あの人の素敵な暮らし 書道家・武田双雲さん 

藤沢の路上で、ひとり書を書く毎日

いまや書道家として、押しも押されぬ人気を誇る武田双雲さん。湘南に自宅兼書道教室を構えていることは知られているが、実は熊本出身。湘南で暮らすことになったきっかけとは一体何だったのだろうか?

「大学を卒業して普通に就職し、横浜の独身寮に住んでいましたが、いまの奥さんとなる当時の彼女が大船に住んでいたので、デート帰りに湘南ドライブを楽しんでました。その時は『海がすぐ近くにある、こんな街に住めたら素敵だな』と思うも、自分には縁のない憧れの場所という感じでした。でも、いざ会社を辞めて書道家として生きようと思い立ったとき、知り合いに辻堂のとある古民家を紹介されたんです」

その当時は、書道家として何の実績もなかったので借りるのを見送った。一度故郷の熊本へと帰り、改めて師匠であるお母様の元で修行に励んだのち、偶然にも辻堂のその古民家に居を構えることができたのが2001年1月のこと。

とはいえ、いざ思い描いていた場所に書道教室を構えたものの、まだ無名だった双雲さん。生活していくには苦しい毎日が続いたという。

「毎日何枚も書道教室のビラをポスティングして歩き回っても、何の縁もゆかりもない土地ということもあり生徒はなかなか集まらず、ただひとり家で書を書くだけでした」

「どうせ書を書くなら家でも外でも一緒でしょ?」と考え、JR藤沢駅から小田急百貨店に伸びる2階連絡通路で筆を執り、創作活動に励むようになる。

「すると時々『何を書いているんですか?』と道を行く方に聞かれましたが、私もただ書いているだけ、何の目的もないので、『いや、別に……』と答えるのみ(笑)。理系出身の私にとってはお客様にウケるパフォーマンスや営業的なセリフを伝える術がいっさい分からずただひたすら書いていました。ホント、何をやっていたんですかね(笑)」と、その当時を思い返して笑う。

気がつけば、300名を超える書道教室に

しかし、そんな毎日を積み重ねていくうち、いつしか路上で書く双雲さんの書に魅せられる人が現れ、次第に書を求められるように。さらに、徐々に書道教室にも人が集まり、書道家としても軌道に乗りはじめる。

やがて、書道教室である辻堂の古民家が取り壊されるのに伴い、現在の住まい兼書道教室の江ノ島近くへと居を移すことに。その精力的な活動が徐々に世間に広まるなか、いつしかテレビをはじめ多くのメディアにも取り上げられ、一躍若手書道家として確固たる地位を築き上げていき、いまでは300人弱の門下生を教える。

では、一体いつが書道家としてのターニングポイントになったのだろうか?

「はっきり分からないんです。私自身、いまやっていることも下積み時代と言われる昔からまったく変わらないのに、気づいたら『あの武田双雲』ともてはやされている。私は何も変わっていないのに、周りが私を見る目が変わったと言いますか……」といささか、困惑気味の表情を時折見せる。

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双雲さんの書道教室は、単に美しい字を書くことだけを目的としない。時には『一番怖いお化けを描いてみよう』『ドラえもんを描いてみよう』といったユニークな試みも。こうした遊びから豊かな感性が磨かれるのだ。

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とにかく『書を楽しむ』がモットー。この日は生徒がお土産で持参したお菓子を巡って大いに盛り上がる。大人も子どもも、先生も、みんなの笑顔が教室中に弾け、明るい雰囲気に満たされる。

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書道教室のお手本をしたためる双雲さん。ひとたび筆を手に取れば、表情は真剣そのもの。周囲には緊張感が伝わる。

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書道教室が行われるアトリエのあちこちには、双雲さんがしたためた数々の言葉が。「単に思いついた言葉を書くだけ」と語るが、どの言葉も双雲さんの『生きていくうえでの哲学』が凝縮されているものばかり。

