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元MotoGPライダー中野信矢が、最前線で闘った仲間たちと語る人気連載「Talking Grid」

かつて苛酷なレースの現場でともに戦った3人が今はおいしい食事に舌鼓を打ちながら語り合う
世界の頂点を知る男たちによるトークは笑いにくるまれながら、どこまでもハイレベルでレースへの情熱に満ちあふれていた

タイヤでつながった深い縁が、今も続く。 世界を舞台に戦った男たちだからこそ、分かり合えることがある。笑いは絶えないが、話は深かった

中野真矢 本音で語る。とことん語る。Talking Grid タイヤでつながった深い縁

中野 今回はモトGP時代に大変お世話になった元ブリヂストンの山田宏さんと、元GP125㏄クラスライダーで現ブリヂストンの東雅雄さん、お二方です。

元モトGPライダーの中野くんに紹介されるんだから、元とかモトとかややこしいねえ(笑)。

中野 す、すいません。ふたりとも大先輩だから今日は頭が上がらないですね……(笑)。

山田 まぁまぁ、僕の料理でも食べながら楽しくやろうよ。

中野 はい、いただきます。うん、これはうまいっ……て、ブリヂストンがモトGPにタイヤを供給していた頃は総責任者として大活躍していた山田さんが、すっかりシェフじゃないですか!

山田  GPの仕事で出張が多くなった頃、数少ない休日の息抜きとして料理に凝るようになったんだよね。ブリヂストンのウェブサイトで「Hiroshi’s キッチン」という企画もやらせてもらった。レースファンが少しでも増えたらいいな、と。

中野 楽しく拝見していました。

山田 19年に定年退職したんだけど、会社の後輩がオーナーのレストラン「アオユズ」で、お店の休日にレースファンの方たちなどに、ちょっとした料理を振る舞っているんだ。

 「ちょっとした」どころか、本格的でおいしいですよ!

中野 おいしい食事でリラックスしたところでいきなり聞いちゃいますが、東さんと言えば「鹿」ですよね。

 99年のチェコGPね。でも、実は前振りがあるんだ。前年の98年の同じチェコGPで、トップを走っててさ。「GP初優勝か!」という最終ラップ、シフトダウンしたらニュートラルに入っちゃって、転倒リタイヤしたんだよ。

世界王座は確実、と前祝いしたのに鹿が飛び出してきちゃってさ

ブリヂストン
モータースポーツ推進部
モータースポーツ推進課 東雅雄さん Masao Azuma
71年生まれ。高知県出身。96年、全日本ロード125ccクラスでチャンピオンを獲得し、97年から世界グランプリへ。通算10勝を挙げ、シリーズ最高位は3位。03年に現役を引退し、翌04年、ブリヂストンに入社

山田 しかも私が観てる目の前でね(笑)。「こりゃ勝つぞ!」と思ってたら、いきなりリアから滑って転んだよね。当時から東くんはブリヂストンを履いていたから、転倒の瞬間は「タイヤのせいか!?」と思ったよ。でも本人に聞いたらミスしたって言うから、「なんでだよ!」と(笑)。

 そして、99年のチェコGPね。あのシーズンは絶好調で、そこまでの9戦で5勝しててさ。GP夏休みに地元に帰ったら、友達も「チャンピオン獲得間違いなしだ。飲め飲め!」なんて前祝いだよ(笑)。

そして夏休み明けのチェコGP、土曜日朝のフリー走行で、コース上にいたんだね?、鹿が(笑)。

中野 いましたか……。

 いた(笑)。ブレーキ掛けたけど完全にロックオンで、ドーン! 200㎞/h近いスピードでフッ飛びながら、それまでの人生が走馬灯のように……(笑)。

私の目の前で東くんが転んでチャンピオンの座が逃げて行ったよ

山田宏さん Hiroshi Yamada
タイヤ開発者としてブリヂストンに入社。タイヤ試験部でテストライダーを務めたことも。90年に全日本ロードのサポートを手がけて以降、レースで陣頭指揮を執り続け、MotoGPでも最前線に立った。19年で定年退職

山田 私はピットのモニターで観ててさ。あわてて駆けつけたらマシンはまっぷたつ、東くんは意識はあったけど救急車で運ばれてね。「どこが痛い?」「どこもかしこも」って。

 決勝レースはどうにか走ったけど、全身痛くて痛くて、結局12位。その年のランキングは3位に終わっちゃったっていうね。前祝いなんかするものじゃないね(笑)。

中野くんもモトGPでかなり激しいクラッシュがあったね。04年のイタリアGP決勝で……。

中野 ああっ、その話、今ここでしちゃいますか?(笑)

 カワサキZX-RR+ブリヂストンタイヤというパッケージで、メインストレートを290㎞/hで走 行中にリアタイヤがバースト……。僕は現役を引退して、ブリヂストン入社1年目だったんだよ。

