国立公園が持続可能で魅力あふれる場所であるために。山歩きを楽しむ私たちにできること
ランドネ 編集部
- 2023年07月24日
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「都会の真ん中で国立公園に触れる」をテーマに、イベント「北アルプス×尾瀬National Park Mountain Fes」が6月24日(土)、25日(日)に新宿御苑インフォメーションセンター内及び屋内屋外エリアで行われた。
前日の23日(金)は環境省の方々と、NewsPicksRe:gion呉 琢磨編集長によるトークセッションが、メディアを対象に行われた。テーマは、「国立公園の保護と利用の好循環を通じたNature Positive経済の実現を向けて」。山歩きを楽しむ私たちにとっても興味深い内容だったので、ここではその一部を紹介!
▲左)NewsPicksRe:gion呉琢磨編集長。右)環境省 岡野隆宏国立公園利用推進室長(当時)。
日本の国立公園は世界に類を見ない美しさ!
Photo/スズキゴウ @endlesssummer10
中部山岳国立公園(北アルプス)や尾瀬国立公園のような源流部の山々もある。森に雨が降り、川が流れ、海に流れ込み、さらに四季があることで、小さな島国ながら世界にも類を見ない美しい自然風景を作り出している。
そしてこの日本にある国立公園の特徴は、自然の豊かさだけではなく、人々の暮らしも息づいているところ。例えばアメリカの国立公園は、基本的に国が国立公園のために専用の土地を確保しているため、基本的に人々の暮らしの営みは見られない。多様な自然を背景として長年積み上げられてきた地域独自の文化や歴史があることこそが日本の国立公園の魅力だ。
国立公園にある自然環境の保全を行う環境省
日本の美しい自然を見られる国立公園を、将来に引き継ぐために保護・管理を行なっているのが環境省。国立公園にはさまざまな生き物たちが存在し、生き物のつながりからの恵みを私たちにもたらしている(生物多様性)。このような豊かな生物多様性をしっかりと後世に残していくことも国立公園の一つの目的で、そのために開発行為を小さくしたり、規制したりすることも環境省の役目である。環境省のなかでも、国立公園の現場で仕事をしている人たちは「レンジャー」と呼ばれていて、自然の保護と利用を地域に暮らす人々や行政機関などとともに考えている。
私たちが山に登り、自然に触れたとき「自然がここにも残っているんだ」としみじみと感じることがある。しかし、国立公園の自然は「残っている」のではなく、レンジャーや地域に暮らす人たちの努力によって「残されている」ことを知っておきたい。
利用者や地域に寄り添って「自然の保護と利用」を
環境省というと、国立公園をはじめとする自然の「保護」や「規制」のイメージが強い方もいるかもしれない。国立公園の歴史が始まった約90年前から、環境省は「自然の保護と利用」を行なってきている。従来の発想では「利用」というと、大勢の観光客に来てもらって……となりがちだったかもしれないが、そのようなかたちではオーバーユースや開発行為などにより、自然を壊すことにつながりかねない。そういった観点から、国立公園における「保護」や「規制」の枠組みは今も昔も大切であることには変わりない。
▲左)ADDIX総編集長・佐藤泰那。中)NewsPicksRe:gion呉琢磨編集長。右)環境省 岡野隆宏国立公園利用推進室長(当時)。
しかしここ数年、地域経済に活気がなくなってきていて、国立公園の機能維持が難しくなってきている。そこで、国立公園をもっと魅力的にするために、まずは地域の事業者との連携を進めている。これは、今まで行なってきた「“認可”という仕組みの中で、そちらでうまくやってください」といったものではなく、事業者と国立公園のあり方を考える会を作るなどの連携体制をつくり「一緒にやりましょう!」というスタンスに変わっている。
地域で営業する宿泊施設、お土産物店、飲食店ほか、宿泊施設で出される食事を地場産のものにする、環境にやさしい有機農業で栽培されたものにするなど、その地域で経済的な循環が生まれる仕組みづくりに取り組んでいる。
中部山岳国立公園と尾瀬国立公園のいま
北アルプスを擁する中部山岳国立公園区域内の居住者がいる利用拠点エリアでも、全国の国立公園と同様に、過疎化が進んでいるという。
人がいなくなると、日本が世界に誇る人と自然が共生してきた文化は消失し、国立公園の重要な構成要素である里地里山エリアの生物多様性も失われる。そこで、「松本高山Big Bridge構想実現プロジェクト」を2021年から開始した。中部山岳国立公園を間に挟む松本市と高山市を結ぶルートを「Kita Alps Traverse Route(北アルプス・トラバースルート)」と名付け、世界水準のディスティネーションにすること。山岳エリアのみならずこの一帯に人を呼ぼうという計画だ。さまざまな移動手段で長期滞在してもらうことで、「点観光から面観光」の観光圏の実現に向けて動いている。プロジェクト開始以降、新規事業の実施、可能性を感じ移住する方が出てきており、人と自然が共生してきた文化の維持に向けた光が見えるようになってきている。
