現代美術作家・齋藤帆奈さん|だから、私は山へ行く #23
ランドネ 編集部
- 2023年07月31日
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山を愛し、山とともに生きる人に迫る連載「だから、私は山へ行く」。7月21日発売のランドネ最新号では、山や公園などに生息する不思議な生きもの「粘菌」を使ってポップでユニークなアートを生み出す齋藤帆奈さんにインタビューしています。「興味を感じた瞬間を大切にしたい」と話す彼女が、山へ行く理由とは。
意識するだけで見えていなかったものが見えてくる
「子どものころから山を駆け回っていたのに、粘菌を認識したことがなかったんです。でも、探してみると少しずつ〝目〞ができて発見できるようになっていく。見ようとしていなくて見えていなかったものが、見えてくる。その体験がおもしろいと思ったんです」
「粘菌」との出合いについて、教えてくれるアーティストの齋藤帆奈さん。彼女が表現や研究の題材にする「粘菌(変形菌)」とは、アメーバの仲間である単細胞生物。ときに動物のように捕食のために這い回ったり、ときに植物のように胞子を飛ばして繁殖したり……。粘菌は、動物でも植物でも菌類でもない、摩訶不思議な生きものだ。
粘菌とアート
野生の粘菌を採取、培養し、作品の素材として活かす。帆奈さんの代表作のひとつが《Eaten Colors on shoes》だ。
真っ白なVANSのスリッポンの上を、色素付きのオートミールで培養した粘菌が這うこの作品は、自然物と人工物、生命と非生命など、相反する要素がせめぎ合っているようにも、調和しているようにも思える。タイムラプスで撮影した映像を見ていると、粘菌が毛細血管のように靴を覆ったり、樹木の枝のように広がったり……。粘菌の動きによって生成されるポップな色彩やパターンに、目を奪われる。
「動物ほど速くないし植物ほど遅くもない。粘菌って、人間が知覚できるものと知覚できないものの〝あいだ〞にある。その時間スケールの違いを表現したいんです。私にとって大きなテーマが、ヒューマンとノンヒューマンの区分を再考すること。人間だけがアートの作者になれる? 人間と粘菌の知性や主体性はどう違う? そんな問いを立てることで、見えてくるものがあると思うから」
雲ノ平での日々
幼いころから植物を観察することや絵を描くことが好きで、大学時代にバイオアートと出合った帆奈さんが、本格的に山歩きを始めたのは、2016年のこと。
「子どものころに父とよく八ヶ岳のふもとで高山植物を観察していたこともあって『いつか八ヶ岳に登りたい!』と思っていました。それで、友人を誘って権現岳へ日帰りで行ってみたら、気持ちがよくて。学生時代からモデルをしていたので、楽しくて運動強度の高い活動をしたかったし、自然を歩くことが表現に生きるという感覚も。以来、時間を見つけては登山に行くようになりました」
転機となったのが、2021年の『雲ノ平山荘 アーティスト・イン・レジデンス・プログラム』。北アルプスの雲ノ平は、どの登山口から歩いても1日以上かかる〝日本最後の秘境〞ともいわれる。
「『人新世』や『環境保護』など、自然をめぐるさまざまなイデオロギーが交錯する時代だからこそ、自然と向き合って生きる人のところに行ってみたい——。そんな思いがプログラムに参加する大きなモチベーションでしたね」
雲ノ平の植生を観察したり、作品を作ったり、小屋主の伊藤二郎さんや参加アーティストと話をしたり。さまざまな体験をともにした仲間とはその後も関わりが続き、「少しずつ脳や体が変わった気がする」ほど大きな経験だった。
「バイオアート界隈って、どうしても研究室で概念的な話をすることが多いんですけど、雲ノ平での体験を通じて、より身体性を大事にしたいと感じるようになりました。生物という素材についても、ただコンセプチュアルに扱うのではなく、アートを構成する物質のひとつとして向き合いたいって」
好奇心を強く感じた瞬間を大事にしていきたい
身体性への関心は、帆奈さんの山との関わり方にも変化をもたらしていく。2022年の6月には、「本気でやるなら組織に所属したほうが」という思いから、現在博士課程で在籍している東京大学のスキー山岳部に入部。厳しい雪山への山行も経験するようになる。
「街にいると選択肢が多すぎて、生きものとして何をすればいいのかわからなくなる感じがあるんです。でも、雪山などの厳しい環境にいると、生きるために最低限必要なことを最速でしなければいけない。そんな状況はすごく負荷がかかる反面、集中できるんですよね。それは、瞑想に近い感覚。登山は、私の人生にとって必要な営みなのだと感じています」
アーティストとして、研究者として、山を愛する人として。多彩な領域を軽やかに行き来しながら、だれも見たことのない表現を見せてくれる帆奈さん。その行動力を支えるものとはなにか。
「私は移り気なので、そのときにぐっと興味が出たことじゃないとできない。だからこそ、自分が興味を強く感じた瞬間を大事にしたいって思います。よく『体の声を聴く』と言うけれど、『脳神経の声を聴いている』感じですね。興味をきっかけに神経系がわぁっと広がって、それぞれが結びついたり、不要な部分がシュリンクしたり。それってちょっと、粘菌のふる舞いにも似ているのかも(笑)」
齋藤帆奈さん
1988年生まれ。現代美術作家。東京大学大学院学際情報学府博士課程に在籍中(筧康明研究室)。近年は、複数種の野生の粘菌を採取、培養し、研究と制作に用いる
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ランドネ 編集部
自然と旅をキーワードに、自分らしいアウトドアの楽しみ方をお届けするメディア。登山やキャンプなど外遊びのノウハウやアイテムを紹介し、それらがもたらす魅力を提案する。
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