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日本人女性初、8,000m峰14座登頂達成│登山家・渡邊直子~山と大切なものと私~

日本人女性初“8,000m峰14座登頂”の快挙を果たした現役看護師で登山家の渡邊直子さん。山を愛し、どんなときも楽しむ気持ちを忘れない、渡邊さんのこれまでと、これからに迫ります。

道から外れることは、悪いことじゃない

2024年年10月9日午前8時30分、最後の8,000m峰、14座目となるシシャパンマの頂上に渡邊直子(敬称略、以下同)は立っていた。

「あーこれで今回の遠征も終わっちゃう……、日本に帰ったらまた仕事かぁ……」

日本人女性初の14サミッターとなった瞬間(※正確には、無事下山してはじめて登頂となる)、渡邊はそんな思いを抱いていた。遠足に行った子どもが楽しかった一日を名残惜しむように。

▲シシャパンマでのご来光。頂上まで、あとひと息

幼少期の渡邊は、引っ込み思案な女の子だった。ところが、わずか3歳で登山やサバイバルキャンプにひとりで参加しはじめ、その素行が少しずつ変わっていく。中国の無人島キャンプ、モンゴルの大草原縦走など、長期にわたるさまざまな冒険活動の世界へと何度も足を運び、想像を超える事態やいくつもの困難な状況に出くわした。そしていつしか、シャイだった少女はハプニングや逆境を楽しむようになっていた。

小学生になると、すでに周囲に左右されることのない立ち振る舞いをするようになった。一時的ではあったが、いじめにもあった。高校時代には、担任の先生から「はっきりした目的もない旅行は意味がない」と夏休みの過ごし方で一方的な指導を受け、不条理を感じた。

同様なことが数々あったが、冒険活動の仲間やそこでの経験が渡邊を後押しし、決してめげることはなかった。そして一連の経験は、渡邊に確固たる思いを染み込ませていく。

「道から外れることは、悪いことじゃない」

渡邊はそう確信し、既定路線や既成概念に囚われることなく、自ら思う道を進み続けた。

▲パキスタン、インド、中国にまたがる大山塊、カラコルム山脈。K2を筆頭に、多数の高峰がひしめく。パキスタンの子どもたちと4,700mまで登った。渡邊12歳

なぜ「山」に登る

渡邊にとって、8,000m峰全14座登頂は、そもそも目標でもなんでもなかった。子ども時代に没頭した冒険活動のように、ただただ山に行くことが楽しかった。全14座登頂を意識したのは、7座を登り終えたころだという。

とはいえ、山に求めるものはいっこうに変わらず、これまで同様の楽しみを山に求め、登り続けた。気がつけば、日本人女性初という偉業を成し遂げていた。

「全然どんな山かも知らないで登った山が多い。アンナプルナⅠ峰は、たぶん登れないと思うけど、中国人の尊敬する女性登山家が行くっていうから、じゃあ、なんか勉強できることがあるかもしれないと思って。3回ぐらい行って登頂できればいいやぐらいな感じで行った。そんな感じばっかり。マカルーとかも、どこそれ?みたいな」

どの山のどのルートを登るか、そういったことにはまったくといっていいほど興味がなかった。

「海外の登山家や友だちが、今度この山登るけど一緒に行く? とかいわれて、そんな感じでいつも行く山を決めていただけなんで(笑)」

そこに山があるから登るのではなく、そこに気の合う友人やシェルパ、登山家たちがいるから山へ行く。それほど渡邊は仲間とともに過ごす時間が好きでたまらなかった。

「14座を目指して サミッターになろうというのが目的じゃなくて、一座一座を本当に純粋に楽しむっていう思いが普段からある。シシャパンマのときは、ベースキャンプに入ってから9日目に登頂したので、遠征期間が短くて……。今回の遠征も終わっちゃうっていう寂しい気持ちのほうが強かった(笑)」

渡邊にとっての登頂は、あくまでも結果に過ぎない。仲間との遠征の副産物だった。

「もともと最初は14座も知らなかったし、エベレストもそんなに興味がなかった。エベレストってなに? みたいな。私が登れるレベルじゃないと思っていたんですよ」

ただ、と渡邊は続ける。

「8,000m峰全14座登頂は、この先の自分の夢、将来のために重要な手段ではある」

行先を冷静に分析するかのように、現状の思いもつけ加えた。

▲現地にはない食材をお土産として渡邊はいつも持参し、振る舞う。シェルパたちが喜ぶのがうれしい。シシャパンマのベースキャンプにて

大切にしたいもの

渡邊にとって「山」とは、いったいどういった存在なのだろうか。

「素直な自分に戻れる場所、自分を取り戻せる場所、生活の一部。それが私にとっての山」

休暇をとって旅に出る、そういった感覚で渡邊はいつも山へ向かう。

「山頂に登ることを目的にする人がほとんどだと思うんですけど、私はそれは二の次で、一番はもう山での生活を楽しむこと。山へは休憩しに行っているんです(笑)」

山での生活そのものに、さまざまな得るものがある。だから遠征の目的は登頂だけではないという。

「失敗したことのほうがおもしろいんですよ。貴重な経験にもなる。新しい発見、知らない自分を発見したとか、とんでもないエピソードができたとか、そんなことで充実していたら、もう登頂できなくてもいい山だったって思える」