山田 ブリヂストンは91年から世界グランプリに参戦しているけど、最高峰クラスには02年から。ビッグパワーのマシンにはまだ不慣れなところがあったんだよね。そして3年目、04年のイタリアGP決勝で……。

中野 僕、本人なんですが(笑)、あの瞬間は何がなんだか分かりませんでした。とっさに「ミッションかな」と思ったけど、ハイサイドみたいになったから「タイヤかもしれない」と。ゴロゴロ転がりながら、東さんじゃないけどそれまでの人生が走馬灯のように……(笑)。

山田 今でこそ笑って話してくれるけど、タイヤサプライヤーとしては「タイヤが壊れるなんて、なんてことを起こしてしまったんだ」と青ざめたよ。マシンのパワーアップにタイヤが追いついていなかったね。すぐに日本に連絡して新しいタイヤを作り直してもらった。

Navigator:中野真矢 Shinya Nakano
77年生まれ。千葉県出身。97年に全日本250ccクラスで タイトルを獲得し、98年から世界グランプリへ。00年より最高峰クラスにスイッチ。ブリヂストンタイヤを使用したのは04~06年のカワサキ時代と、08年のホンダ時代

 入社したての僕は日本にいたんだけど、「これはマズイ」とレース明けの月曜日は早めに出社したんだ。そしたらやっぱり大騒ぎ。みんなで大変な思いをしながら急ピッチで構造からタイヤを改善して、木曜にはニュータイヤを持ったスタッフが日本を発ったんだよ。

山田 あの時、我々にはふたつの幸運があったんだ。ひとつは中野くんがケガをしなかったこと。もし中野くんに何かあったら、ブリヂストンはモトGPから撤退していたと思う。

そしてもうひとつは、中野くんを始め、ブリヂストンタイヤを履いていたモトGPライダーがみんな、翌週のレースに出走してくれたこと。タイヤがバーストするなんて、全員にキャンセルされてもおかしくない状況だったからね。

多少のことなら走るのが、レーシングライダーという生き物だよね(東)

中野 確かにあの時、いろんな人から言われました。「次のレースは出ない方がいいよ」とか、「ブリヂストンに不信感はないの?」とか……。

チーム全体の空気もすごくネガティブになっていて、聞かれたんです。「レースどうする?」って。

僕は「え? 何を聞いてるんだろう」と思いながら、「出るに決まってるじゃん」って即答でした。

 レーシングライダーって、そういう生き物だよね(笑)。

中野 当たり前ですよね。だって、レースするのが仕事ですから。

レースって常に新しいことにトライしてるから、パーツのトラブルだって起こり得ます。だから僕の中に「出走しない」という選択肢はなかった。いろんな人にいろんなことを言われながら、腹の中では「これぐらいのことで出ないぐらいなら、レースなんかやらない方がいいよ」と思ってました。で、実際に翌週のカタルニアGPに臨んだら、チームスタッフがスーパーマンのTシャツを着てた。「おまえはすげえヤツだ」って意味だったみたいで(笑)。

山田 「プロだから」の一言で済ませることもできるかもしれないけど、 命に関わることだったからね……。

全身痛かったはずの中野くんが、カタルニアGPの決勝で7位完走した時は、思わず泣いたよ。

中野 最終ラップでマックス・ビアッジを抜いておいてよかった(笑)。

ところで東さん、しれっとおっしゃってましたが、03年に引退されてブリヂストンに入社し、山田さんの後を継いだんですよね。どういう経緯だったんですか?

 僕は雑草系のライダーなんだよね(笑)。高校を卒業してマツダのディーラーに営業マンとして就職したんだけど、ミニバイクレースが面白くてね。なんだかんだでロードレースを始めることになって、休みを多く取る必要も出てきたから、会社を辞めてレースに専念することにしたんだ。そしてなんだかんだで全日本、さらには97年からはGPに参戦するようになった。

中野 「なんだかんだ」と簡単におっしゃるけど、GPではランキング3位ですから、ハンパないですよ。

僕、東さんと同じレースを戦ったことがあって、「すごい方だな!」と思ってたんです。隙が全然なくて、細かくいろいろ考えながらそれを実行してた。勉強になりました。

 ホント?? もっと言ってくれていいよ(笑)。まぁとにかく中野くんみたいにファクトリー体制で戦ってたわけじゃなくて、借金だらけだったし、125㏄クラスは15歳のホルヘ・ロレンソなんていうのが台頭してきてベテランの出番もなくなってきたし、自分としても落ち目になってたこともあって、03年で引退することにしたんだ。

巧みなマシンコントロールでタイトル目前にまで迫った東さん

東さんはGPフル参戦7年で通算10勝を挙げ、表彰台は20回獲得した。巧みなマシンコントロールが身上で、特に雨で速さと強さを発揮。「レインマスター」とも称された。鹿との激突で調子を落とさなければ、99年はチャンピオンになっていたはずだ

こうして料理を作るのも レースファンに喜んでほしいから(山田)

