にゅう、白駒池、そして高見石へ。テント泊で行く冬の北八ヶ岳
PEAKS 編集部
- 2019年11月14日
INDEX
平坦な地形の北八ヶ岳はキャンプ適地も多く、テント泊での山歩きに向いた山域だ。それは無雪期だけではなく、積雪期も同じ。だが、やはり冬は難易度が上がってしまう。今回は、1泊2日で白駒池から高見石へ。人気山域だが、平日とあってほかの登山者はだれもいないのだった。
天気はいつまでもってくれるのか? 不安な気持ちで山中へ。
当たり前だが、冬は寒い。それも高山ならなおさらで、周囲のものはすべて凍りつく。「ただそこにいるだけで死ねる」のが、冬の雪山だ。
僕が今回向かったのは、北八ヶ岳。冬季も営業している小屋が多く、宿泊に関しては無雪期と同様に快適にすごすことができる。僕もこれまでに縞枯山荘、麦草ヒュッテ、高見石小屋と小屋泊での雪山歩きを何度も経験した。
だが今回はテント泊だ。たしかに山小屋は心地よいが、もともとテント泊が好きで山歩きを始めた僕は、いくら寒い冬でもテントで寝ずにはいられないのだ。
北八ヶ岳の東側に位置する稲子湯を出発した僕は、すぐに汗をかき始めていた。時期は1月上旬で、厳冬期ともいえるタイミング。それなのに気温は予想以上で、妙にナマ暖かい。そこにテント泊装備の重い荷物とあれば、体温が過度に上昇しても仕方がない。厳寒を想定し、分厚い寝袋やダウンウエアを用意したが、もしかしたら今夜は暑いくらいかもしれない。
そう思っていたのは、はじめの1時間程度。標高を上げると葉を落とした木々の間から強烈な風が登山道に吹き込み、寒さを感じ始める。だが一方で、周囲の美しさにはうれしくなってしまう。
樹上に積もっていた雪がキラキラと輝き、風に舞って降り注いでくるのだ。これはまさに雪山ならでは! ウエアの首筋から入ってくる細かな雪は冷たくて困るが、汗ばんでいた体には悪くない気もする。
あの神秘的な池はどこに? 冬だからこそ歩ける真っ白な湿原。
時期のわりに少ない雪もさすがに深さを増してきた。それまではブーツのみで十分だったが、僕はチェーンスパイクを取り付けた。
以前にも何度も歩いたルートゆえに、この状況ならば僕はクランポンは必要ないと考えた。だが、いまになって本当に大丈夫だったかと心配になる。僕は今回、軽量なチェーンアイゼンとスノーシューという組み合わせで、北八ヶ岳の白駒池と高見石を目指そうとしていたのだ。
予報によれば天気は下り坂だが、少なくても明日までは大崩れしない。本当は山中で2〜3泊し、高見石からもっと先まで進みたかったが、そうなるとやはりクランポンが必要になり、なにより悪天候のなかを歩く可能性が高まる。山中では絶対に無理をしないと誓っている僕にとって、「雪山」×「下り坂の天気」という掛け算の答えは「計画を縮小」しかありえない。だから、今回の目的地は白駒池と高見石だけでよいことにした。
宿泊予定地は白駒池の畔にある青苔荘のテント場だ。だがそこには直行せず、まずは途中で「にゅう」に立ち寄った。
「にゅう山」でも「にゅう岳」でもなく「にゅう」だけでひとつの山を表している。しかも北八ヶ岳の道標や地図の表記だけでも、「ニウ」「にう」「ニュウ」などが併用され、非常に紛らわしい。「乳」という漢字を当てはめることもあるが、山名の由来は刈り取った稲を円錐形に積み上げたものである「にお」にあるという説もあり、もうよくわからない。
そんなにゅうの山頂には、分岐に荷物を置いて歩いていった。雪山では自分の装備と離れて行動すると少々不安になってしまうのだが、ここではごく短距離だ。
山頂ではますます強烈な風に見舞われた。ウールの帽子を突き通す寒気で耳はちぎれるほど痛く、鼻先の感覚も鈍くなっている。
しかし、さすがに景色はすばらしい。無雪期ならば無用なほど明確に見える麓の人工物はうっすらと雪をかぶり、眼下の風景はいつも以上にきれいに感じる。
とはいえ、寒さには耐えきれず、僕は短時間でにゅうの山頂を後にした。分岐で荷物を回収し、そこから一気に標高を下げていくと雪の深さはさらに増していく。僕はスノーシューを取り付けた。
だが今回は必要なかったかもしれない。スノーシューがないと足が深みにはまるような区間はごく一部。とくに凍結した白駒池の上は強風が大半の雪を吹き飛ばし、まったく足が沈み込まないのだ。