そして福島県、群馬県、栃木県、新潟県にまたがる尾瀬国立公園。
尾瀬といえば、「ミズバショウ」「木道」「夏の思い出」等のワードが思い浮かぶ。かつて、ダム建設や道路建設など度重もの開発の波を乗り越えてきた「自然保護」の歴史が深い公園だが、1996年をピークに利用者数が減少傾向にある。このままだと、施設の維持管理資金や管理の担い手の不足等が顕著となり、国立公園の機能を維持できない、という危機が迫っている。実際に修繕等が追い付いていない場所もしばしば。ちなみに尾瀬の木道は約65kmにも及ぶが、1m修繕するのに15〜20万円もの費用がかかるという。山岳地という過酷な環境ならではの課題だ。
▲左)中部山岳国立公園管理事務所所長・森川政人所長(当時)。中)尾瀬国立公園 片品自然保護官事務所自然保護官・服部優樹さん。右)尾瀬国立公園 檜枝岐自然保護官事務所国立公園管理官・山﨑大輔さん。
そこで打ち出したのが「尾瀬ファンベース戦略」。「尾瀬を知り、楽しむことを通して、守ることへの協力をうながす」がコンセプトだ。尾瀬に来る人たちに、尾瀬を守る“守り手(ファン)”となってもらい、楽しむ活動と守る活動をリンクさせていく。特に、まだ尾瀬を知らない若い人たちへのアプローチを模索しているところだ。だが、何をするにしても、資金的な問題はどのエリアにもある。
ネイチャーポジティブ経済へ向けて
「ネイチャーポジティブ(自然再興)」とは、生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せること。いま世界中でも言われているキーワードだが、環境省は2030年までにネイチャーポジティブの実現を目標としている。
自然の保護と利用は両輪で行う必要があり、「利用」のみ進めると人が多く自然に入ることになり、結局自然は失われていくのではないか? と思ってしまう。
ここへの環境省の答えは「利用の質を変えていく」だ。今までの観光は「○万人目標!」となりがちだったが、貴重な自然環境を保護しつつ、保護した自然資源を上手に活用して最高の体験を得られるようにしていくという。利用者が支払ったお金は環境保全・自然保護に回り、その自然が長く残っていくような「質の転換」を目指しているのだ。
これは、国立公園に入るのに常にお金が必要になるという話ではない。国民全員に開かれた国立公園だが、最高の体験を通じてその地域のファンになってもらう“上質なツーリズム”も同時に提供していく、という話なのだ。
物語を体験することでファンに
国立公園での体験を通じてその地域のファンになるのは、ただ単に高級な宿に泊まれることではないし、おいしい食事が食べられることでもない。例えば、宿泊施設の見事な建物が地場の樹木を切り出して作り上げられていることを知る、この山に降った雨が田に流れてその水でこのおいしいお米が食べられて……など、その地の衣食住が常に自然に支えられ、その“物語”を実際に見て体験することで感動し、ファンになっていく。
Photo/Sho Kamasaki
ファンになれば、その地にお金を支払って、自然や暮らしの存続に貢献できることをうれしく感じる人もいる。応援してくれる人がいるからこそ、よりよい体験を提供したいと考えていく。さらにそれらによって、他の多くの人たちも楽しめる場が提供できるようになるのだ。
人びとが立ち入る以上、自然を保護していくことは容易ではない。
私たちが生まれるはるか前からある美しい自然がいま失われつつあり、ここに歯止めをかけていくために、私たちができることとはなんだろう?
例えば登山道を歩くとき、「道端の草花を踏んでいないかな?」と考えて歩く、トレッキングポールをつく場所や、生き物の暮らしに影響を与えていないか「少し考えてみる」、自然を守るための寄付金や協力金は「できる範囲で行う」など、小さなことでもできることはあるのではないだろうか?
自然に触れ、感動して心を動かされることから、次の一歩は始まっていく。今度のお休みは、日本に34もある国立公園に目を向けて、旅をしてみませんか。
https://www.env.go.jp/nature/nationalparks/
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ランドネ 編集部
自然と旅をキーワードに、自分らしいアウトドアの楽しみ方をお届けするメディア。登山やキャンプなど外遊びのノウハウやアイテムを紹介し、それらがもたらす魅力を提案する。
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