BRAND

  • Lightning
  • 2nd(セカンド)
  • CLUTCH Magazine
  • EVEN
  • BiCYCLE CLUB
  • RUNNING style
  • NALU
  • BLADES(ブレード)
  • RIDERS CLUB
  • CLUB HARLEY
  • DUCATI Magazine
  • flick!
  • じゆけんTV
  • 湘南スタイルmagazine
  • ハワイスタイル
  • buono
  • eBikeLife
  • ランドネ
  • PEAKS
  • フィールドライフ
  • SALT WORLD
  • Kyoto in Tokyo

日本の二輪モータースポーツの原点 千葉北ポケバイコースで中野真矢が語る

本音で語る。とことん語る。TalkingGrid

日本の二輪モータースポーツの原点であり、中野さんがレース人生を始めたゆかりの地、千葉北ポケバイコース。今もたくさんの子供たちがバイクを楽しみ、親子の絆を深めている。

スカイランド 代表取締役 石井正義さん                                              千葉県千葉市でポケバイコース、テニスコート、フットサル場、釣り堀などを経営。ご自身もポケバイやミニバイクでレースに勤しんだ。娘さんの千優さんは全日本ロードJP250で活躍中。「自分が中途半端にレースをやめたので、思い切ってやってほしい気持ちもあります」
中野真矢
’77年生まれ。千葉県出身。ポケバイ、ミニバイクを経てロードレースにステップアップすると、’97年にヤマハ・ファクトリー入り。’98年には全日本ロードGP250クラスでチャンピオンを獲得。’99年からは世界に舞台を移して活躍した

親の立ち居振る舞いが子供の将来を決める

中野 僕、人生で初めてバイクに乗ったのが、この千葉北ポケバイコースだったんです。5歳の時でした。

最初はレンタルポケバイだったけど、怖くて半泣きになったのを覚えています。遊園地の乗り物ぐらいの軽い気持ちで遊びに来たら、いきなりコースのおじちゃんに「モータースポーツは遊びじゃないんだ。ルールとマナーがあってだな……」みたいなことを言われて、そりゃあビビりますよね(笑)。

石井 ああ、コースのおじちゃんって先代……僕の父のね(笑)。

ポケバイは小さい車体で目線が低いから、かなりスピード感があるんだよね。実際、ウチのコースでもポケバイで最高50㎞/hは出る。

父が言ったように、ルールやマナーを守ることが大事なスポーツだから、ただ「楽しい」ってだけじゃない緊張感があるのは確かだよね。

中野 5歳の子供には、そんなの何も分かんないわけですよ(笑)。

でも、泣きはしたけどポケバイが楽しかったんでしょうね。結局は自分のポケバイを買ってもらったんです。その時には父が僕の目の前に1万円札を11枚並べて、「これだけのお金がかかるんだ。やるからには本気でやれ」みたいな。5歳じゃ何も分かんないって(笑)。

あの頃はポケバイ、ミニバイク、ロードレースなんて道筋はほとんどありませんでしたよね。父も「プロライダーに育てよう」なんて気持ちはまったくなかったようです。

ひとりっ子で引っ込み思案な僕に、何かひとつでも自信を持たせようと、習い事のつもりで始めたって。

石井 当時はポケバイもミニバイクもどちらかと言うと大人の遊びって感じだったんだよね。そこへきて真矢なんか5歳でしょ?

ライダーがオモチャみたいで(笑)、走ってる姿を見てるだけでも楽しかったよ。

ほとんど会話ができないチビッ子がヨチヨチとポケバイに乗ってどんどん速くなっていくんだから、面白かったよ。低年齢化が始まったのは、真矢たちの代ぐらいかな。

中野 今は僕らの頃よりさらに低年齢化してますよね。

石井 3歳ぐらいから始めるのが当り前になってきた。笑っちゃうのは、練習してる時にお母さんが走ってる子供にサインボードを出すわけ。

L10(あと10周)、L5(あと5周)って。でも、子供は数字が分かってないんだよね(笑)。

ところが「P」ってサインが出ると、ちゃんとピットに戻ってくる。「なんか違う色のが出た」って(笑)。

中野 かわいい(笑)。でもそういうチビッ子がどんどん速くなるんですよね。

石井 昔は3、4年かけて最上級クラスにステップアップ、なんて言われてたけど、今は1年だからね。

中野 情報も入手しやすいし、教える側も何をどう子供に伝えればいいか分かってる。進歩してますよね。

それにミニバイクにステップアップしても、半日も走ればギア変えてヒザを擦っている。大人がビックリですよ(笑)。

今の子供たちは、どういうきっかけでポケバイを始めるんですか?