だが、スノーシューを履くと安心感は高まる。現在の白駒池は完全に1枚の氷と化し、割れ目から水が浮き出るような場所は皆無だったが、まだ氷が緩い時期はブーツのみで歩くと踏み抜く恐れもある。今回はすでにそんな時期はすぎていたとはいえ、面積が広いスノーシューで体重を分散できると、不安は少なくなるのだった。
青苔荘でのテント泊、体を芯から温めてくれる鍋。
白駒池の上を地吹雪のように雪が舞う。じつにきれいだ。これだけ広く、これだけ真っ白な空間に、いまは僕しかいない。この優越感! しかも近くにテントを張り、ひと晩をすごすのである。
テントを張ると、僕は周囲の雪をクッカーに入れ、バーナーで溶かし始めた。真っ白な雪が透明な水になり、湯気を立ち上げる。そこに凍りついたモツを入れ、さらに野菜。火が通るとニラの緑が色濃くなり、ニンジンの赤も鮮やかに。僕の冬の定番料理、体を芯から温めてくれる鍋である。
テントのフライはクッカーから立ち上がった湯気により、霜で真っ白になった。体が触れるとカサっという音とともに落ち、雪のように積もっていく。雪山にいることを実感する瞬間だ。その後、このような霜はテント内にもついていき、翌朝に起きると僕の顔の周りは真っ白だった。呼気に含まれている水分が氷結したのである。それでもマイナス15℃近い低温下で熟睡できたのだから、重いのを我慢して持ってきた分厚い寝袋に感謝しなければいけない。
この日の夜メシは、僕の冬のいつものメニューである鍋。具材はモツを中心に、各種の野菜を投入。最後にはアルファ化米を入れて、雑炊風に仕立てた。鍋をしている間は火をつけっぱなしで燃料の消費は多いが、つねに温かい食事を食べられる。
つかの間の静けさ? 心落ち着く白い森と青い空。
下り坂だという天気だが、2日目は初日以上の好天となっていた。だが、いまだ天気予報は夕方以降は荒れると伝えている。早めに行動したほうがよさそうだ。
僕はテントを張りっぱなしにし、重要な装備だけをバックパックに収めて出発した。白駒池の上を昨日とは違う方向に進み、今度は白駒荘へ。その脇から登山道に入り、北八ヶ岳の稜線へと登っていく。
深い森のなかは、ほぼ無風。しんと静まりかえり、いっさいの音がしない。
唯一聞こえるのはザクッザクッという自分の足音だけだ。こんな場所に来ておいてなんだが、僕は冬よりも夏が好きだ。山には鳥やセミの声が響き、沢の水はさわやかな音で流れている。生命感があふれ、にぎやかなのだ。それなのに、冬山のこの無音ぶりは寂しい……。
だが、思うのだ。山で感じる寂しさは、けっして悪いものではない。とくに雪のなかのソロのテント泊ではたっぷりと孤独感を味わえる。ひとりジンセイについて考え、自分の過去、未来を想う晩は、貴重なものだ。僕はたしかに冬よりも夏が好きだが、雪山なりのよさも感じている。そうでなかったら、冬は温かい自宅にいて、寒中テント泊なんかしていない。
静かな冬山では歩行中も空想に浸りやすい。僕も雪に覆われた大木やコケの森を歩きながらあれこれ想いをめぐらせた。度がすぎると道迷いや転倒を起こすので、ほどほどにすべきなのだが。
稜線に着き、高見石小屋の横から高見石の岩場に登っていく。この付近は稜線も樹林帯だが、高見石の上に行けば、ドンとほぼ360度の眺望が望める。
僕は強風を遮るためにソフトシェルの上にハードシェルを羽織り、いちばん高い岩の上に立った。
高見石からの眺望は、北八ヶ岳でもトップクラスだろう。眼下には白駒池。縞枯山から天狗岳へと連なる稜線の山々も北八ヶ岳らしい美を備え、西の遠くにはどこか凛とした雰囲気の浅間山。銀白の山は神々しく、やはりもう1泊はしたくなる。
だが油断は禁物だ。思ったよりも好天は続きそうだが、安全なうちに稲子湯へ戻りたい。テントを撤収する必要もある。僕は名残惜しくも高見石を後にした……。
ところで、僕は先日、白駒池と高見石を再訪した。詳しくは138ページを見ていただきたい。
天気はイマイチで、日帰りコースだったが、晩秋の山もじつによかった。1年中、さまざまな魅力が待っている。それが北八ヶ岳という山域なのであった。
>>ルートガイドはこちらから
- CATEGORY :
- BRAND :
- PEAKS
- CREDIT :
-
文◉高橋 庄太郎 Text by Shotaro Takahashi
写真◉加戸 昭太郎 Photo by Shotaro Kato
取材期間:2017年1月10日、11日
SHARE
PROFILE
PEAKS 編集部
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。