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筆とまなざし#135「先生との想い出の、ミレーのバックパック」

アトリエの壁には、キャンバス地のミレーのザックが掛けられています。深い紺色で、正面に紫、赤、ピンクの縦のストライプがある独特のデザイン。背面にはメスナーモデルとあります。多分もう40年以上前のものです。

このザックは、学生時代に恩師から譲り受けたものです。恩師といってもゼミの先生とかではなく、学部も違っていたのですが、先生も山好きだったこともあり、ことあるごとに気にかけてくれた先生でした。アトリエの本棚にある民俗学者の柳田國男全集も先生が退職される際に譲り受けたもので、絵を描くのに疲れたときなど、ときどき開いてみたりしています。

その先生が昨年夏に亡くなったということは、ずいぶん秋も深まってから知りました。恩返しという恩返しもできないまま、できたとすれば、ヨーロッパアルプスの絵が欲しいというのでマッターホルンを描いて贈ったことくらい。居間に飾って毎日眺めてくれていたそうです。先週末、そのザックを背負って東京で行なわれた先生のお別れ会に行ってきました。

先生は八ヶ岳の麓に別荘を持っていました。ときどき訪ねては燻製機でベーコンを作ったりスモークサーモンを作ったり。いちばん思い出に残っているのは、その山小屋の屋根のペンキ塗りをしたことです。急勾配の赤いトタン屋根。屋根に乗っかってペンキを塗ることはできません。用意されていたのはクライミングロープ。地下足袋を履き、ハーネスを着け、渡されたロープを反対側の木に固定してロープにぶら下がります。まずは古いペンキを剥がすことからなのですが、慣れない作業でなかなか大変。どの程度落とさないといけないのかわからないし、こういうところは几帳面になる性格なのでなかなか作業が進みません。ようやく本題のペンキ塗りに取り掛かったのは何日後だったでしょうか。バケツにペンキを入れてぶら下がり、端から順番にペンキを塗っていきました。ペンキが乾かないと反対側は塗れないし、下から見るよりも面積が広い。2度塗りしたのでしょうか、何度も通った記憶があります。

そのおかげで、先生からはいろいろな話を聞かせてもらいました。昔の北アルプス登山の話、ヨーロッパアルプスの話、タイの山岳少数民族の話、中国の奥地の話、なぜだか詳しいぼくの故郷の話。いっしょに来られた奥さんの美味しい料理も食べさせてもらったりもしました。山小屋のペンキ塗りは、学生時代の大切な思い出のひとつ。先生の話を聞いていると世界がばあっと広がっていくのでした。卒業してからも毎年年賀状を送ってくださり、4年ほど前には横浜のカモシカスポーツで行なった展覧会にも遊びに来てくれました。

好奇心旺盛で「思ったことはとにかくやってみよう! がんばろうー!」というのが先生の口癖でした。いまでもやる気が起きないようなとき、ふと、先生の言葉を思い出します。

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PEAKS 編集部

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装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。

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