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パドックから見たコンチネンタルサーカス~セオリー無視のニール・マッケンジーのライン~

フォトグラファー折原弘之が振り返る
パドックから見たコンチネンタルサーカス

’81年から国内外の二輪、四輪レースを撮影し続けている折原弘之が、パドックで実際に見て、聞いたインサイドストーリーをご紹介。今月はセオリーを無視した、ニール・マッケンジーのライン取りについて。

トップライダーの条件

’87年のグランプリは、鈴鹿で開幕を迎えた。シリーズ最初のレースを、日本で撮影できることにワクワクしながら鈴鹿に向かったのを覚えている。当時のトップライダーと言えば、ガードナー、ローソン、スペンサー、マモラが上位で、日本からは平選手と八代選手がフル参戦をしていた。

そんな中、僕はスズキから移籍してきたニール・マッケンジーに注目していた。その理由は移籍した初年度ということもあったが、フレディと長年コンビを組んできたアーヴ・カネモト氏とタッグを組んだことが最大の理由だった。アーヴと組むということは、ホンダが期待する、もしくは育てようとしているライダーであることの証だからだ。NSRに乗るニールはいったいどんな走りになったのか、早速コースに出てみた。

鈴鹿サーキットは全長が長く、フォトグラファー的にはコーナーへのアクセスが良くない。なので金曜日は決勝では行きにくい、西コースから撮影を始めるのが常だ。セッションの合間に運行してくれるバスに乗り、西コースへと向かう。このメディアバスは、コース上を走り希望のポイントで降りることができる。僕は下見をしながらポイントへ行ける、この贅沢な時間が大好きだ。このセッションは、ヘアピンコーナーで撮ると決めていたので、数人のフォトグラファーと共に位置についた。

一緒に降りた外国人フォトグラファーと談笑していると、甲高い2ストロークのエキゾーストノートが遠くから聞こえてきた。いよいよセッションが始まる。大きな期待と、少々の不安(当時はフィルムだったのでちゃんと写るか不安があった)を抱えてファインダーをのぞく。多くのトップライダーと共に、ニールもコースに飛び出してきた。

ニールのチームはたばこメーカーのHBがスポンサーをしており、当時ホンダの主流スポンサーであるロスマンズカラーとは一線を画していた。まだ目に新しい黄色のNSRに、肘を張り気味にライディングする独特のフォームのニールを追いかけた。追いかけると言っても当時はオートフォーカスなど無かったので、あらかじめ一番フォームが美しいであろうポイントにピントを置いておく。そしてそのポイントを、通過する瞬間にシャッターを切る“置きピン”で撮影していた。ほとんどのトップライダーは、狙い通りのラインを走ってくれるので問題ないのだが、ニールだけは違っていた。

ヘアピンに限らずほとんどのライダーは、クリッピングポイントで縁石に最も近づき、最大バンクを迎える。そのポイントにピントを置いておけば、半ば自動的に最大バンクの写真が撮れる。だがニールは、そこを通過しない。彼が走ってくるときだけ、ピントをアウト側にずらさなければいけなかった。つまりニールは、ヘアピンのクリップで縁石に寄らないのだ。最初は慣れないマシンに戸惑っているのかと思ったが、何度来ても縁石に寄ってくる気配がない。何か期待外れだったなと思いつつ、ピットに戻った。

ところが予選を終えると、ニールはポールポジションを獲得していた。あんなセオリー無視のライン取りで、最速タイム? 一体何が起こったのか、本人に聞かずにいられなかった。

予選が終わりミーティングも済むと、ジャーナリストの取材時間が始まる。ポールをとったホンダの新人は大人気で、なかなか話すチャンスが訪れない。それでもライン取りの話が気になって、辛抱強くニールが解放される瞬間をまった。今まで経験しなかった取材攻めにヤレヤレといった感じで、報道陣の輪から抜け出したニールをつかまえる。

「ちょっといい?」

「久しぶりだね、フォトグラファーなのに君も取材?」
と返してくるニール。

「ちょっと気になる事があってさ」

「いろいろ聞かれて疲れてるから、手短にね」
とニールは言ってくれた。僕はピットに戻るまでの間、一緒に歩きながら話しはじめた。

「ヘアピンのラインなんだけど、クリップが縁石から遠かったんだけど、タイム出した時は縁石に付いたの?」
と僕は切り出した。

「あそこは縁石には寄っていかないけど」
と返してきたニール。

「ラインを外してポール? なら、ラインに乗ればタイムは縮む?」

「企業秘密だから、あんまり話したく無いんだけど」

その言葉に何かあるとは言え、黙るしかなかった。だがニールは続けてこう言った。

「教えるから口外しないでくれよな。皆はどう走っているか知らないけど、僕はヘアピンの手前の110Rにポイントを置いてるんだよ。デグナーから110Rを早く抜けようとすると、ヘアピンのブレーキが間に合わなくなそれでもヘアピンの手前を速く走る方が有効だと思ったから、ヘアピンのラインは無視したんだ」
と話してくれた。

「でも、それだと立ち上がってから、200Rが遅くなるんじゃ無いの?」

「ヘアピンは多少ラインを外しても、アクセルを開けるポイントはあまり変わらないから問題ない。それに500㏄マシンのパワーだと、ホイールスピンしてしまうからタイトコーナーの立ち上がりはスピードが乗りにくいんだ。それならスピンの少ないハイスピードコーナーで、タイムを削ったほうが効率的なんだ。それとアーヴと話した時に、彼の思うトップライダーの条件の中に『ラインを外してもタイムを落とさない』っていう項目があったから、その練習も兼ねてる。今回はそれがうまくいったのかもね」
と教えてくれた。アーヴ・カネモトの思うトップライダーの条件。これは聞かずにはいられない。

「ニール、その条件って、他に何があるの?」

「これは言えないよ。皆に練習されたら、僕のアドバンテージがなくなっちゃうからね」
と言われたが、絶対に口外しないから、教えてくれと詰めた。

「本当にこれだけは言えない。ただ彼の思うトップライダーの条件は、10項目あったよ。これで勘弁して」
と言い残して、走って帰られてしまった。

後日、同じ質問をアーヴ自身に聞いてみたが案の定「企業秘密だから教えられないよ。僕がこの仕事を辞めた時に、聴きにきてくれたら話すよ」と優しくいなされた。当然のことだ。グランプリのトップ争いは戦争のそれに等しい。簡単に話してくれることではない。

ニールと話したあの日から、残りの9項目を探しながら今日まで撮影を続けてきた。そして閃くたびに、ニールやアーヴに確かめ続けた。僕の言う答えが正しいときは、「それも一つの条件だね」と二人はちゃんと対応してくれた。僕が出した答えは、5つの正解をもらえた。

その後は僕自身がWGPから離れてしまい、答え合わせができなくなってしまった。それでも僕は、残りの5項目を意識しながら今日も撮影を続けている。もし今後、あの二人のどちらかに会ったら、ぶつけてみたい答えも用意している。

そんな日が来ることを楽しみにしながら、僕は今もサーキットの撮影を楽しんでいる。

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PROFILE

RIDERS CLUB 編集部

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1978年の創刊時から、一貫してスポーツバイクの魅力を探求し続けるオピニオンマガジン。もはやアートの域に達している、バイクの美しさを伝えるハイクオリティの写真はいまも健在。

RIDERS CLUB 編集部の記事一覧

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