Adobe成功の秘密は『茶葉を読み』『舟を焼いた』ことにある
FUNQ
- 2019年04月17日
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我々が目にするクリエイティブのほどんどはAdobeアプリで作られる
アップルが3月25日の発表会でさまざまなサブスクリプションサービスの展開を宣言したように(https://www.ei-publishing.co.jp/articles/detail/flick-482372/)、現在のIT業界では、ユーザーから定額の支出を得てサービスを提供するサブスクリプションサービスが大きなトレンドとなっている。
現在、急成長し、巨大企業の仲間入りをしつつあるNetflixもそうだし、Amazon Prime、Spotify……など枚挙にいとまがない。
もちろん、定額制のサービスという仕組み自体は昔からあるが、パッケージソフトが主流だったIT業界にこの流れを持ち込み、早期に大きな成功をした企業としてAdobeを見逃すことはできないだろう。
一般消費者の方は、Adobeと聞いてもそんな巨大な影響力を持つ企業だということに気がついていらっしゃらない方も多いかもしれないが、本、雑誌、チラシだけでなくパッケージや看板など世の中にあるほとんどの商業印刷物は、InDesign、Illustratorなどで作られているし、写真はPhotoshopやLightroomで処理されているし、テレビ番組や映画はPremiereやAfter Effectsで、ウェブサイトはXD、Dreamweaverなどで作られている。
つまり、我々が目にするほとんどのものはAdobeのアプリで作られているのだ。Mac上でも、Windows上でも動く、いわばクリエイターにとっての最強のプラットフォームで、一般消費者の人にとってはアップルやAmazonほど近しい企業ではないかもしないが、非常に大きな影響力を持つ企業だ。
そのAdobeが20万円ほどしたパッケージ版の『Adobe Creative Suite』(仕様によって価格は違った。Photoshopを単体で買って10万円弱)の販売をやめ、月額課金制の『Adobe Creative Cloud』(現状、コンプリートプランで5680円(税別)/月)に移行したのが2012年のことだ。
パッケージソフトから、サブスクへの移行を主導した同社ナンバー2来日!
その、Adobe Creative Cloudへの移行を先導した、同社デジタルメディア事業部門担当エクゼクティブVP兼ゼネラルマネージャー(要約するとAdobeのNo.2)ブライアン・ラムキン氏が来日され、Adobeのビジネスモデルについて話をうかがう機会があったので、Adobeの成功の秘訣について話を聞いた。
ブライアン・ラムキン氏がAdobeに入社したのは ’92年のこと。Photoshopが最初に関わったプロダクトだったのだそうだ。その後も、モバイルアプリケーションに携わり、続いてアプリのクラウド化、サブスクリプション化に尽力された。
「以前、Creative Suiteとしてパッケージ製品を提供していた時は、18〜24カ月ごとに新しいバージョンを開発して販売していました。当時はそれで良かったのですが、インターネットを介したコミュニケーションが活発になっていくにつれ、スピード感が合わなくなってきたのです。」
「そこで、2011年にサブスクリプションのシステムを作り、クリエイティブクラウドをローンチしたのです。それによって、我々は早期に成功することができました。以前、パッケージでアプリケーションを販売していた時と違って、たくさんのお客様と直接つながることができ、みなさんが何を望んでいるのか分かるようになりました」
Adobe年20%台の成長、これからAIが仕事の75%を解決する
インターネットが普及し、モバイル・クラウド化が進み、さらにこれからAIが世界を席捲する中で、上手くデジタル変革していった企業だけが成功するようになる。
Adobeは、自らをデジタル変革していく中で得た知見を活かし、各企業が自分自身をデジタル変革させていくためのプラットフォームテクノロジーに注力する。それがマーケティングを統括するエクスペリエンス・クラウドであり、ビジネスの書類、承認のステップなどをデジタル化していくドキュメント・クラウドだ。これらにより、Adobeはクリエイティブだけでなく、マーケティングやドキュメントの世界でも、非常に有力な企業となり、さらに大きな収益を得ている。
この間に、Adobeの時価総額は10倍にもなっており、1ケタ台だった成長が年々20%にもなっているのだそうだ。
さらに、AdobeのAI『Adobe Sensei』(なぜ、Adobeが『先生』という日本語を使ったのか、日本人にとっては謎だが……)によって、繰り返し作業などはどんどん解消されて行く。なにしろ、分析によると我々の仕事の75%は繰り返し作業だそうで、それをAdobe Senseiが完全に解消してくれるのなら、仕事の効率は4倍になる。
Adobe成功の秘訣『茶葉を読め』『ボートを燃やせ』
サブスクリプションになると、我々が支払うお金は総額では高くなる可能性が高いが、代わりに1回に払う金額は非常に小さくなる。
これにより、使い始める人が非常に多くなったのだそうだ。
さらに、常に最新のアプリケーションが提供され、顧客満足度も大幅に上がったという。
もちろん、最初はAdobe社内にもサブスクリプション化も不安を感じる声も多かったという。しかし成果が上がるにつれて、賛成する声が多くなっていったという。なにしろ、世界で数百万人だったユーザーが、数千万人のオーダーに増えたというから、その成功は途方もなく大きいといえるだろう。
この、サブスクリプションモデルへの移行の最初のアイデアはどこら出てきたのだろう? リンゴが落ちるのを見てニュートンが重力を思いついたように、サブスクリスションという方法論が頭に降ってきた瞬間があったのだろうか? 当時を知る人に話を聞く機会はめったにないだろうから、筆者は勇を奮ってブライアン・ラムキンさんに質問してみた。
「どうでしょう? ユーレカと叫んだ時かどうかは覚えていません(笑)しかし、Adobeには大きな意思決定をする時に大切にする言葉があります。それは『Read the Tea Leaves(お茶の葉を読め……お茶の葉の模様で未来を占ったことに由来する)』と『Burn the Boats(ボートを燃やせ)』という言葉です。現時点でなく、未来にどうなっているのかを一生懸命考えてプランを練り、いざ意思決定をしたら中途半端なことをせずに、古いボートを燃やして退路を断ってチャレンジしろということです。」
その言葉の通り、Adobeは将来を考えてアプリのクラウド化、サブスクリプション化を進めて、当たり前の方法だったパッケージアプリの販売をやめてしまった。
その結果が、今の成功というわけである。
『Read the Tea Leaves』と『Burn the Boats』。ビジネスの、そして人生の意思決定のために、ぜひ覚えておきたい言葉だ。
(出典:『flick! digital (フリック!デジタル) 2019年4月号 Vol.90』)
(村上タクタ)
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