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写真があったから山と出合うことができた――写真家・川野恭子さん|だから、私は山へ行く#30

山を愛し、山とともに生きる人に迫る連載「だから、私は山へ行く」。今回は、30代でカメラを手に取り、40代で山歩きを始めた川野恭子さん。「山に呼ばれている感覚がある」と話す写真家に聞く、山のこと、写真のこと、人生のこと。

「だから、私は山へ行く」
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〝ゆるかわ〞から〝山上他界〞へ

蛇腹折りの写真集には、いくつもの山の表情が映し出されている。赤テープの奥に続く森、空を反射した水面の波紋、霧に煙るハイマツ帯の岩……。どこの山域なのかはわからない。いわゆる絶景のパノラマもない。それでもページをめくる手が止まらないのは、山を蕩(たゆた)う写真家の視線が気になってしまうからだろう。2019年に発行された写真集『山を探す』には、独特の気配と美しさがある。

本格的に写真を始めたのは、2009年ごろ。もともとエンジニアだった川野さんは、結婚や出産を経て、フリーランスとして独立。ウェブサイトの制作などを手がけるなかで「自分でも写真が撮れたら」と独学で写真を学び始めた。

「月1くらいのペースで写真教室に通ったりもしていました。そこで学んだことを、個人用のメモのつもりで体系化してブログにまとめていたら『本を出版しませんか?』というお話をいただいて。そこから写真の仕事が少しずつ増えていったんです」

▲NHK『にっぽん百名山』などへの出演や、京都芸術大学通信教育部美術科写真コースの非常勤講師なども務めている。常に学び、自身の好奇心や作品を追求する姿が魅力的だ

そのころの川野さんは「ゆるかわフォトグラファー」と呼ばれていた。ふわっとした空気感や淡い色彩が印象的な〝ゆるかわ写真〞はいつしか人気となり、活動の幅も広がっていった。

そんな川野さんが山を歩くようになったのは、2016年。撮影で訪れていた北海道で、十勝岳の中腹にある望岳台(ぼうがくだい)に立ち寄ったことがきっかけだった。

「『ちょっと行ってみよう』と軽い気持ちで立ち寄った望岳台からの景色に、すごく感動したんです。『自分の足でちょっと歩くだけで、こんなに美しい景色に出合えるんだ!』って」

山に魅せられた川野さんは、やがて多くの山域に足を運ぶようになる。立山連峰、丹沢、高尾山、八ヶ岳、北アルプス……。少しずつ経験を積み、登山を始めて1年と少しで、目標にしていた雲ノ平への山行も実現させた。

▲川野さんが山を歩くきっかけとなった、十勝岳望岳台の登山口。6 月下旬の雪解け間もない時期で、夕暮れの光が美しい

山に呼ばれている――。
その感覚に素直でいたい

山に夢中になるいっぽうで、写真家として前に進むために大学で写真を学び直していた川野さんは、卒業制作の題材を「山」にすることを決意。そこで発表した一連の作品は、写真集『山を探す』として実を結ぶ。いわゆる山岳写真とは一線を画した写真は、どのような視点で撮られたものなのか。

「山岳信仰の〝山上他界〞という思想が軸になっています。〝山上他界〞をひと言でいうと、亡くなった人の魂は、山の上に還るという考え方。その感覚が、なんだかしっくりきたんです。私の父は山が好きな人だったんですけど、子どものころは山に連れて行かれるのが嫌でした。でも、40歳をすぎて人生が折り返し地点に差しかかると、自分自身も山に呼ばれているような感覚がある。だとしたら、自分が還るべき山は、どこにあるんだろう?そんな思いが『山を探す』に込められています」

『山を探す』は、文字どおり、還るべき山を探す川野さんの旅の記憶。これらの作品を撮るために山を歩くとき、どんな瞬間にシャッターを切っていたのだろうか。

「『生きている!』と感じる瞬間や、反対に死のことを考えるような瞬間に写真を撮っていました。また、山を歩いていると不思議な懐かしさを感じるようなときもあって、そんなときは『山好きだった父や祖母のDNAの記憶が関係しているのかもしれない』と考えることも多かったです」

山の文化と自分の思いを後世に伝える写真を撮る

『山を探す』以降も、川野さんは山の写真を撮り続けている。たとえば2023年に行なった個展の主題は『何者でもない』だ。

「山や森を歩いていると、ふとしたときに『何か』を感じることがあります。その場所は、山岳信仰の対象になっているわけでもなく、名前もついていない。つまり『何者でもない』存在です。そんな対象と出合うと、『何者』と『何者でもない』の違いが気になるし、どちらかというと『何者でもない』に心惹かれる。それは、私自身が『何者でもない』からかもしれません。2023年の個展では、そんな『何者でもない』をテーマにした作品を展示しました」

▲自宅でのセルフポートレート「『何者でもない』私も、家族にとっては『何者』。個展では、シカの写真と対比して展示しました」
▲登山中に現れたシカ。「神や神の使いとして崇め られるいっぽう、ときには『何者でもない』存在にも なる。心ひとつで認識は変わることを教えてくれた存在です」。

山好きならだれもが、山を歩きながら自分自身と向き合っているはずだ。川野さんはきっと、そんな心の動きや記憶を一つひとつていねいにすくい上げ、作品に昇華しているのだ。では、川野さんがこれから撮ってみたい作品とは?

「『山を探す』のときから変わらず、死生観やDNAの記憶は、自分にとって大きなテーマだと思います。いっぽうで、思想的なところから少し離れて、山の文化を伝える写真を撮りたいという気持ちもあります。たとえば、私は2022年からは毎年夏に山小屋で働いているのですが『この時代に、こんな山小屋があって、私はここにいたんだよ』ということを、後世に伝えるような作品が残せたらいいな、と思っています」

▲昨年勤めていた尾瀬の山小屋で、毎朝見ていた大江湿原。「“暮らす”ことで見えてくる、山の表情を垣間見た瞬間でした」
▲この夏に務めていた山小屋の休暇中に上った黒部五郎岳。黒部源流域は、山を始めたころの憧れの山域だという

 

川野恭子さん
写真家。京都造形芸術大学美術科写真コース卒業。「日常と山」を並行して捉え、自身の遺伝的記憶の可視化を試みた作品制作を行なう。著書に『山を探す』(リブロアルテ)、『山の辞典』(雷鳥社)などがある

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ランドネ 編集部

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自然と旅をキーワードに、自分らしいアウトドアの楽しみ方をお届けするメディア。登山やキャンプなど外遊びのノウハウやアイテムを紹介し、それらがもたらす魅力を提案する。

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