モデル仲川希良の「絵本とわたしとアウトドア」#43 雑草のくらし―あき地の五年間―
仲川 希良
- 2024年04月19日
物言わぬ植物たちの生き様を描く観察絵本
山歩きを始める前、多摩丘陵にある大学に通っていた当時は、周囲の雑木林をよくあてどなく歩いていました。昨日は咲いていなかった花に目を留め、先週は鳴いていなかった虫の声に耳を傾ける。おなじ場所を何度も歩くからこそ感じる、自然の営み。制作課題に追われる自分の生活はどうあれ、移りゆく季節のテンポに束の間浸ることで、自分を整える日々でした。
さまざまな山を歩くようになったいま、やはり自然のなかですごす時間に心身が整えられています。だからもう少し欲張って求めるのは、裏山のような、日常的に歩ける山がある生活。いまの私にとって山歩きは非日常、イベント的ですが、山自身はそこで生の営みをくり返し、変化を続けているのです。一度歩いたとて「この山を知っている」とは言えないなと思ったりもします。
今回の絵本は、作者である甲斐さんが空き地に5年間通って観察を続け、その場所の雑草の遷移をつぶさに記録したものです。いまだ、とばかりに更地に芽吹くメヒシバにエノコログサ、翌春には地面を覆うオオイヌノフグリやナズナ、夏になるとオオアレチノギクがそれらを次々追い抜き、最後にはツル植物のクズやヤブガラシに飲まれていく。なるほど、わが家のまわりでもワンシーンごとを目にすることはありますが、こうした移り変わりの物語があったとは。雑草と呼ばれる草たちのあるがままの姿からそれをすくいとる、そんな甲斐さんの〝目〞をもって、山を歩いてみたいものです。できればおなじ山、身近な山に、何度も何度もくり返し。
秋田白神の岳岱(だけだい)を思い出しました。この原生林のシンボルであった400年ブナが倒れたという知らせに心を痛めながら昨年再訪しましたが、その場所に満ちていたのはむしろ、以前より生き生きとした気配。林床はひさしぶりに差し込む光に輝き、倒れたブナもすでに無数の柔らかな植物に覆われている。大木の倒伏は広大な山の片隅で起きた、日常のできごとでしかないと知りました。地球のあらゆる場所でいまこの瞬間もこんな命のやりとりがなされている。そう思うと、私は自分が暮らす星の抱える生命力と、自らの小ささにクラリとしながらも、なんだか心軽くなったのです。
めぐる季節と重ねる月日のなかでふいに訪れる、自分が芽を出し輝くタイミング。それを逃さず自分なりに腕を伸ばす。物言わぬ植物の生き様を日々の指針に、新しい春をすごしたいと思っています。
今回の絵本は……
雑草のくらし―あき地の五年間―
作 甲斐信枝
福音館書店
甲斐さんは昨年ご逝去。50 年近く身近な草花や虫の生きる姿を描いてきた。「花に申し訳ない」と何度も謙虚に取り組まれていた彼岸花の、納得の一枚は残されたのだろうか
モデル/フィールドナビゲーター
仲川希良
テレビや雑誌、ラジオなどに出演。登山歴は14年。里山から雪山まで広くフィールドに親しみ魅力を伝える。一児の母。著書に『わたしの山旅 広がる山の魅力・味わい方』『山でお泊まり手帳』
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PROFILE
ランドネ / モデル/フィールドナビゲーター
仲川 希良
テレビや雑誌、ラジオ、広告などに出演。登山歴はランドネといっしょの14年。里山から雪山まで幅広くフィールドに親しみ、その魅力を伝える。一児の母。著書に、『わたしの山旅 広がる山の魅力・味わい方』『山でお泊まり手帳』
テレビや雑誌、ラジオ、広告などに出演。登山歴はランドネといっしょの14年。里山から雪山まで幅広くフィールドに親しみ、その魅力を伝える。一児の母。著書に、『わたしの山旅 広がる山の魅力・味わい方』『山でお泊まり手帳』