自分に合うバイクの選び方。国産車or外車でもこんなに違う!【ネモケンの今さら聞けないバイクのギモン】

いつの時代もライダーは探究心が旺盛だ。バイクに乗れば乗るほどに詳しくなればなっただけ次から次へと、新たな疑問が沸いてくる。そして、そんな小さな疑問の答えにようやくたどり着いたとき、初めはあれほど遠かった、自分とバイクとの距離がまた一歩、近づいたのを実感できるのだ。

そこで、ライダーの素朴な疑問を元世界GPライダーにして、ワークスマシンから市販車まで幅広いバイクに乗り続け、読者にライテクを指南しているネモケンこと根本健が分かりやすく解説!今回のテーマは国産バイクと外車の違いについて。「国産車」と「外車」では楽しさがどこか違う。さらに言うと、外車はメーカーごとに違うのに日本車同士にはそれほど違いを感じない。不思議だけれどいったいなぜなんだろう?

国産車と外車の歴史をふり返ってみよう

世界に追いつくことが日本メーカーの大きな目標だった

戦後のメーカー林立時代から、生き残りをかけて大排気量化を目指した際、アメリカで成功していた英国車を手本としたカワサキW1。模倣するトコロから発展が始まった。

1959 TRIUMPH BONNEVILLE T120
1968 KAWASAKI 650 W1

いつしか日本メーカーは世界を追う立場から追われる立場に

1969 HONDA CB750Four
国産スポーツ車の4気筒化の先鞭を切って英国車を駆逐。初めて外車勢から追われる立場のバイクとなった
1972 KAWASAKI Z1
先に発売されたCB750フォアと同様に北米市場を強く意識していた。今でも伝説の一台として人気がある
日本でメジャーな並列4気筒は、元々は海外の並列2気筒からのリファインだが、V4は日本が独自に育て上げたエンジン形式。VFR1200Fの登場で、復活の兆しも……

特異なエンジンレイアウトも国産車に存在していた

並列2~4気筒が主流となりつつあった’70年代後半、縦置きVツインのGL400が登場。国内では目新しく見えたが、10年以上前からモト・グッツィが採用していた。とはいえGLは水冷や80度Vツイン、クランク軸方向に対して22度ひねったシリンダーなど、国産らしい細かな工夫も満載していた。

1978 HONDA WING GL400

1975 MOTO GUZZI LE MANS I

国内外のメーカーがお互いに意識し始めた

20世紀末が近づいた頃には性能的な優位性の競争より、例えばグランドツアラーはBMWに国産がならい、ネイキッドは国産を外国勢がならうといったように自社に存在しないカテゴリーを模索した。

2005 BMW R1200RT
2003 HONDA ST1300
2007 BMW R1200R

国産車優位の状況から外国勢が逆転寸前!?

超高回転・高出力の4気筒や、アルミツインスパーのスーパースポーツといえば日本のお家芸……だったが、電子デバイスの装備や「味つけ」 も含め、最近はかなり外車勢に脅かされつつあるのが現実だ。

2010 MV AGUSTA F4
2011 APRILIA RSV4 FACTORY

ネモケンに聞いてみよう!「国産車にないオモシロさ外車にはない楽しさとは?」

先生:ご存知、我らがボス「ネモケン(こと根本健)」
生徒:永遠のライテク初心者「フジタ(RIDERS CLUB編集部員)」

フジタ/たとえば人間に国民性があるように、バイクもお国柄で違うような気がするんです。以前にBMWで初めて高速道路を巡航したとき、日本車では経験したことのないような、ベターッと路面を這うような感覚にいたく感動したんですよネ。

ドゥカティの印象はそれとは逆でした。旧い750F1を借りて乗ったときなんか、カーブの入り口でフロントタイヤが突然いなくなる恐怖に、初めてバイクに敗北感を覚えたんデス。いまは最新ドゥカティも乗りやすくなったし、あの感覚にも慣れて苦手意識はなくなりましたが、そもそも日本車ってそんな風に感じるコトってないじゃないですか……。

日本車にはクセがない?

ネモケン/ンー、いきなりヘビーな話を持ち出したネェ。分かりやすく言えば、日本車はクセがなくて外国メーカーだと個性が強いってトコロなんだろうネ。

フジタ/エッ? 何だか他人ゴトのように言いますネ。そうかァ、あれだけ多くのバイクに乗ってくると、個性的とかいうよりも性能の違いに感じるんですネ。

ネモケン/いやいや、ボクだって最初にガイシャに乗ったとき、あまりの違いに怖くて乗れなかったモノ。ちょっと話が長くなるけれど、75年に初めて世界GPのベルギー・フランコルシャンを走ったんだけど、それが一般公道を閉鎖するコースで、事前に1周14キロを歩いたりトランポで何周も走ったりした。サーキットじゃないから練習する時間枠なんてなくて、そうやって覚えるしかなかったんだナ。

