アウトドアスタイル・クリエイター四角友里さんの歩く、田辺の魅力【#3】熊野古道・中辺路
ランドネ 編集部
- 2023年01月20日
山、海、町、食、そして人。南紀白浜空港から、車で30分ほどの立地にある和歌山県田辺市は、旅のきっかけを見つけるには充分すぎるほどの魅力にあふれる場所。この田辺を、山や自然を愛する人が旅をするなら――。そんな目線で、登山靴を履き、バックパックひとつを背負って”田辺時間”をすごした四角友里さん。たくさんの山と町を歩き、心を動かしてきた友里さんが見つけた田辺の魅力を、お届けします。
【#1】ここにしかない山と町の風景
【#2】表情の異なる地元の愛され山
【#4】何度も訪れたいふもとの町
【#5】田辺で暮らす人の思い出が宿るお菓子
熊野本宮大社を目指し、”歩くこと”について考える道へ
紀伊半島にある熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社および那智山青岸渡寺)へと通じる参詣道、「熊野古道」。平安時代から1000年以上続くこの巡礼の道にはいくつかのルートがあるのだが、そのひとつが最も多くの旅人が歩いたとされる田辺から熊野本宮大社、新宮、那智に至る「中辺路(なかへち)」ルート。今回は中辺路の116キロ(通常なら6日~7日の道のり)のなか、「発心門王子(ほっしんもんおうじ)」から熊野本宮大社へと至る、ハイライトの約7キロを日帰りで歩く。
発心門王子の鳥居をくぐりお詣りして、旅のはじまり。ここが熊野本宮大社の神域の入口とされ、静寂な森の空気に身も引き締まる。道中に点在する、熊野神の御子神(子に当たる神のこと)を祀った、いくつかの「〇〇王子」を経て、歩みを進めていく。
道端では歯痛や腰痛のお地蔵様や、ここで命を落とした僧の供養塔などが、道ゆく人びとを見守り続けてくれている。紀伊半島と四国の一部でしか自生しないという朝熊竜胆(アサマリンドウ)の姿もあった。
熊野古道の左右に立つ、まっすぐな杉や桧の端正な木立を見ていると、自分の軸までもまっすぐにリセットされていく気分になる。足元の大地から天に向け、すーっと1本でつながるような感覚が心地いい。自然に身を置き、歩き、自分の心の奥とつながる時間。ここを歩いた古のひとたちは、なにを祈り、どんな感情を捨てたり得たりしながら、歩いてきたのだろう。
途中、丸太が敷かれ、森のベッドと呼ばれる場所を教えていただき、寝転んで空を見上げた。木々が空の中心に向かって集まって見える。いま森の真ん中にいるような、自分を地球の地軸として世界が回っているような不思議な感覚だった。
民家のある集落や茶畑では、茶葉や梅干しなどが無人販売所で売られ、山村ののどかな雰囲気に包まれる。ずっと杉林に石畳……という古道歩きをイメージしていた私には、このギャップは魅力的で、奈良県の県境となっている果無山脈と百前森山の険しい山並みを背景にした里山の風景が温かく心に沁みた。
そして、かつて中辺路を辿った参詣者がここで初めて熊野本宮の森を遠望でき、伏して拝んだという「伏拝王子」へ。熊野の山々が奥に奥にと幾重にも連なっている。休憩所で昼食をとり、また石畳の残る道、土の道、コンクリートの道をつないで歩いた。道中出会った、92歳だという女性、海外からのハイカー、観光の方。それぞれが自分の物語を携えながら、それぞれのペースで、おなじ方向に向かって歩く。
最後は、「ちょっとより道」の展望台に。熊野川をバックに、「大斎原(おおゆのはら)」がよく見える場所だ。明治22年に起こった大水害で社殿が流出するまで、熊野本宮大社は熊野川・音無川・岩田川の合流点であるこの大斎原の中洲にあったそうで、現在は日本一の大鳥居がシンボルになっている。古い絵図を見ると、川という結界に守られた水に浮かぶ森のような特異な場所で、自然崇拝から生じた熊野信仰のようすを感じとることができる。