登頂よりももっと大切なものがある、それを実際に経験してもらいたい。渡邊が企画する旅にも、その思いがしっかりと込められている。

「何回も流産して、もう産めないだろうって思い悩んでいた友人をヒマラヤへ連れていったことがあって、そうしたら妊娠出産した。いろいろなストレスから解放されて、メンタル的にもよかったのだろうなと」

渡邊が招く山の世界には、普段の生活では味わうことのできない時間と空間、癒しがある。同時に厳しさもあり、生死をかけた極限でのシビアな選択を迫られるときもある。まして8,000mを越えれば、酸素濃度が平地の3分の1というデスゾーン、死の世界が広がっている。

▲K2のベースキャンプで食事を楽しむ。山での生活そのものが、渡邊にとっては大切な時間

そんな過酷な世界を14カ所も巡ってきた渡邊に、8,000mでの一歩とはどんなものか、と聞いた。

「8,000での一歩……」

少し考えたすえ、渡邊はきっぱりと言葉を紡いだ。

「普段の生活と一緒。途中の一歩一歩全部おなじで、普段の生活も全部おなじ。8,000mの厳しさと普段の厳しさはなにも変わらない。普段の生活でもピンチが多々あって、一人ひとりみんなそれぞれの壁を日々乗り越えようとしているから」

予想だにせぬ、示唆に富んだ答えだった。人の営む社会には、いじめやパワハラ、貧困や格差など、不条理な苦悩や理不尽な問題が尽きない。解決するのは、容易なことではない。ただそれでも、既成概念や一般常識といった殻を破って、一歩外側に踏み出してみる。結果、出る杭となって打たれるかもしれない。ときには道を外れることもあるだろう。それでもなお、勇気を持って山でも普段の生活でも次の一歩を踏み出せば、そこに新たな世界が広がっている、新しい発見がきっとある。渡邊はそう信じている。

「いま売れている芸人さんとか、芸能界の人を見ていると、これまでにないことを最初にやる人は、変人と思われたり、周りからたたかれたりする。そこで止まってしまえば終わってしまうけど、這い上がっていく人がいて、天下をとっていく。どんな世界でも同じなのだと思う」

渡邊の言葉の奥底には、いつもブレることのない確固たる強い意志が潜んでいる。それは、さまざまな逆境や苦悩、困難を乗り超えてきたという経験を裏打ちするものなのかもしれない。とはいえ、そんな渡邊も生身の人。ときには心が折れそうになるという。そんなときはいつも、山での生活が頭をよぎる。

「山はメンタルケアの場所、一度自分をリセットするために必要なもの。子どもたちにもひとりでどんどんヒマラヤに来てもらいたい。疲れてしまった大人たち、山に興味のない人も、それから初心者も」

そんな思いを胸に、渡邊は我が道を先導し、かつて冒険仲間にしてもらった恩に報いるかのように、多くの人の背中を後押しする。もちろん同時に自身もさらなる高みを目指し、歩み続けている。14座で終わりではない。それはひとつの通過点。

「山は生活に欠かせないものになっちゃった。そのときにしかやれないこと、それをやらなかったら後悔するかもしれない。だからこれからも登り続けていく」

道から外れることは、わるいことじゃない――だがいま、渡邊が進む道は自ら切り拓くメインストリート。もはや道から外れることはない。

渡邊直子( わたなべ・なおこ)
1981年、福岡県大野城市生まれ。長崎大学水産学部水産学科卒業後、日本赤十字豊田看護大学看護学部看護学科を卒業し、看護師となる。2000年、マルディヒマール(標高5,587m)世界最年少(19歳)登頂。2024 年、日本人女性初となる8,000 峰全14 座登頂達成。これまでの8,000m 峰登山回数は30回に上る。現在、フリーの看護師として働きながら資金を貯め、ダブル・トリプルサミッターも視野に入れ、山の生活の魅力を体現・普及している
https://naoko-watanabe.jp/

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ランドネ 編集部

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自然と旅をキーワードに、自分らしいアウトドアの楽しみ方をお届けするメディア。登山やキャンプなど外遊びのノウハウやアイテムを紹介し、それらがもたらす魅力を提案する。

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