【RIDERS CLUB 500号記念コラムvol.5】 ビッグバイクでもコーナリングを楽しめる時代 【KEN’S TALK 特別編】

750cc、いわゆるナナハンと呼ばれるビッグバイクは、’60年代末期のホンダCB750フォアのデビューを皮切りに、’70年代に入るとカワサキZ1/Z2やヤマハのXS-1・TX750・TX500に3気筒GX750、そしてスズキGS750/1000と輸出向けオーバーナナハンを含め、日本車の独占状態になってしまいました。ビッグバイクの老舗である英国のトライアンフやBSAにノートン、ドイツのBMWもパフォーマンスで追従できず失意で消滅するところまで追い込まれていたのです。そこに拳を突き上げていたのがイタリアのドゥカティ。圧倒的なマイノリティでしたが、モトグッツィにラベルダも粘り強くファンからの支持を繋いでいました。

RIDERS CLUBの創刊はまさにこの頃。直後にホンダの逆襲がはじまったのは既にお話した通りです。

【RIDERS CLUB 500号記念コラムvol.5】 ビッグバイクでもコーナリングを楽しめる時代 【KEN’S TALK 特別編】

’70年代までのビッグバイクは、重くて大きな車体と大排気量エンジンならではの力強い低中速トルクを活かしたドッシリと安定感ある余裕の走りとか、高速道路での高速クルージングが魅力でした。それがスーパースポーツは、コーナリングも楽しめると明確に言い切れるようにしたのは、ヤマハXJ650/750。操りやすさをテーマとした画期的なスポーツバイクだったからです。そんな流れに対抗できたのがZ1000GP/750GP。安心できるコーナリングは他と一線を画した存在でした。

そもそも’70年代のデイトナや鈴鹿8耐でヨシムラが活躍していたのをきっかけに、ビッグバイクがフルバンクしているシーンもお馴染みになり、アメリカのAMAスーパーバイク・レースがアップハンドルのプロダクション・レーサーだけで争われるようになったこともあって、ビッグバイクでもコーナリングを楽しむ気運は益々高まっていました。フレディ・スペンサーのCB750Fも憧れの的でしたが、Z1000Rローソン・レプリカはまさしくその象徴でした。

ビッグバイクにもレーサーレプリカが

【RIDERS CLUB 500号記念コラムvol.5】 ビッグバイクでもコーナリングを楽しめる時代 【KEN’S TALK 特別編】

この’84年あたりまでの流れを一気に変える衝撃的なビッグバイクが登場しました。スズキのGSX-R750です。アルミ角断面フレーム、油冷エンジン、そして世界耐久選手権を闘うマシンでお馴染みだったデュアルヘッドライトにレーシングマシンと同じフルカウルとワイドでロングな燃料タンク、ハンドルまでレーサーと同じセパレートだったのですから、ファンはまさに度肝を抜かれたのです。乾燥重量179kgは当時の400cc並みと超軽量。油冷エンジンは航空機やポルシェで採用されてきた、潤滑オイルを燃焼室外側のドームに高圧で吹きつける仕組みで、水冷化よりコンパクト軽量化が可能と、ハイパー化で水冷エンジン時代が近づくなか、エンジニアの創意と熱意を感じさせるオリジナリティに溢れていました。その後このレーサーそのもののイメージをさらに高めるヨシムラ・カラーで、何と乾式クラッチを装備した限定生産車GSX-R750Rまで加わったのです。

この油冷GSX-R系は世界のレースでも活躍、絶賛されるハンドリングへと世代を進化させながら1100ccバージョンも加わり、他が水冷化されても’91年まで油冷にこだわってファンに愛され続けていました。

しかし日本メーカーは、すぐにこのスズキのレーサー・レプリカ路線に追従はしませんでした。主要マーケットのヨーロッパやアメリカでは、タンデム・ツーリング需要がメインで、そこまでのスポーツ度の高さは実用的でないと判断したのでしょう。そしてその中に異色のニューウェイブが現れ、レーシーな流れを分断、さらに新たな流れを生むきっかけとなりました。長くなるのでこれは次回に。今回はレーシングマシン・テイストについて、もうちょっと付け加えさせてください。

イタリアンが「外車」を身近なものに

この同じ頃、それまで外国製モーターサイクルといえば、国産車の3倍から4倍以上もする高嶺の花だったものを、突然頑張れば何とかなるかも、そう思わせるイタリアンが2機種登場しました。

ひとつはドゥカティ750F1、そしてもうひとつがビモータdb1です。

イタリアのボローニャを本拠地とするドゥカティは、戦後モーターサイクルの生産を始めたホンダとほぼ同時期にスタートを切ったメーカーです。最初はシクロでしたが、徐々に小排気量スポーツバイクの開発から450デスモと呼ばれる本格的スーパースポーツにまで漕ぎ着けました。レース好きで単気筒ながら超高回転域を可能にするデスモドローミックという強制開閉バルブを装備、世界GPではホンダより早くから挑戦していました。そのドゥカティが英国勢など先達への挑戦として開発した、得意の単気筒をV型90°に繋いだLツイン、750SSをデビューさせたのが’74年。時は既に日本勢4気筒に席巻され、孤軍奮闘を強いられたのです。しかし粘ったドカは、神様マイク・ヘイルウッドのマン島T.T.復帰で駆るマシンに選ばれ、見事優勝という奇跡を呼び起こしました。そのレプリカが販売され大人にとって垂涎のバイクに数えられていました。その勢いで天才エンジニアのタリオーニは、全く新しいコグドベルトOHCのパンタ系エンジンを開発、600ccクラスのタイトルまで獲得し、これを750ccとしたパンタ750 F1をデビューさせました。

【RIDERS CLUB 500号記念コラムvol.5】 ビッグバイクでもコーナリングを楽しめる時代 【KEN’S TALK 特別編】

本物のレーサーと全く同じフレームやタンクにシートカウル、もちろんセパレートハンドル、そしてフルカウル装備のこのバイクは、日本向けが国産ナナハンや逆輸入1000ccの2倍以下の価格で販売されたのです。まさに夢物語の実現でした。当然かつてない数の「外車」が輸入されたのです。

そしてビモータdb1。日本製エンジンをハンドメイドの美しいシャシーに搭載したドリームバイクをハンドメイドしていたイタリアはリミニの小さな工房メーカーでしたが、遂に同胞ドゥカティからF1エンジンの供給を受けられることになり、完成したのがこのdb1でした。伝統の美しいハンドクラフト・シャシーを、何とカウルからタンクにシートまでを一体成形デザインで覆うという、超クリエイティブなデザインには目を見張らされましたが、もっと驚きだったのが400ccスーパースポーツより操りやすい軽やかで従順なハンドリング。ワインディングを深くバンクして駆け抜けられる安心感は、間違いなく当時のスポーツバイクから抜きん出たレベルにあったのです。

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こうしてビッグバイクは、250や400と同じようにコーナリングの醍醐味を楽しめるハンドリング追究へと邁進し始めたのでした。
(根本健)

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