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元MotoGPライダー中野真矢さんが『恩師』河崎裕之さんに久々に再会!

全日本時代、ヤマハファクトリーの監督だった河崎裕之さんは、中野さんの「恩師」
久々の再会を喜び合いながらも話はすぐに奥深い“バイク論”へ──

中野真矢の『Talking Grid』本音で語る。とことん語る。Meet People, Heart to Heart

中野 いや〜ッ、今回は今まで以上に緊張しますね……。シャケさんこと河崎裕之さんは、僕の恩師。久しぶりにお会いできるのは本当にうれしいけど、ドキドキです。

河崎 世界グランプリライダーが、何を言ってるの(笑)。

中野 いえいえいえ、全日本時代にシャケさんの教えがあったからこそ、世界でも頑張れたんですから。

河崎 いやあ、何も言っとらんよ。ちょうど中野自身もライダーとしてどんどん能力を伸ばしている時期だったからね。

中野 今でも覚えているのは、97年SUGOでのテストです。シケインで見てくださっていたシャケさんに、「もっと突っ込めるぞ」とアドバイスをいただいて……。

あの時はスーパーバイクチームも合同でテストしてたから芳賀紀行さんもいて、シャケさんが「紀行はもっと突っ込んでるぞ」と。そう言われるとやっぱり負けたくないから、頑張るわけですよ(笑)。

河崎 ライダーによって性格も走りも全然違うから、言うことも変えるんだけどね。

紀行は闘争心の塊だったけど、中野はうまく操るタイプだった。だから逆に火を点けてあげた方がいいこともあるんだ。

中野 抑えていただいたこともあります。「1位を獲れるレースなら、何が何でも獲りに行け。でも2位か3位の争いなら、どっちでもええ」って教えていただきました。

河崎 ああ、確かに。あの時の中野は「なんでかなぁ?」って顔しとったからよく覚えてるよ(笑)。ここぞというところでは頑張れ、それ以外は無駄に頑張らなくてもいいって意味だったんだけどね。

そんなことを言えたのも、中野はどんどん上に行くライダーだと思ったからなんだけどね。2位や3位でボヤボヤしてるんじゃなくて、1位しかないってね。でも、いきなりそんなこと言われても理解できないよね(笑)。

中野 僕も当時は18~19歳でしたし、正直よく分かってなかったと思います。でも、その後世界グランプリを走るようになって、「ああ、シャケさんが言っていたのはこういうことか」って身に染みて分かることがたくさんあったんですよ。

今、自分が56レーシングというチームを運営して若い子を育てる立場になると、「ああ、シャケさんに教えていただいたことを、そのまま伝えているだけだな」って(笑)。

河崎 ファクトリーライダーってのは、ひと握りの存在だったからね。勝って当たり前っていうプレッシャーはあったと思うよ。中野が全日本のチャンピオンを獲った時も、「まぁ当然だな」って思ってたし(笑)。

中野 ま、まぁそうですよね(笑)。

〝よりよいバイクを作ることがファクトリーライダーの仕事〟

ヤマハファクトリーレーシングチーム元監督河崎裕之さん Hiroyuki Kawasaki

モトクロスで頭角を現し、’65年にスズキと契約。ロードレースに転向して以降は、スズキとヤマハで開発ライダーとして活躍した。’83年以降はヤマハでYZR500の開発に従事しながら全日本にも参戦し好成績を挙げる。’88年に現役を引退し、ヤマハファクトリーレーシングチームの監督を務めた

河崎 僕らの時代、ファクトリーライダーのメインの仕事はマシン開発だったんだよ。ファクトリーマシンは、「工場」って称してメーカーが威信を懸けて造るマシンなんだから、最高の性能を出さんといかん。

レースはその成果を試す場。僕の場合は、ケニー・ロバーツやエディ・ローソン、そして平忠彦選手たちに世界で勝ってもらえるYZR500を開発することが大事な仕事だったからね。自分が全日本で勝つことはそれほど重要じゃなかった。

中野 エディさんも「シャケが作ったマシンは自分の好みにピッタリ」と全幅の信頼を置いて、世界チャンピオンを獲っていますもんね。シャケさんの開発第一主義があってこそ、ですね。
シャケさんは特に開発がお好きだった印象があります。

河崎 そうね。子供の頃からバイクをいじるのが大好きでさ。河原のモトクロスからロードレースをやるようになって、もちろん走るのも勝つのも楽しかったよ。でも、「なんで2輪しかないのに倒れんの?」とか、いろんなことを考えるのが好きだったかな。そんなだったから、開発の仕事は最高に楽しかったよ。

中野 僕もやらせていただきましたけど、確かにやりがいのある仕事ですよね。でも僕の場合、やっぱり自分が勝つことを念頭に置いていたかもしれません……(笑)。

河崎 上に行くライダーはみんなそうだよ。グランプリなんて、そんなヤツらがゴロゴロいてトップ獲ろうと思ってるんだからね。中野も頑張ったと思うよ(笑)。

中野 ありがとうございます(笑)。シャケさんは開発にあたってどんなことを心がけてらしたんですか?

