東急の駅員さんが、ホームでiPhoneを触っているワケ
FUNQ
- 2017年12月13日
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増え続ける輸送人員数と、トラブル対応の難しさ
弊社(エイ出版社)は東急田園都市線の沿線にある。東急田園都市線はベッドタウンから都心への、通勤電車の混雑で知られる鉄道でもある。
東急電鉄は、この田園都市線の他に、東横線、目黒線、大井町線……など8本の路線、87駅を運営し、年間のべ約11億6000万人の乗客を運んでいる。
11億6000万といってもピンと来ないが、1日にして330万人。往復することを考えると、ユニークユーザーは170〜180万人といういことになる。おおまかにいえば、バーレーンやエストニアの人口ぐらいの人が1日に乗車して往復しているという感じ。
今でも、年々輸送人員は増えており、万が一停電などのトラブルが起ると、この大量の人があっという間に駅にあふれ返ることになる。もともと、鉄道は正確確実な運行管理がもっとも重視され、トラブルの対処なども目視確認や、口頭での報告などが中心となっていた。
トラブルが発生した場合、電気部の技術員が現場に駆け付け、本社オフィスに報告、原因の究明と復旧作業に取り組む。同時に運輸指令所は、どの部分を運休するのか、トラブルが起っていない部分の往復運転などをどう行うのかなどを判断し、それをまた各所に指示して鉄道の運行を行っているのだそうだ。運輸指令所や本社などでは複数のホワイトボードが立てられ、関係部門ごとに情報が整理され共有されていたという。
乗客のSNSでの情報共有に追いつかなかった
しかし、ここ数年は、トラブルが起こり、人の流れが止まった瞬間に乗客の間で、SNSを使って乗客の間で情報がやりとりされる。曰く、
「○○駅で止まってる〜」
「○○駅で事故があったみたいよ」
「まだ動かない〜」
……などなど。乗客同志の間では瞬時に情報がやりとりされ、憶測や不正確な情報も含めて、猛烈な速度で伝わって行く世の中になった。
そんな中では、口頭とホワイトボードで連絡していてはとても間に合わない。結果として、SNSでの迅速で豊富な情報を持った乗客の問い合わせに、業務中の私物携帯電話の利用を禁止されている駅員は徒手空拳で対応しなければならないような状態だったという。
乗客数もうなぎ登りに増えており、迅速な対応を迫られる中、いくつかの選択肢の中から、東急電鉄は、iPhone、iPadなど、iOS端末の導入とクラウドサービスのboxによる情報共有をスタートさせた。
導入されたiOS端末はiPhoneが約1000台、iPadが約1000台。ホームに立つ駅員など持つiPhoneが(導入時期の関係で)iPhone 6s中心。バックヤードや管理部門など事務所内の駅員が使うiPadはiPad mini 4中心。
ちなみに、iPhone/iPadが端末として選ばれたのは、元々iPhoneをプライベートで使っている駅員が多かったのと、操作が簡単だったから。実際に、高齢の駅員も含め幅広い年齢層のスタッフに対する導入がスムーズだったという。
JR各社のように豊富にアプリの開発資金があるわけではないので、既存のクラウドシステムを中心に、必要に応じてアプリを組み合わせた。
これらのiOS端末に列車運行管理システムを連携させて、運行情報を広く共有できるようにした。また、乗客の前に立つ駅員が端末を持つ場合、一般の乗客にも業務で利用しているということが分かりやすいように『東急電鉄・業務用』と大書きしたストラップを用意した。
今回は、このiOS端末を使った新しい取り組みとして開発された、身体障害者の方の案内を担当する駅員のための『バリアフリー連絡アプリ』について取材させていただいた。
なんと、渋谷駅では1日100回にも及ぶ案内業務
駅員の方の業務のひとつに、車いすや白杖を利用する人のため誘導、案内、介助がある。
身体の不自由な方が駅で駅員に乗車を告げると、駅員は必要に応じて駅構内を案内し、ホームで乗降をサポートする。そして、どの列車、どの車両、どのドアから乗って、どの駅に向かったかを連絡する。そして、その連絡を受けた降車駅の駅員は待機して、降車をサポートする。
これにより、車いすの方や白杖の方も安全に電車を利用できるわけだが、世の中がバリアフリーになり、出歩く方が増えるにしたがって、この業務の回数が非常に多くなっているのだそうだ。身障者の方が自由に出歩ける世の中になっているのは喜ばしいことだが、昔だと1日1〜2回だったこのサポート業務が、日に数十回。渋谷駅などでは百回以上に上るのだという。
もちろん、専用の駅員がいるわけではないし、それぞれの業務をこなしながら、サポートし合っておこなっている業務なので、次第に負荷が高まっていたという。複数の連絡がラップすることもある。また、小さな駅だと2人しか駅員がいないような駅もあり、そうなると他の業務を1人がすべて負担しなければならなくなってしまう。
もともとはこの連絡、紙に書いてホームの駅員と、事務所内の駅員が口頭で連絡しあって行っていた。降車側の駅員は、キッチンタイマー等を使って、ホームに向かうために動き出す時間をセットして、列車の到着時刻を把握していた。ここにさらにダイヤの乱れなどがあると、とんでもないストレスの中、駅員の方は業務を行うことになる。
そこで、この『バリアフリー連絡アプリ』である。
アプリでスムーズになる障害者の乗降
駅員に乗車の旨を伝えると、まず乗車駅や降車駅、まだどんな介助が必要な乗客なのかが入力される。
介助者があるのなないのか、手動の車いすなのか、電動の車いすなのか、白杖の利用者なのか、盲導犬なのかなどについて入力する。
ホームドアなどのドアの近くにはQRコードがあり、それを撮影することで、どのドアに乗車したのかが入力できるようになっている。
同じドアでも、何両編成なのかによって、乗車する車両は異なるので、そこは手入力する。
入力が終わって送信すると、降車駅の全端末に通知が行く。通知を受けた駅員のうち担当すべき駅員が自分が担当すると名乗りを上げる。さまざまな業務が複合的に行われているので、お互いにカバーしあって担当が決定する。
受け入れ側担当者は、自分を担当者として入力する。
そして、乗車側の駅員は、スロープを展開して乗車をサポートするなどする。
対応担当者の画面はこのような感じ。どの列車のどの車両に介助が必要な方が乗っているのかシンプルに分かるようになっている。
降車側の担当駅員には、アプリから2回に渡って通知が来る。1回目でホームに向かう準備をし、2回目の通知でホームに向かう。この音は独特の音になっていて、駅の混雑した状態でも聞き逃さないようになっている。
このアプリの運用により、サポート業務による駅員に対する負荷は大きく下がったという。また、列車運行管理システムとの連携により、たとえアクシデントでダイヤが乱れたり、複数のサポートを必要とする方が発生したりしても、確実安全なサポートが可能になっているという。
おそらく日本中の多くの鉄道では、まだ音声と書類による運用がほとんどで、東急のこの取り組みは先進的。このバリアフリーアプリは社内開発で、駅員の従来からの作業プロセスに合わせた操作性の高いアプリケーションが実現できたという。
駅員の方が、スマホを見ていらしても、決して遊んでらっしゃるわけではない。障害がある方のサポートをされていることもあるので、邪魔をしないように見守ろう。
(出典:『flick! digital (フリック!デジタル) 2018年1月号 Vol.75』)
(村上タクタ)
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