「だから、私は山へ行く」 #08 伊藤佳美さん
ランドネ 編集部
- 2020年08月14日
「自然・文化・楽しい」をキーワードに、ドローイング作品などを手がける絵描きであり、アウトドアブランドのパタゴニアに勤務し、スイスでガイドとして活動した経験もある伊藤佳美さん。自然と文化の間を軽やかに行き来する彼女が、山に惹かれ、山を描く理由とは。
旅が教えてくれた、山を描くことの楽しさ
「山を描いていると、ほかの絵を描いているときとは違う〝線〞になるんです。それは、私のなかの感覚で『しっくりくるなぁ』と思える山のためだけの〝線〞。だからかな、山を描くのって、本当に楽しいんです」
そう言って朗らかに笑うのは、長野県諏訪市を拠点に活動する伊藤佳美さん。「自然・文化・楽しい」をキーワードにしたドローイング作品などを手がける佳美さんが〝山〞を絵の題材にするようになったのは、2011年に始めた旅の画集シリーズ『旅のShippo』がきっかけだったという。
「2011年は、それまで続けていたグラフィックデザインの仕事を辞めて『絵描きとしてどういうふうに生きていこうか』と考えていたタイミング。自由に使える時間ができたこともあって、大好きな芸術家フンデルトヴァッサーの作品を見にウィーンに行こうと思ったんです。でも、ただ旅行に行くだけだと気が引けるので、気持ちを後押しするために〝旅の本〞を作ることに。それが『旅のShippo』シリーズのはじまりでした。結局1カ月ほどかけてウィーンとアムステルダムを巡り、街並みや人をスケッチしていました。このころはまだ山を題材にすることはなかったのですが、移動中の電車からふと眺めた山の風景がすごくかっこよくて『いつか山を描きたい』と思ったことを覚えています」
旅から戻った佳美さんは「震災で日本がピンチだったこともあって、絵を描くよりもまずは元気な体を使って社会の役に立ちたい」とパタゴニアに入社。それまで本格的なアウトドア・スポーツの経験はなかったものの、自然のなかで過ごす時間が次第に増えていったという。いっぽうで創作活動ももちろん継続。2013年に2作目『旅のShippo』のために訪れたアメリカのオレゴン州で、山の絵を描くことになる。
「現地のパタゴニアのスタッフが『スミスロック州立公園が最高だよ』と教えてくれたので、そこで10日間キャンプをしながらスケッチすることにしたんです。じつはひとりでテントに泊まったのは、このときが初めて。11月ですごく寒いのに寝袋の下にマットを敷くことも知らなくて、画板とザックの上に寝てました(笑)。もう一カ所訪れた際に見た、霧の晴れ間から現れたマウントフッドが本当にすばらしくて、夢中でその姿を描きました。『スケッチが作品になった』と手応えを感じた山の絵は、これが最初でした」
自然と寄り添う暮らしが、いつか文化になってゆく
さらに2014年からは、パタゴニアの同僚の誘いで、毎年夏の2カ月間ほどスイスでハイキングガイドとして働くことに。もちろん、『旅のShippo』3作目の舞台はスイスになった。同時に「自然・文化・楽しい」というキーワードに対する思考も深めていくことになる。
「オレゴンの旅で知り合った方に聞いた『自然と文化の間でニュートラルにいたい』という言葉に共感したこともあって、そのころから、自然と文化がキーワードになっていたんです。スイスに通うようになって自然や歴史のことを学ぶうちに感じたのは、自然と文化は対極にあるものではないということ。まず自然があって、それに合わせたり、寄り添ったりしながら人が暮らしていくなかで残ったものが文化になる。そんなことをひしひしと感じました」
佳美さんのお気に入りの作品のひとつが、スイスの名峰シュレックホルンを描いたもの。繊細でありながら力強く、美しい山の“線”は、世界を旅し、自然体で山と向き合ってきたからこそ描けるものなのだ。
さて、2016年には諏訪に移り住み、絵を描くことを生活の中心に置くようになった佳美さん。ドローイング作品の制作やワークショップなど、さまざまな活動を行なうなかで近年評判となっているのが『日めくりカレンダー』だ。1日ひとりのオーダーを受けて絵や言葉を描き、365日分のカレンダーに落とし込む作品には、誰かの誕生日や記念日がずらりと並んでいる。作品のコンセプトは〝幸福感の伝播〞だ。
「自分にとってなんでもない一日でも、誰かにとっては特別な日。カレンダーをめくるたびにそう思えることで、幸福感がみんなに広がる。そんな作品を作りたかったんです」
いまはカレンダーの制作に没頭する日々だが、少し落ち着いたら近くの山に行きたいと佳美さん。
「じつは昨年まで夏はいつもスイスにいたので、長野に住んでいながらこの時期の山をあまり歩いていないんです。あとは、森や川に近い場所にアトリエ兼ギャラリーを作りたいので、その場所も探さなくちゃ。やりたいことが、いっぱいあります」
さまざまな環境に身を置きながら、創作と向き合う佳美さん。軽やかなフットワークと、人生を自分で選び取ってゆく強さをあわせもつ彼女は、きっとこれからも佳美さんにしか書けない〝線〞を描き続けてゆく。
伊藤佳美
1984年青森県むつ市生まれの絵描き。現在は長野県諏訪市を拠点に、製本まで自ら手がける旅のドローイング集集『旅のShippo』や『日めくりカレンダー』などを手がける。
yoseemeaning.com
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ランドネ 編集部
自然と旅をキーワードに、自分らしいアウトドアの楽しみ方をお届けするメディア。登山やキャンプなど外遊びのノウハウやアイテムを紹介し、それらがもたらす魅力を提案する。
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