石井 これは昔も今も変わらないんだけど、自分から「ポケバイに乗ってみたい」って子供はいないよね。子供はポケバイの存在自体を知らないんだから。だからほぼ100%、親の誘導なんだよ(笑)。

真矢もそうだったと思うけど、子供は親の顔を見て、「乗らないって言ったらどうなっちゃうのかな……」って考えるんだ。で、1回は乗ってみる。

それこそ真矢と同じで、遊園地の乗り物気分でね。

そこから先、続けるかどうかっていうのはまた別の話。子供自身がどれぐらい興味を持つかってこともあるけど、やっぱり親がどれだけうまくポケバイの世界に誘い込むかが大きいんじゃないかな。

親と言えば、真矢も他のキッズポケバイライダーと同じようにご両親と来てたんだけど、すごく印象に残ってるのはすべてがキレイだったこと(笑)。それまでのポケバイ界にはない感じだったね。

僕は真矢の6歳年上だから、あの頃は11歳ぐらい。でも子供心に「違う環境の人がきた!」と思ったよ。だって、車がゴルフだったんだよ!? 「すげえ、外車だ!」と。「外車にポケバイ積んできた!」と(笑)。

中野 いやいや(苦笑)。父は昔から人と違う車が好きだっただけで。

石井 でもね、普通は布ツナギを着たお父さんが油まみれになって整備するものなんだけど、真矢のお父さんは汚れてなかった(笑)。

中野 いやいや(苦笑)。父は何も分かんなくて、整備にもほとんど手を出せなかっただけですから。

石井 とにかくセレブ感たっぷりで、後に「王子」と呼ばれるだけの片鱗はあったね(笑)。

でも正直、最初の頃の真矢は走りですごく印象に残った感じはなかったなあ。

中野 なかなか勝てないし、目立たない子供だったと思います(笑)。

石井 だけど、ミニバイクに上がったら一気に速くなったよね。

あの頃のミニバイクレースって、今振り返ると錚々たる面々だったよ。

原田哲也、青木宣篤、加藤大治郎、松戸直樹、亀谷長純、武田雄一、加賀山就臣……。芳賀健輔&紀行兄弟も、名古屋から関東まで来ていたからね。

中野 当時の雑誌に載ってたミニバイクレースのリザルトを見ると、トップクラスのライダーたちが前の方に並んでいますよね(笑)。

就臣さんは同じレースに出て、一緒に転んだのを覚えてますよ。あの頃からアグレッシブだったなぁ。

石井 あの時代以降にポケバイ、ミニバイク、ロードレース、そして世界グランプリという道筋ができてきた気がするよ。

中野 速いライダーってホントにたくさんいたと思うんですけど、上まで上がっていけるのはやっぱりほんのひと握りですよね。正義さんから見て、何が違いなんでしょう?