河崎 夢でもいいから、理想のバイクを思い描くことかな。常に「どうしたらもっとよくなるかな」と考えていた。

あとは、実際にやってみることかな。それはスズキ時代に身に付いたことなんだけど、当時のスズキはヤマハに比べて開発規模も小さくてさ。あまり考える余裕も人もいなかったから、「とりあえずやってみよう」と切った貼ったを繰り返したわけ。

現物でいろいろ改造していくと、当然失敗もするんだけど、理屈が体で分かるようになるんだよね。

Navigator:中野真矢

’77年生まれ。’94年からロードレースへ。’98年には河崎裕之監督のもと全日本GP250で9戦中8勝を挙げタイトル獲得。翌’99年以降は舞台を世界に移すが、引き続き河崎さんのアドバイスを受けた

〝バイクは生き物。扱い次第でよくも悪くもなる〟(河崎)

中野 乗れば乗るほど、バイクって奥深い乗り物だと思います。

河崎 そう。ホントにちょっとしたことを変えるだけで、フィーリングはガラリと変化するよね。計算じゃ分からないレベルでさ。

中野 僕もグランプリに行き始めた98年、ヤマハのテストコースで作ったYZR250を海外サーキットで走らせた時、どうもちょっとフィーリングが違って気になったことがあったんです。

まったくそのままのマシンなのにしっくり来ないんですよ? なかなか原因が分からずに徹底的に調べてもらったんですが、結局はマシンを組む時の微妙な締めつけトルクの差だろう、と。乗ってる側としては明らかな違いだったんですけどね。

河崎 そういうのってよくあるよね。ライダーは本当に鋭いセンサーを持っているから、ちょっとした変化を敏感に感じ取る。だから、実体験としてバイクの根本を知っておくことが大事なんだよ。

最近のバイクは、電子制御化が進んでいるでしょ? でも、あれは決してメインじゃない。電子制御に頼りすぎると、バイクの素の姿がどんどんぼやけて分かりづらくなっちゃうんだ。電子制御でごまかせちゃうっていうのかな。問題が起きた時にかえって原因が分かりづらくなる。

中野 素のよさは本当に大事ですよね。ライダーとしては、どう乗ってあげるのがいいんですか?(笑)

河崎 バイクって生き物なんだよ。下手に乗ると嫌がるし、キチッと乗ると喜ぶ。だから転ぶのはたいていライダーが悪い。バイクが嫌がることをするから振り落とされるんだ。

だからていねいに扱うことが大事。いいバイクに乗ってうまく走らせられてる時は、『ああ、このバイクはべっぴんだなあ』と思うよ(笑)。

中野 耳が痛いというか、現役時代に聞いていればもっと勝てたかもしれませんね(笑)。シャケさんにとって1番のべっぴんさんは?

河崎 84年の全日本で走らせたY ZR500。平が全日本で2度目のタイトルを獲った時のマシンだね。これは今見てもべっぴんさんだと思うねえ(笑)。

ところで中野の今の仕事は、うまく行っているの?

中野 えっ、いきなり!? あ、はい、まぁボチボチと……(笑)。

河崎 ちゃんと大儲けして、今よりもっと裕福な暮らしができるように頑張るんだぞ。

中野みたいに現役を引退してからの仕事を始めて成功すれば、後輩たちのいい道しるべになるんだから。バイクも大事だけど、商売をうまくやることもすごく大事だよ(笑)。

中野 はっ、はい! 僕の恩師の言いつけですから、肝に銘じます、が、うーん、レースで勝つ方が楽かもしれないな……。

歴代YZR500などの設計に携わった北川成人さん(中央)も交えて、河崎さんと中野さんの「師弟トーク」が盛り上がる。現代のバイク作りのヒントにもなる濃密な会話が進んだ

’70年、全日本第2戦350ccクラスで優勝した河崎さん(ゼッケン12番)。同年、セニア251cc以上クラスで全日本チャンピオンを獲得した

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PROFILE

RIDERS CLUB 編集部

RIDERS CLUB 編集部

1978年の創刊時から、一貫してスポーツバイクの魅力を探求し続けるオピニオンマガジン。もはやアートの域に達している、バイクの美しさを伝えるハイクオリティの写真はいまも健在。

RIDERS CLUB 編集部の記事一覧

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