グランプリを転戦していた頃、休日の楽しみだった山田さんの料理。イベントなどでバイク好きやレースファンにふるまううちに、どんどんレベルアップしていった

トリッパ風もつ煮、ベーコンとコーンのピザ、ハンバーグ、 春野菜とベーコンのパスタ。季節感たっぷりの本格派

山田 そうそう。「辞めた後はどうするんだ?」って聞いたら、「ゴルフショップでもやろうかな」なんて言ってるから、「もし興味あるならブリヂストンに来ない?」って声をかけたんだよ。

東 ブリヂストンにはずっとお世話になっていて、タイヤの開発もさせてもらっていましたからね。でも、何しろ雑草系だから、ブリヂストンみたいな大企業に入れるなんて夢にも思ってなかった。ありがたい話でしたよ、ホントに(笑)。

中野 ブリヂストンの社員になられてからは、どんなお仕事を?

 希望を聞かれて、テストライダーという道もあったんだけど、やっぱり少しでもレースの現場に近いところで仕事がしたくてね。今までの人脈も生かせるし……。結局は山田さんと同じように、レース関連のマネージメントの仕事をしているよ。

中野 ライダーから大企業の会社員への転身って、なかなかできることじゃないと思いますけど、東さんなら人間としての基礎ができてるから、あまり違和感はないですね(笑)。

 いやいや、中野くんだって自分のレーシングチームを運営してたり、会社を経営してるんだから。僕にはマネできないよ(笑)。

中野 優秀なスタッフに助けられているだけです、はい……(苦笑)。

山田 いずれにしても無事にレースを引退して、こうして次の人生を歩めてるって、幸せなことだよね。

中野 鹿だのバーストだのありながら、今はこうして一緒に食事しながら語り合えるんですから、ありがたいと思います。山田さんもセカンドライフを満喫されていますよね。

山田 いやぁ、定年退職して1年ぐらいは「好きなことができて楽しいなぁ」なんてのんびりしていたけど、やっぱり働きたい気持ちになるもんだよね(笑)。

今はこうして週に1回ぐらい料理の仕事をしてるけど、やっぱり自分のコアになっているのはレースなんだ。ただ食事をしてもらうだけじゃなくて、バイクファン、レースファンに喜んでもらえるような企画を考えていきたいなって思ってる。

私は東くんや中野くんたちがGPで活躍して、レースのたびに日の丸が掲げられるような時代を過ごしてきたからね。ヨーロッパとは文化が違うとはいえ、なんとかレースを盛り上げて、プロスポーツとして成り立つようにできないかと考えているんだ。なかなか難しいけどね……。

人とのつながりを大切にしながら山田さんは陣頭指揮を執り続けた

最前線に立ち続けた山田さん。中野さんにバーストが発生した04年に玉田誠さんがブリヂストンの最高峰クラス初勝利を遂げるなど、激動の時を過ごした。ブリヂストンは15年でMotoGPへのタイヤ供給を終了したが、世界耐久などで活躍を続けている

どんな形であれ、レースは続く、競い合うことが技術の進化につながるから(東)

中野 今も現場にいらっしゃる東さんに伺いたいんですが、これからもレースって必要とされますかね?

 難しい質問だねえ(笑)。確かに時代は変わってる。モトGPでも電動のモトEにトライしてるしね。内燃機関を使ってパワーやスピードを競うようなレースは、将来的には徐々に縮小していくのかもしれない。でも、どんな形でも競い合うことはなくならないだろうし、なくしちゃいけないと思うんだ。技術って、ライバルと競うからこそ磨かれて進化するものだからね。コロナ禍にあって、バイクはちょっとずつ社会に認められている感じもある。時代に合う形のレースが、続いていくんだと思うよ。

中野 よかった。先輩にそう言ってもらえると本当に心強いです。

山田 バイク用タイヤの場合は、レースで培われた技術がかなりダイレクトに市販タイヤに落とし込める、という面もあるよね。モトGPもしかり、世界耐久選手権もしかり……。

中野 料理もしかり、ですかね?

山田 さすがに競争はしてないけどね。でも、少しでも喜んでもらえるように頑張るところはレースと似てる……かなぁ(笑)。

バイクレースを楽しませてくれる山田さんの手料理と数々の企画

ウェブやイベントなどで好評を博した山田さんのHiroshi’sキッチンは、東京・国分寺のレストランAoyuzuで展開中。お店が休みの日などに山田さんが料理の腕を振るい、さまざまな企画を計画しながらレースファンを楽しませている。営業日程は、山田さんのFacebookで公開している https://www.facebook.com/hiroshi.yamada.58958
Aoyuzu
東京都国分寺市南町2-16-14 KSビル2F TEL050-5484-4983 https://aoyuzu.gorp.jp 営業時間 17:00~21:00 定休日 日・月・祝日

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RIDERS CLUB 編集部

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1978年の創刊時から、一貫してスポーツバイクの魅力を探求し続けるオピニオンマガジン。もはやアートの域に達している、バイクの美しさを伝えるハイクオリティの写真はいまも健在。

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