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フォトグラファー折原弘之が振り返る 2018年に圧倒的な強さを見せた中須賀克行の涙

81年から国内外の二輪、四輪レースを撮影し続けているフォトグラファー折原弘之が、パドックで実際に見聞きしてきたインサイドストーリーをご紹介する「パドックから見たコンチネンタルサーカス」
今月は、2018年の全日本選手権スーパーバイククラスを制した中須賀選手がパルクフェルメで見せた涙について考察する

中須賀克行 男泣きの理由

折原弘之 1963年生まれ。83年に渡米して海外での撮影を開始。以来国内外のレースを撮影。MotoGPやF1、スーパーGTなど幅広い現場で活躍する
中須賀克行 81年、福岡県生まれ。00年から全日本GP250に参戦。’05年にJSBにステップアップ。12年のMotoGP日本ラウンドではスポット参戦ながら2位を獲得。全日本選手権では9回の王座を獲得。 鈴鹿8時間耐久は15~18年に4連覇

18年シーズンの中須賀選手は8戦中7勝し、圧倒的な強さを見せつけていた。そして8月19日にツインリンクもてぎで行われた全日本選手権スーパーバイククラス。予選2番手からスタートした彼はスタートで出遅れたものの、レース中盤に追い上げ、先行する野左根航汰選手をパス。その後、先頭を走る高橋巧選手をかわしてブッチギリの逃げ切り優勝を飾った。レース自体は絵に描いたような横綱相撲だったが、中須賀選手はレース後、パルクフェルメで涙を見せた。その涙こそが、彼がこのレースに賭けた想いの強さの表れだった。

話は1カ月ほど前に行われた鈴鹿8時間耐久のフリープラクティスに遡る。土曜日の午前中に行われたプラクティスで、中須賀選手は転倒してしまった。S時コーナー2個目でハイサイドを起こしたのだ。転倒直後に起き上がり、自力でコースから逃げたので大したケガではないと思っていた。ところが4連覇のかかった大事なレースなのに、彼は走行を断念した。責任感の強い男が断腸の思いで決めたのだから、ケガの具合が深刻なのは容易に想像がついた。

そして想像した通り、表彰台に顔を見せた中須賀選手の右腕は不自然な動きをしていた。鈴鹿8耐4連覇に笑顔を見せているものの、右腕は動かずトロフィーを掲げるのもままならないようだった。その痛々しい姿を見たときに、次戦のもてぎの出場は不可能なのではないか? それどころかチャンピオンシップまで失ってしまう可能性を、多くの関係者が想像したのではないだろうか。

ところが1カ月後のもてぎに、中須賀選手は姿を現した。8耐の事実を知るメディアはザワつき、こぞってケガの具合を聞いて回った。そこで出てきた話は、右肩脱臼とのこと。手術をすれば全治3カ月。今シーズンのチャンピオンは諦めざるを得ない。しかし昨年のチャンピオンシップはホンダの高橋選手に持って行かれている。ヤマハのエースとして、2年連続でチャンピオンをホンダに取られるのが許せなかったのだろう。彼は手術せず、治療しながらレースを続行する道を選んだのだ。

脱臼したということは靭帯も損傷しているということ。関節を固定している靭帯が損傷していれば、ちょっとした衝撃で関節が抜けてしまう可能性がある。そんな状態でレースが出来るのだろうか。だが、もてぎを走る中須賀選手からは、ケガの影響は微塵も感じられなかった。しかし、レースのスタートだけはそういうわけにはいかなかったようだ。スタートではニーグリップができないため、モンスターマシンの加速Gが両肩にもろにかかってしまう。いくらテーピングで固めても、大きな負荷が右肩に強くにかかったのだろう。スタートのうまい彼が、4番手まで順位を落とした。しかし、前述した通りレース終盤にトップに立つとアッサリと優勝してしまった。怪我の影響を感じさせない圧巻のレース展開を見せた中須賀選手だったが、パルクフェルメで見せた表情がレースの苦しさを物語っていた。

チャンピオンシップに対する思いや、怪我からくる激痛、そして何より結果を出せたことの安堵。さまざまな感情が一気に押し寄せたのだろう。彼は目を潤ませていたように見えた。この時、彼が見せてくれた走りには本当に感動した。メーカーの威信を背負って走るライダーの本質を見せてもらった気がした。レース後、吉川和多留監督に挨拶ついでに気になったことを聞いてみた。「中須賀選手、8耐の表彰台によく上がったね。彼の性格的に嫌がらなかったの」

「嫌がってましたよ。走ってもいな いのに表彰式には出られない、って。でも、アレックス(ローズ選手)とマイケル(ファン・デル・ マーク選手)が強引に連れて行ったんです」

僕は、レースこそ走らなかったが、テストからずっとやってきた仲間だし上がって当然と思った。

そして吉川監督はこう続けた。

「中須賀がね、レースの間中マネージャーみたいに2人の面倒をみてたんですよ。『今の僕には、これくらいし か出来ることがない』って言って。それこそライダーじゃないと気が付かないことっていっぱいあるんです。現役のライダーだからこそ、痒いところに手が届くんでしょうね。マイケルもアレックスも終始上機嫌でいられたのは、中須賀のお陰です。アレックスもマイケルも彼を置いて表彰 台に上がれないって言ってくれて。ちょっと感動しちゃいました」 と話してくれた。

全日本タイトルを連覇し、絶対王者なんて言われている中須賀選手が献身的にライダーをサポートしていた。そこまでされて、燃えないライダーなんていないだろう。鈴鹿8耐4連覇の影の功労者は、どうやら中須賀選手だったようだ。しかも全日本でも見事に仕事をしてみせた。唯我独尊的な部分がフューチャーされがちな選手だったが、完全にイメージが一変した。どうやら僕は、彼の上っ面しか見ていなかったようだ。もてぎからの帰り道は、なんかニヤニヤしながら運転していたことを覚えている。

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PROFILE

RIDERS CLUB 編集部

RIDERS CLUB 編集部

1978年の創刊時から、一貫してスポーツバイクの魅力を探求し続けるオピニオンマガジン。もはやアートの域に達している、バイクの美しさを伝えるハイクオリティの写真はいまも健在。

RIDERS CLUB 編集部の記事一覧

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