モデル仲川希良の「絵本とわたしとアウトドア」#06 モチモチの木
仲川 希良
- 2020年11月02日
「夜って怖い」。幼いころは当たり前だったのに忘れかけていたその感覚を、山を歩くようになって思い出しました。だって山の夜って、本当に暗い。私が日常的に過ごしている町の夜は、いかに人工の明かりがあふれているか。それ無くしてはどれほど視界がきかないか。自分がとても弱い生き物であることを実感します。
そして山の夜って思いのほか騒々しいことも、行ってみて初めて知りました。木々がざわめき、鹿が鳴き、コウモリのシルエットが夜空を横切り……よく見えないぶん、その気配を大きく感じるのでしょうか。岩肌や沢だって、月明かりに輝き、堂々と音を立て、闇のなかでは気圧されてしまうほどの存在感。「夜は人間が生活する時間じゃないな」と、いつも思います。
だから「モチモチの木」の豆太の気持ちはよくわかります。じさまと二人で暮らす小屋の前にある、大きなトチの木。夜になるとこれが「空いっぱいの かみの毛を バサバサと ふるって、 りょう手を『ワァッ!』とあげるから」、じさまについて来てもらえないと外にあるお手洗いに行けないのです。
山小屋のお手洗いが外にあるとき、じつは私も行くのをためらいます。ヘッドライトをつけて足元を見ながらそろりそろり、ふと何かの拍子にその明かりがあたりの木々を照らすと、途端にグワリと伸びる影。「お前の起きていい時間じゃないぞ」と枝を振り上げ脅してくるようです。見上げた星空がどんなに綺麗でもそれさえなんだか恐ろしくて、足早に山小屋へ戻ってしまいます。
迫り来る闇から逃げるように、夕暮れの下山道を必死に歩いたことがあります。脚を痛めた友人を自分のストックに掴まらせ、刻一刻と暗くなる空と手元の時計を交互に睨み、なんとかギリギリ、夜の訪れと同時に山を降り切ったときの安堵感。友人を怖い目に遭わせたくない一心だった思い出です。
物語の後半、体調を崩したじさまを助けるために、豆太は夜道へ飛び出します。だれかのためならいつもよりずっと力が出せるのですよね。勇気ある豆太を迎えたのは、「シモ月二十日のウシミツ」に、ひとりの子どもしか見ることのできないという、火のともったモチモチの木。私はもうそれを見られる子どもではないけれど、見開きのページいっぱいに広がる燃えるトチの木の美しさは、山の暗闇を知ったいまだからこそより感じられます。
モチモチの木
(斉藤隆介・著、滝平二郎・絵/岩崎書店)
シンプルな線で伝える表情、仕草。お顔がなんだか似てるのもあって、豆太が我が息子に見えてしょうがない。幼いころは少し怖かった滝平二郎の絵の素晴らしさに、いま改めて気づく
モデル/フィールドナビゲーター
仲川希良
テレビや雑誌、ラジオ、広告などに出演。登山歴はランドネといっしょの11年目。里山から雪山まで幅広くフィールドに親しみ、その魅力を伝える。一児の母。新著『わたしの山旅 広がる山の魅力・味わい方』(小社刊)が発売!
SHARE
PROFILE
ランドネ / モデル/フィールドナビゲーター
仲川 希良
テレビや雑誌、ラジオ、広告などに出演。登山歴はランドネといっしょの14年。里山から雪山まで幅広くフィールドに親しみ、その魅力を伝える。一児の母。著書に、『わたしの山旅 広がる山の魅力・味わい方』『山でお泊まり手帳』
テレビや雑誌、ラジオ、広告などに出演。登山歴はランドネといっしょの14年。里山から雪山まで幅広くフィールドに親しみ、その魅力を伝える。一児の母。著書に、『わたしの山旅 広がる山の魅力・味わい方』『山でお泊まり手帳』