ついに到着した熊野本宮大社。荘厳な雰囲気で鎮座する檜皮葺の社殿を目の前にすると、辿り着いた高揚感が再び静まり、厳かな時間が流れた。
2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界文化遺産に登録された熊野古道。「自然と人間の営みによって形成された文化的景観」という価値が認定されたもので、畏敬の念を感じさせる豊かな自然、そして祈りを捧げながら歩く人の心、どちらも大切にしていく場所だ。
自分の足で歴史と道をつなぎ、古の人々に想いを馳せ、心が整う時間をすごすことができた今回の中辺路の旅。
すべてを歩くには遠く感じていた壮大な熊野古道も、田辺を起点とし、一部分だけを気軽に歩くこともできるのだと知った。その反面、「峠を越え、さらにまた峠を越え、一日中黙々と山道をひたすらに何日もかけて熊野古道を歩きたい」そんな想いにも駆られている。
コース(歩行時間/約2~3時間):発心門王子(発心門王子バス停から往復)~水呑王子~伏拝王子~祓殿王子~熊野本宮大社~大斎原
足を延ばして立ち寄りたい、湯の峰温泉
熊野本宮大社から延びる「熊野古道 大日越」の山道を2時間ほど進むとたどり着くのが、日本最古の湯とも呼ばれる「湯の峰温泉」。開湯から約1800年。熊野詣をする多くの人々がこの地に立ち寄り、湯垢離(ゆごり)を行ない、旅の疲れを癒してきた場所だ。温泉地の中心にあり、日により7回湯の色を変えるといわれる「つぼ湯」は、参詣道の一部として世界遺産に登録されている。また中心を流れる川沿いには湯筒があり、およそ90度の熱々の温泉に卵を入れ温泉卵を作ることができるのも、ここでの楽しみのひとつ。
つぼ湯
入浴可能人数:1~2人(1組30分)
入浴料:800円(12歳以下400円)※公衆浴場も入浴可
入浴時間:6:00~21:00(最終受付20:30)
定休日:なし
熊野古道と併せて参拝したい、世界遺産「鬪雞神社」
2016年に世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に追加登録された鬪雞神社(とうけいじんじゃ)は、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)の別宮的存在とされ、鬪雞神社に祈願して三山参詣に替えたという伝承ある場所だ。弁慶の父・熊野別当 湛増が、源平合戦でどちらに味方をするかを決める際に、御神前で鶏を戦わせて占ったことが名前の由来。熊野本宮大社の主祭神のお仕えである八咫烏モチーフのおみくじもあり。熊野参詣の際、ここで心願成就を祈願したという鬪雞神社。中辺路を歩く前にはぜひ訪れてほしい。
〜旅人 アウトドアスタイル・クリエイター 四角友里〜
「山スカート」を日本に広めた女子登山ブームの火付け役。現在は講演や執筆、アウトドアウエア・ギアの企画開発を通し、メッセージを発信する。海外の山や日本全国の山を旅しながら、土地の食や文化を味わうのがライフワーク。著書に、登山ノウハウが満載の『一歩ずつの山歩き入門』(枻出版社)、山の思い出を綴ったエッセイ『山登り12ヵ月』(山と溪谷社)など。雑誌『ランドネ』にて「にっぽん食名山」を連載中。Instagram@yuri_yosumi
【#1】ここにしかない山と町の風景
【#2】表情の異なる地元の愛され山
【#4】何度も訪れたいふもとの町
【#5】田辺で暮らす人の思い出が宿るお菓子
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ランドネ 編集部
自然と旅をキーワードに、自分らしいアウトドアの楽しみ方をお届けするメディア。登山やキャンプなど外遊びのノウハウやアイテムを紹介し、それらがもたらす魅力を提案する。
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