音が聞こえそうなほど静かで「嘘でしょ?」と思えるほど美しかった。三菜さんはその風景を夢中で撮影。その写真を父に送ると「おもしろいよ!」という返事が返ってきたという。この日をさかいに、写真を通じた父娘のやりとりが始まり、それは森の1年を月ごとにまとめた12編の写真集となって実を結ぶ。でも、なぜ三菜さんは森にそれほど魅了されたのか。

「森には無数の被写体があるからたとえ同じ場所に立っていても、人によって見えている世界が違う。写真を撮っていると『このテーマは見たことがある』とか『この作風はあの人に似ている』と悩んでしまうことがあるけれど、森では自分だけの発見に出会えるんです。それに毎日のように通っていると、淡々と変化していく森のようすが視覚的にも感覚的にもわかる。暖かくなってきたなぁとか、葉が落ちてきたなぁとか。自然は停滞しないし、絶対に前に進んでいく。その流れを感じることで、自分自身も進んでいる実感を得ることができたんです。それは私にとって、とても大きな発見でした」

森の1年を追った12編の写真集は、刻々と移り変わる森の記録であり、三菜さんの再生と前進の物語でもある。その存在は、いつしか周囲の人々にも知られるようになった。「自分が本当にいいと思って撮影した森の姿を見て、誰かが喜んでくれる。大げさかもしれないけれど、それは初めて友だちができたときのようなうれしさでした」

三菜さんはその後も写真家としての活動の幅を広げ、2016年に第2回入江泰吉記念写真賞を受賞し、その翌年には写真集『into the forest』を出版する。さらに、2018年の結婚を機に北軽を離れ、夫が生まれ育った海辺の街に移り住むことを決断した。現在は鎌倉のヴィラ『MAYA』のディレクションを手がけながら月2回ほどのペースで森へ通うという三菜さんだが、森の暮らしから離れることに迷いはなかったのだろうか?

「森は私にとって、絶対に信じられる存在。人生のベースとなる確かな場所に出会うことができたから、もうどんな世界に行っても大丈夫だと思えたんです。それにいまは、自分が変化することで森の見え方がどう変わってゆくのか、確かめたい気持ちが強いんです」

森は変化しながら、絶え間なく進んでゆく。まっすぐ前を見つめる三菜さんの言葉には、自然に従って生きる人がもつ、力強い響きがある。

 

田淵三菜
1989年生まれ。大学卒業後に移り住んだ北軽井沢で、森の1年を追った12編の写真集を制作。2016年に第2回入江泰吉写真章を受賞。2017年に写真集『into the forest』を発表。現在は鎌倉のヴィラ「MAYA」のディレクションも手がける。

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ランドネ 編集部

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自然と旅をキーワードに、自分らしいアウトドアの楽しみ方をお届けするメディア。登山やキャンプなど外遊びのノウハウやアイテムを紹介し、それらがもたらす魅力を提案する。

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