
イラストレーター・神山奈緒子さん|低山トラベラー、偏愛ハイカーに会いに行く

大内征
- 2024年07月25日
低山トラベラーの大内征さんが山好きさんと山を歩く、連載「偏愛ハイカーに会いに行く」。山の愛し方は人それぞれ、とはいうけれど。十人十色の偏愛ワールドをのぞいてみれば、これからの山の愛し方とその先の未来が見えてくる、かもね。
今回の偏愛さん
イラストレーター・神山奈緒子さん
山梨県甲府市出身&在住。2017 年にイラストレーターとして活動を開始。山で出会った植物や動物からインスピレーションを得て、そのエッセンスを作品に。イラストは企業広告や飲食店の壁画、ワインやビールのラベル、グラスデザインなどキャンバスから飛び出していっている。
わが道を走り続けてきた、遅咲きにして天性のイラストレーター!
ずっとインスタグラムで交流のあったイラストレーターがいる。インスタのDMを見返してみると、初めて言葉を交わしたのは彼女の誕生日だったようだ。僕がストーリーズに返信する形で「おめでとうございました!」と過去形のメッセージを送っており、そこでささやかなやりとりをしている。おそらく誕生日当日を少しばかりすぎていたのだろう。
それまではこまめにアップされるすてきなイラスト作品や山の写真にコメントを残すくらいだったけれど、このシンプルな会話をきっかけにして、オンライン上の交流が深まった。以来、山でニアミスしていたこともたびたび発覚。こういう人とは、いつか会うご縁があるものだ。
そんなわけで、そのご縁が偏愛ハイカーの取材で実現することになった。山梨県で活動するイラストレーター、神山奈緒子さんである。SNSを通じてその人となりは知っていたつもりだけれど、実際に会ってみると目には情熱の灯が、声には麗しさが、そして笑顔には安心感がある。いやはや、なんだかまぶしくて真正面からは向き合えない。これは山歩きをしながらのインタビューで正解だったなと、低山おじさんは思うのだった。


アパレルのバイヤー発、小学校の講師経由、イラストレーター着。
異業種界を“大縦走”して見出した、自己表現という道
神山さんのイラストの作風は、ひと目で彼女の描いたものだとわかる世界観といい、かわいらしさのなかに繊細さが混在するタッチといい、抜群の存在感がある。とくに色彩に注目したい。彼女の目に備わる特別なフィルターをとおった色素はやや暗めのトーンで、それがかえって光で色味を失わない粒度となり、下地に定着している。色、光、影を大切にしている証拠だろう。写真にも通じる光との付き合い方が、僕には好印象だった。

そのいっぽうで、どこか懐かしい切り絵のような作風が楽しい。山や自然のなかで授かったというモチーフがふんだんに取り入れられており、山好きとしては目を引く作品ばかり。これはほしくなるヤツだぞ。いくらするんだろう……。
たとえば僕の自宅だったら、植物のある和室か、優しい陽射しが入り込む小さな窓枠に立てかけて飾りたいかな。なーんて、まだ手に入れてもいないイラストに、そんな想像をさせてしまう力があるのだから、絵ってすごいよね。
そんな人の心を動かす作品を生み出しちゃう神山さん、絵を描くことは昔から好きだったものの、ほぼキャリアのない状態からイラストレーターを職業として始めたそう。それも、それなりの社会人経験をしてからの独立だったというから、いわば“遅咲き”だといえる。これ、僕とおなじパターンだ!

歩んできた道のりも、じつに独自的。日本の伝統文化を学んだ大学時代は古着発掘の旅に出るほどファッションが好きで、卒業後はアパレルのバイヤーとして活躍。成果を出していたその職をきっぱり辞めたと思ったら、次は学生時代に所得した教職免許を活かして小学校の講師へと華麗なる転身。ともにすごしてきた子どもたちが卒業する
ときに“お互いにがんばろうな!”と熱く握手を交わし、あらためて自分の可能性に目を向けることになったそうだ。身近な人との別れを経験したのもこの時期のこと。限られた人生を、自分の気持ちに従って生きていこうと決心したのは、自然の成り行きだったんだな。

山梨といえば「無尽」
ワイン会での出会いが、その後の人生に大きな影響を与える
だれかがその活動を見ていて、チャンスを運んできてくれる。運がいい人というのは、その“だれか”とのご縁に恵まれている人のことだと、僕は考えている。キャリアはないといったものの、彼女には絵を描く力があり、そしてそんな“だれか”との出会いがあった。
そのキーパーソンのひとりが、山の師匠ことエイコさん。コロナ禍においても、互いに支え合う集い「無尽」の存在が心強かったという山梨県において、神山さんの地元で催されたワインの集いで出会った。その出会いをきっかけに登山をはじめて、まだわずか4年足らず。そんなそんな師匠に導かれて、山梨百名山はすでに95座を踏破したそ
う!
のめり込むと熱中する性格なのか、絵も山も、こなした量が質へと変化していくように、彼女の実力も育まれていったのだろう。キャリアはなくても、好きが高じて熱中したときのパワー、熱狂が生み出すエネルギーは、本当に尊いと思うのだ。


この原稿の締め切り直前の5月下旬、僕は本沢温泉へとテント泊に出かけていた。縁とは不思議なもので、そこで神山さんと師匠のエイコさん、山仲間のユミさん、ミワさんに偶然にも出会うことになる。インタビューで聞いていた“山の師匠”はやや厳しめの印象だったけれど、実際のところワインを片手に料理を作りまくる、豪快でチャーミングな人だった。なるほど、この師匠にこの弟子あり、だな。
そういえば、山梨百名山は、2024年のうちに100座を達成できるように計画しているとのことだった。その記念すべき瞬間には、僕もぜひ立ち会いたいと考えている。



低山トラベラー、山旅文筆家
大内征(おおうち・せい)
歴史や文化をたどって日本各地の低山を歩き、ローカルハイクの魅力を探究。NHKラジオ深夜便、LuckyFM茨城放送に出演中。著書に『低山トラベル』など。ライフワークは熊野古道
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