そこへ現地で知り合った友人が、当時最新型だったドゥカティ750SS、いわゆるベベルのイモラレプリカってバイクだけど、これに乗ってきてコースの試走に貸してくれるっていうんだ。ナナハンで走れるんだったら、センターラインこそ割れないけれど、レーサーにかなり近い走りができる。願ったり叶ったりだったんで、喜んで走り出したまでは良かったんだけど、コレがとても乗れるシロモノじゃなかった。

カーブの入口でフロントはフラフラするし、スロットル捻っても旋回半径が大きくなるばかり。おまけにエンブレが効かないし、ブレーキも前のめりにすらならない。こんな状態じゃライダーとして自信なくしちまう……で、1ラップで彼に返した。高価なバイクだから悪いってネ。けげんそうな顔されたナァ。

1974 DUCATI 750SS
大型バイクは後発だったドカが打倒CBを目指したコーナリングマシン。後のスポーツ車の指針となるハンドリングが持ち味

フジタ/ボスでもそんな風に感じたんですか? でも全日本チャンプで世界GPを走るライダーじゃないですか。あの名車がそんな評価だったなんて。

ネモケン/とんだクワセモノ。ヨーロッパの雑誌で、日本車に対抗できる唯一のバイクと高く評価されてたから、アンチ日本車な連中が判官びいきで褒めてるだけじゃんって呆れたネ。でもそれから3年後、復活したマイク・ヘイルウッドがマン島でドカに乗って日本車を蹴散らした。その直後のレースで、まさにスタートで出遅れたのに、瞬く間にホンダRCBワークスマシンをブチ抜いたのを間近に見ちゃってネ。ンー、これはボクの知らない世界があるに違いない、そう考えるようになったんだナ。

フジタ/それって解決の糸口、見つかったんですか?

ネモケン/ボクは日本車育ち、他をまったく知らなかった、それがまずあるネ。それと日本車ってのが、70年代に入るとライバルが日本メーカー同士になってた。だから競い合う基準が同じで、違うアプローチが生まれない。4気筒が流行れば、4メーカーこぞって近い性能や感性を追う。そうなると比較が狭い範囲に絞られて、お互い似た感性になる。そんなバイクにばかり乗ってたら、違う感性のバイクに乗れば違和感だらけだヨ。

フジタ/ということは、70年代以前の日本車だと、色々な個性のバイクもあったってワケですネ。

日本車にも個性的なバイクがあった?

ネモケン/誤解をおそれずに言うなら、大昔はガイシャのコピーから始まってるから、バーチカルツイン、フラットツイン、縦置きVツインまで、すべての形式が日本車にあったよネ。それと道路事情も悪かったから、カタチを真似ても大事なエンジンの過渡特性やハンドリングにこだわる必要がなかった。そこまでコピーして、本質的な性能追求で競ってたら、70〜80年代は違ってたろうネ。

フジタ/でも日本車って、乗りやすさは世界一じゃないですか。どれも同じに乗りやすい。イイことだと思うんですけど……。自分で言っておいてそこが分からないんデス。

2003 HONDA CB1300SF

ネモケン/もちろんイイことだヨ。エンジンが扱いやすくてハンドリングも安定感があれば、より多くの人が楽しめるもの。でもサ、バイクって趣味のモノだよネ。人はそれぞれ自分がイメージした目的っていうか、ツーリングだったりコーナリングだったり、そこに特化したバイクが欲しくなる。

フジタ/そうですよネ。BMWがツーリングに強くて、長距離を走れば走るほど差が出るなんて、ポテンシャル知るまでは何で水平対向なんだか、あえて個性を演出するためくらいにしか思ってませんでした。他の形式をやらないんじゃなくて、やれないんだろうって……。

1960 BMW R69
低重心のフラットツインを、乗り心地と走破性の高いシャシーに搭載するBMWは長距離で威力を発揮

ネモケン/個性のための個性だったら、さすがに競争の中で消滅してる。目的のために何を最優先するか、そこにこだわりがあって、しかも数年じゃあきらめず何十年と同じ道を追い求めるから、どんどん熟成されていく。たとえばシート高だって、足着き性を考えたら低いほうがイイに決まってる。

でもコーナーでリーンするきっかけや、旋回中にライダーの体重がどう作用するかを考えたら、車体の重心位置との関係で高くせざるを得ないことだってある。確かにビギナーには扱いにくいかも知れないけれど、そこを馴染んでクリアしてくれれば、設計したコンセプト通りのポテンシャルが楽しめる。その判断の違いってあるよネ。

フジタ/それが最初に言ったお国柄ってコトにはなりませんかネ?

