【’87~’01】あなたの青春のヒーローは誰?【世界グランプリが一番熱かった時代Vol.2】

青春のヒーローは永遠だ

あなたにとってのヒーローは誰だろう? 私のヒーローはワイン・ガードナーだった。

私がバイクに乗り始めた’87年。ワイン・ガードナーは濃紺と白の間に赤と金を組み合わせたロスマンズ・ホンダのマシンでチャンピオンを獲得した。

アヒルの仔が最初に見たものを親と思うように、青春時代のもっともテンションの高い時代に憧れたヒーローはいつまで経ってもヒーローだ。年月がたって分別もついてから逢ったライダーたちには、いろんな欠点も目に付くし、冷静な気持ちも出てくる、でも、本当に熱くなっていた時の憧れは盲目だ。

オーストラリア人、ワイン・ガードナーのファイト溢れる走りは本当にカッコよかった。’88年の日本グランプリの鈴鹿でのことだけど、ケビン・シュワンツとのバトルの末、スプーンでコースアウト。ヘルメットをブツけて、スクリーンを割ったにも関わらず、NSR500を荒馬のように乗りこなし、ヘリポートを駆け抜けてコースに戻り、壊れたスクリーンをむしりとって追走を続けたり……と本当に熱かった。またいつのインタビューでも自分を見い出してくれたモリワキや、ホンダ、そして応援してくれるファンへの感謝を忘れない浪花節な姿勢も日本ファンの多かった理由だろう。

伝説は続く

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昨年販売された、「世界グランプリが一番熱かった時代」は’70年代から、’80年代前半の『キング・ケニーVS天才スペンサー』の時代をカバーしていたが、今回のムック『世界グランプリが一番熱かった時代Vol.2』は、’87年以降をカバーしている。

翌年、ヤマハでガードナーを打ち破り、さらには’89年にはホンダに移籍し、ガードナーのチームメイトとなったキング・ケニーの弟子エディ・ローソン。そして、さらにその次の時代を担うべく戦った、ウェイン・レイニー、ケビン・シュワンツの戦いも懐かしい。

テレビで視聴しているだけなので思い込みでしかないかもしれないが、あの時代のバトルはコンピュータで制御された現代のマシンと違って、本当にライダーの反射神経、技量、セッティング能力などで戦いが決まっていたと思うし、敵と味方に分かれていたって、そこにはライダーとしての友情があった……ような気がしている。

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その後訪れたミック・ドゥーハンの時代は、あまりに強いドゥーハンの印象が強烈な時代だった。

’92年圧倒的トラクション能力を持つビッグバンエンジンを積んだNSR500を駆って開幕4連勝をしたドゥーハンは、第8戦オランダで大転倒、あわや右足切断かという大ダメージを受ける。切断は免れたものの右足首を動かせなくなったドゥーハンは翌年、本来右足で操作するリアブレーキを左手親指で操作する特殊機構を装備したマシンを用意。とてつもない努力をして、そのマシンで戦い続ける。

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そして、’94〜98年圧倒的強さで5連覇。その強さはライバル不在と言われるほど。

しかし、この時代は特に日本人ライダーが活躍した時代でもあって、岡田忠之、阿部典史、青木宣篤、拓磨の青木兄弟もドゥーハンに追いすがる戦いを見せており、日本人にとっては面白い時代でもあった。

そして、 ’99年クリビーレ、2000年ケニー・ロバーツJr.を経て、2001年には、バレンティーノ・ロッシがチャンピンを獲得。1年目は挑戦の年として翌年にチャンピンを取るというパターンで、’97年に125cc、 ’99年に250cc、そして2001年には500ccのチャンピンを獲得した。以来、バイク2st.から4st.に変わっても、メーカーがホンダからヤマハに変わってもチャンピオンを取り続け2001年からの連続王者は5、GP500/MotoGPクラスでのチャンピオンは7という圧倒的王者として君臨している。

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このロッシの時代は、ヒジを擦るほどの深いバンク角で異次元の走りを見せ、最年少チャンピオンの座を『次世代の天才』マルコ・マルケスが登場するまで続き。マルケスとロッシの戦いは今なお続いている。

この30年弱の現代WGP/moto GPの歴史の中で、主だったチャンピオンのみを紹介したが、もちろんチャンピオンを獲得していないくても、素晴らしい走りを見せたライダーはたくさんいる。この週末は『世界グランプリが一番熱かった時代Vol.2』を読んで、『あなたのヒーロー』に思いを馳せていただきたい。

(村上タクタ)

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