石井 親だね、きっと。親の導き方や、親がまわりの人にどう対応し、どういう関係を築いていくかが、すごく大きいと思う。

今、自分が親として娘(※石井千優さん。全日本ロードレースJP250クラスに参戦中)にレースをやらせてるから、よく分かるんだ。

全日本でも、真ん中あたりまでは親子の力だけでも何とかなる。でも全日本のトップとか世界ということになると、いろんな人の力を借りないといけなくなるよね。

頂上を獲るなんてことになったら、いろんな人の教えや協力を得ながらステップアップしていくものだと思う。だからこそ親の立ち居振る舞いが大きく影響してくる。

真矢も、お父さんご自身が勉強しながら多くの人たちとうまく関わったからこそ、世界に行けたんだよ。親ってすごいんだなって思うよ。

中野 いやいや(苦笑)。でも、どの親御さんもみんな一生懸命ですよ。お父さんは仕事でなかなかコースに来られないから、お母さんがコーチをするケースもありますしね。

でも、ポケバイはいいですよね。チームに預けるまではどうしても親のサポートが必要で、だからこそ親子の絆が深まる。

石井 そこはすごく大きいかな。遠征なんかは、お父さんが運転、お母さんお食事係って、楽しい家族旅行みたいなものだしね。ポケバイレースをやってる家庭は、安定してるところが多い気がするよ。

ポケバイが世代をつなぐ。家族をつなぐ(石井)

どんなに世代が変わっても、親子の絆は変わらない。トップライダーが育つことと同じぐらい、よき家族が楽しむ姿が石井さんのモチベーションになっている

中野 僕、千葉北ポケバイコースの存在って、すごく大事だと思ってるんです。

ポケバイはバイクレースのホントに最初の入口。その専用コースがあり続けるって、めちゃくちゃ価値があることだなって。

僕たち卒業生にとっては、「いつでも帰れる原点」なんですよ。

石井 そう言ってもらえるとうれしいねえ……。

こうして卒業生たちが顔を出してくれるのって、現役ポケバイキッズライダーたちにとってはすごく重要なんだよ。憧れのライダーだしね。まぁ、ホントは子供はよく分かってないんだけど(笑)、親世代は大喜びしてくれる。レースを続けるモチベーションになるよね。

宇川徹や高橋裕紀が子供を連れて来てくれる。そうやって次の世代につながっていくのもうれしい。それに卒業生やその親御さんたちが家族ぐるみでレースに協賛してくれたり、手伝ってくれたりもする。ありがたいことですよ。

そう言えば、前に真矢が協賛して「中野真矢杯」ってレースを開催してくれた時は、女性ファンからの問い合わせ電話が何件もかかってきたんだよ!

「そちらにはどうやって行くんだ」「入場料は取るのか」「中野真矢を生で見られるのか」って。冗談抜きで、ポケバイレース史上、最初で最後の出来事だったよ(笑)。

でも今、ウチと真矢の56レーシングの卒業生である哲平(※全日本ロードレースJSB1000参戦中の名越哲平選手)の女性ファンが増えてるんだ。

若いお母さんたちが「哲平くんかわいい♡」なんてね。「おお、王子の伝統はしっかり受け継がれているなあ」って(笑)。

中野 いやいや(苦笑)。

左端の3位表彰台に立つのが中野さん。この頃から王子らしい気品を振りまいていた
ポケバイは家族ぐるみのスポーツだだったそう

「中野真矢杯」としてポケバイレースを主催したことも。中野さんも飛び入り参加するなどして盛り上げた。当の子供たちは豪華な景品が目当て?
家族で楽しめるのがポケバイのよさ。お母さんが名コーチになる場合も多い。女子ポケバイライダーも多く、頼もしい限り
「僕にとっては原点に帰れる貴重な場所」と中野さんが言えば、石井さんは「卒業生たちが顔を出してくれるのが何よりうれしい」。忘れがたきモータースポーツの学び舎
昔も今も変わらないポケバイの姿。子供を育む貴重な存在
中野さんと、愛弟子である全日本JSB1000名越哲平選手の色紙が並ぶ

SHARE

PROFILE

RIDERS CLUB 編集部

RIDERS CLUB 編集部

1978年の創刊時から、一貫してスポーツバイクの魅力を探求し続けるオピニオンマガジン。もはやアートの域に達している、バイクの美しさを伝えるハイクオリティの写真はいまも健在。

RIDERS CLUB 編集部の記事一覧

1978年の創刊時から、一貫してスポーツバイクの魅力を探求し続けるオピニオンマガジン。もはやアートの域に達している、バイクの美しさを伝えるハイクオリティの写真はいまも健在。

RIDERS CLUB 編集部の記事一覧

No more pages to load