オーガニックカフェと陶芸が生活の一部

書道家としての顔のほかに、オーガニックカフェの経営者としての顔も持つ。アメリカ滞在をきっかけにオーガニック料理に傾倒し、その良さを伝えたいがため鵠沼海岸にカフェ『Chikyu』を2017年にオープン。こちらのカフェでは地元の自然栽培の野菜を使ったカレーをはじめ、コールドプレスジュース、そしてオーガニックワインなど、身体に優しい食べ物や飲み物だけを提供。その自然の温もりと優しさに満ちた雰囲気は、すっかり地域にも溶け込み、公私ともにますます湘南に密着した日々を過ごしている。

「私は、何かに向かう、掴もうとすることはしません。人と比べたり、モノと対峙することはありません。すべてを地球レベルで考え、『人やモノと調和する、協調する』。そうした一体化する感覚こそ、『オーガニック』の根本的な考え方でもあるのです」

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(左)店内の家具やファブリックは、島根のデザイン集団『デザインオフィス スキモノ』が手掛けている。
(右)一番人気のメニューは『キーマカレー(1100 円)』。

そんな双雲さんは、この日の取材時もいそいそと辻堂へと。何でも最近は陶芸にすっかりハマっているのだとか。

「オーガニック料理を提供するため、無農薬野菜を生産する地元の農家さんを訪ねるのですが、その時に触った土の感触が気持ちよくて。『土を触りたい』。それならば土を捏ねて作品を創出する陶芸が面白いかも! と思ったんです」と双雲さん。いまでは時間さえあれば辻堂の陶芸教室『湘南陶舎』に通っているのだそう。

「陶芸はとにかく自由。何を作ってもいい。皿とか茶碗でなくてもいい。陶芸教室に来たら、右の方はひたすら猫だけ、かたや左の方はよくわからないオブジェを創作している。これは衝撃的でした。あまりにも自由すぎる。書道にあるような書き順などの制約が一切ない世界。究極の自由アートなんですよね」と、その陶芸の魅力を興奮気味に語る。

こうした、自由な感性や、何事にもとらわれない感覚が、武田双雲というアーティストの根幹を形成しているのだ。

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双雲さんが製作した陶器の数々は書道教室に。「釉薬(ゆうやく)を塗って焼くと、色合いや光沢など驚きの変化を見せてくれる。そんな所も陶芸に惹かれる理由ですね」

かくいう双雲さん、実は将来はアメリカへの移住を考えているそうで、すでにカリフォルニアに家を購入したのだそう。

「でも特に目標があるわけではないんです。何度か訪ねるうちにその場所が気に入り、友人ができ、私自身を求めてくれるようになった。単に居心地がいい、ただそれだけなんです。向こうで何か事を成し遂げようとか、本当に考えてないんですよね。その時その時を楽しむだけです」
 
決して無理をせず、人生に目標を求めない。ただ、いま目の前にあることを楽しむ。でも口で言うは易し、なかなか実行できないのが現実。しかし、そんな常識や型にとらわれず、ヒョイと軽やかに壁を乗り越えるかのように、次のステージへと駆け登る双雲さん。ここ湘南を舞台にさらなる飛躍を遂げるのか、それとも新たな境地へと自由に飛び立つのか。双雲さんの今後の動向に注目していきたい。

●武田双雲
1975年熊本県生まれ。書道家。従来にない斬新な書や活動が評判を博し、数多くのロゴ、映画やドラマの題字などを手掛けるほか、国内外でパフォーマンス書道を行い、日本文化を発信し続けている。

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【DATA】
●オーガニックカフェギャラリーChikyu
住所:神奈川県藤沢市鵠沼海岸1-14-20 クラーレ鵠沼102
電話:0466-53-9690
営業時間:11:00~18:00(土曜・日曜 ~19:00)
定休日:月曜

(出典:『湘南スタイルmagazine 2018年8月号第74号』エイ出版社

(編集 M)

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