個性的なイタリア製バイク

ネモケン/こだわるネェ。確かにそれはある。典型的なのがイタリアかナ。近年じゃ扱いやすさはエレクトロニクスの進化でいくらでも手に入れられるから、さすがに扱いにコツが要るなんてコトはなくなったけど、依然として過激なコンセプトのバイクが多い。

それと意外に知られてないのが、イタリアのエンジニアリングがこだわる美学のようなものかナ。たとえばパイプフレーム。トライアングルを組んで、各パーツの長さを短くしていくと、アルミのツインチューブより軽くてコンパクトで剛性の高いシャシーが可能になる。

しかもエンジンのカタチにうまく干渉しないレイアウトも可能だから、運動性も俄然高くなるなんてネ。パイプをトライアングルに組むと押し引きで釣り合って、見た目では信じられないような強さを持たせることができるなど、いくつかの機能を兼ねてシンプルにまとめるのが、彼らの評価ではかなりプライオリティが高い。アルミのツインチューブだって、その断面や加工性で日本車にない領域のメリットを出そうと血道を上げてるもの。

2012 DUCATI 1199 PANIGANE

ドイツ製バイクの個性とは

フジタ/ドイツはどうなんです? ツーリングだけじゃなく、スーパースポーツの領域にも進出して、昔はともかく、徐々に日本車に近くなってません?

ネモケン/確かに。でも実際に乗ってみると、優先してる部分がかなり違う。エンジン特性なんか、デバイス管理してるから、その設定に実用域での具体性など割り切りが明確だネ。レイン設定でも直進で全開だと一瞬ウイリーしたり、必要以上に削ぐことをしていない。足周りの剛性なんか、日本車じゃ考えられない強度を与えている。それでいてライダーの安心感に大事な安定性は、運動性を犠牲にしても確保してる。

2010 BMW S1000RR

フジタ/質実剛健っぽいトコロは、ドイツのお国柄ですかネ。

ネモケン/それはあるかも知れない。こうと決めたら妥協しない、頑固な面も否めない。でも一番注目したいのは、先進性に対し積極的なトコロじゃないのかナ。しかもシステムのための仕組み開発じゃなくて、実際に使われるシーンでの実用性を追い求めたアイデア……。結局はソフト開発するために必要なテクノロジーという順番なんだろうナァ。

日本車メーカーの開発が変わっていった

フジタ/日本車ってそういう面に弱くなっちゃってるんですか?

ネモケン/そんなコトはないヨ。というか、なかったといったほうが正しいかナ。80年代のヤマハなんか、ハイパースポーツ流行の中にあって、軽快で鋭いハンドリングより安定して安心できるツーリング性をあえて優先してた。ホンダだってむしろツーリングを最優先してた70年代後半の時期があったし、スズキもレプリカといっても耐久レーサーのコンセプトで、ユーザーの使い勝手を前提にした開発しかしなかった。

それがいつしかまた日本車同士の競い合いにハマっちゃったんだろうネ。ライバルがイイと言われる面を、何とかモノにして超えようとする。そうすると独自の方法じゃなくて、同じ土俵になってくしかない。

1997 bimota SB6R
すべての外車勢がエンジン開発において独自路線を歩んだかといえば、ビモータのように日本車のエンジンを積極的に利用した例もある。アプリリアやカジバにも日本車のエンジンを搭載するモデルが存在した

フジタ/なるほど、日本メーカーにバイクをつくる技術やアイデアが枯渇してきてるワケじゃなくて、競争をしてきた必然が生んだ現在って感じなんですネ。

日本車メーカーにはチャンスかも

ネモケン/ボクはむしろガイシャが徐々に肉迫してきた今がチャンスだと思う。向き合う相手が日本メーカー同士じゃなくなってきたワケで、だからと言ってそこに真っ向から対抗しようとすると、バイクの趣味性が求められる時代にはネガティブな方向にハマるだけ。

たとえばローテクな領域に、癒しを感じる世界を構築するなんて、日本人が本来は得意な分野だと思うヨ。対抗する機種を強化していくのも、日本車ファンのためにそれはそれで必要だけど、他がチャレンジしていない域を開拓するコトは絶対に必要だと思う。それこそキミが言っているお国柄としての強みになる可能性大だろうネ。

たとえば昔に開発したバイクをベースに、新しい価値観を吹き込むなんて絶対にイイ。そのきざし、じつは徐々に具現化しているのが、新車発表の機種を見ているとボクは感じてならない。

フジタ/前にボスがハーレーの変わらないすごさを語ってましたよネ。アレは極端なんでしょうが、変わらない普遍性ってバイクにはとても大事な気がします。

ネモケン/追われる立場から、追う立場になるんじゃなくて、ハーレーが象徴している真似できない変わらなさ加減、生き長らえてきた海外メーカーは、どれもそこに信念を貫いてきた。日本車もその時代へ既に踏み出しているってワケさ。

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PROFILE

ネモケン

ネモケン

根本健。75 ~78年まで世界GPに参戦。帰国後はライダースクラブ編集長として、ワークスマシンから市販車まで幅広く試乗。70歳を超えた今も最新マシンに乗り、読者にライテクを指南している

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根本健。75 ~78年まで世界GPに参戦。帰国後はライダースクラブ編集長として、ワークスマシンから市販車まで幅広く試乗。70歳を超えた今も最新マシンに乗り、読者にライテクを指南している

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