
国際山岳ガイド・木崎乃理恵さん「私は世界中のママとおなじ」|山のガイド名鑑 File.1(後編)

ランドネ 編集部
- 2025年02月16日
ガイドの世界で活躍する人々にフォーカスする新連載。第一回は国際山岳ガイドの木崎乃理恵さんをインタビュー。
10代終わりに希望を抱えて渡米。その後、アメリカで結婚。国際山岳ガイドになり、ママになった。異国の地でマイノリティだったからこそ感じた苦みをばねに、ひと筋の道を歩む。
国際山岳ガイド・木崎乃理恵さん
「私は世界中のママとおなじ」
前編を読む
アジア人、女性、二重のマイノリティ
――国際山岳ガイドへの道のりは、険しかったのではないでしょうか。
木崎さん:はい。けっして容易ではありませんでした。けれど、パートナー(夫)と仲間に恵まれました。
女性は男性よりも非力であり体格も小さい。自分の力量を受け入れ、どうやったら高度で正確なガイドができるようになるのか、ロープワークや顧客への話し方なども考え、くり返し練習しました。アンジェラは、親身になって指導してくれたし、ふたりでいっしょに考え一つひとつの課題を解決していきました。途中、妊娠・出産もあり13年間かかりました。
子どもがほしかったけれど、年齢的にもなかなか妊娠できず、苦しい思いもしました。それは夫もおなじだったと思います。子どもをもつことを諦めたくなったときもありましたが、人生を終えるとき、私は国際山岳ガイドであることよりも、母親でありたかったのです。それが私の幸せであると。

――木崎さんは以前、「私はマイナススタートだった」とおっしゃっていました。
木崎さん:国際山岳ガイドになるまでに、数えきれないほどの講習や検定を受けました。そのなかで指導員や検定員こそ公平であるべきだと思いました。偏見があってはならない。しかし、偏見はだれにでもあるものです。私にもあります。けれど、上に立つ人こそ、自分がもつ偏見を把握し、自分を理解し、指導や検定にあたるべきだと思います。そこで私は、アメリカ山岳ガイド連盟の指導者向けに、偏見を取り除く方法や公平性を保つ方法、公明正大なものの見方などの講習会を開きました。講師は外部から招き、寄附金を募るなどして費用を集めました。
じつは、これは夫のアイデアでもあって。日々私が、ガイド試験
の現場であったことや苦労していることを話していたからだと思います。このような制度、講習は多くの企業では取り入れられています。けれど、アメリカのガイド社会にはまだなかったのです。
――すばらしい活動ですね。これが2023年のアメリカ山岳ガイド連盟イヤー・オブ・ザ・ガイド賞受賞の理由ですね。
木崎さん:はい。私は困難な山を初登攀するといった記録はもち合わせていませんが、今回の活動で受賞できたことをうれしく思っています。これは、私のためでもありましたが、仲間であるアメリカのガイドたちのためでもあり、私が活動するガイドの社会がよりよくなってもらいたいという思いから始めたもの。ですから、私ひとりが受賞したとも思っていません。アンジェラをはじめとした先輩、仲間たちといっしょに受賞したと思っています。アンジェラが、私が山岳ガイドになる道筋を照らしてくれたように、私も私たちの道筋を未来あるものにしたい。ひいては、日本で活動する山岳ガイドの方々とも、もっと交流したいと考えています。

私は、世界中にいるママとおなじ。
息子と離れがたいんです
――国際山岳ガイドでありママである。立派です。
木崎さん:私はスーパーウーマンではありません。世界中のどこにでもいる、普通のママです。最近、冬になると日本に帰国するようにしていて、北海道でスキーガイドの仕事をしています。最初の1カ月ぐらいは夫もいっしょですが、彼にも仕事があるのでアメリカに戻り、息子と私、そして両親との暮らしになります。ガイドがオフになるとなるべく石川県の実家に戻り、息子とすごすようにしています。私が北海道に旅立つ前になると、わかるんですよね。実家のお寺の庭をとおって、幼稚園に送っていくと、寄り道ばかりします。けれど、涙があふれてきて、別れがたいのは私のほうです。こんな気持ちは、ほかのママといっしょでしょう。私は、息子と夫を愛していて、家族を大切に思っています。
ひとたび仕事に入ると、息子を思い出すことはなくガイドに集中します。これは、留守を預かってくれる家族や、現場にいるガイドの仲間たちや顧客の理解があって成り立っているのだと思います。いまでは笑い話ですが、授乳期にガイド中の岩場で搾乳したこともあるんですよ。私は、ママであることと国際山岳ガイドであることのバランスをとろうと、日々悩みもがいています。仕事をもつ世界
中のママとおなじです。
木崎乃理恵さん
石川県小松市にある白山信仰の那谷寺に生まれる。アメリカの大学院に進学。現在は国際山岳ガイド。アメリカ山岳ガイド連盟所属。アメリカ人の夫と息子とともに、コロラド州ボルダーに暮らす。コロラドを中心に活動。近年、冬は北海道でスキーガイドをする。2023年アメリカ山岳ガイド連盟ガイド・オブ・ザ・イヤー賞受賞。
・資格……国際山岳ガイド、アメリカ山岳ガイド連盟所属
・得意分野……バックカントリースキーは、アメリカはもとより日本でもガイド
・好きな山域……アメリカ・エルドラドキャニオン、北海道など
・好きなアクティビティ……アルパインクライシング。ただ、なにをしていてもだれといっしょかが大切
・アウトドア以外の趣味……子どもと遊ぶ。日本の美しいケーキ探し
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PROFILE

ランドネ 編集部
自然と旅をキーワードに、自分らしいアウトドアの楽しみ方をお届けするメディア。登山やキャンプなど外遊びのノウハウやアイテムを紹介し、それらがもたらす魅力を提案する。
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