山と道 夏目 彰さん×ハイカーズデポ 土屋智哉さん 特別座談会「理想のレインウエアとは」(後編)
PEAKS 編集部
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素材の改良に伴い、より高機能なプロダクトへと日々進化を遂げているレインウエア。
この数年のテーマであった「軽い」、「蒸れにくい」が高い次元で実現されつつあり、今後の製品はどこへ向かうのだろうか。
2019年10月中旬に開催された、レインウエアの方向性について語り合ったアウトドア業界関係者によるトークイベントを誌面で公開しよう。
<前編はこちら>
山と道 夏目 彰さん
ウルトラライトハイキングをコンセプトに超軽量な道具を作るアウトドアブランド「山と道」代表。モノ作りのみならず、最近はメディア展開やイベントなども精力的に行なっている
ハイカーズデポ 土屋智哉さん
東京・三鷹のハイカーズデポ店主にして、言わずと知れたウルトラライトハイキングの伝道師。製品や素材についても業界で比類のない知識を持つ。昨今はテレビ出演なども行なう
レインウエアは行動着なのか、防寒着なのか
夏目 じつはいま三井物産アイ・ファッション(以下、MIF)の方から開発中の「パーテックス・シールドX(仮称)」という、新しい製膜技術を使った新素材を提供いただいてテストしているのですが、通気性が半端なく凄すぎて、正直、寒さを感じるほどで(笑)。先日、「シールドX」で作った試作品を着て北海道の大雪山を歩いてきたんですが、あそこは雨が降ると樹林帯がないから風もバンバン当たる。「シールドX」は抜けが良すぎて、なかなか暖かくならないんですよ。先ほど生地厚と保温性の話が出ましたけれど、この試作品はいまうちで出しているレインウエアよりも厚手の生地を使っているのに、通気性が良すぎてそれよりも寒い。テクノロジーの差でこんなに変わるものかと。
土屋 うちのお店ではずっと「イーベント」や「ネオシェル」を使った透湿性の高いレインウエアをおすすめしてきましたし、自分でも使ってきました。でも、本格的に冬山をやるお客さんからは「イーベント」や「ネオシェル」は寒く感じられるという意見もあります。もちろん、一方でそれを好んで使っている人もいるんですけど。先ほども言ったようにレインウエアに関しては現状、透湿性や通気性の高さにばかり目が行きがちで、それって果たして正解だったのかなって。レインウエアって雨が降って寒いときに着たら暖かいということも大事じゃないですか。「抜ければいい」だけではないのかなと。
製品開発についての想いを語る土屋さん。写真左の夏目さんが着用しているのは新素材を使用した試作中のレインウエア
夏目 テクノロジーが発達してこれだけ抜けがいい素材が出てくると、扱い方には注意が必要ですね。僕がいま考えていることは、「レインウエアは行動着なのか防寒着なのか」ということです。
土屋 山の教本なんかでもレインウエアは防寒着という説明をされていると思うんです。究極的には低体温症にならないために着るものだから。ただ、最近の素材の進化はかなり特殊な状況になってきているので、昔はざっくりと「雨具は防寒着」といえたことが、そうシンプルにはいえなくなっています。僕と同じくお店に立たれている吉野さんなんかはどう思われますか?
(客席より)ヨシキ&P2 吉野時男さん ヨシキ&P2の吉野です。僕らの店はどちらかというと普通に山に登るお客さんが多くて、前提として雨の日は山に行かないという人が大部分なんです。そうなると、ザックの中にレインウエアをしまっている状況の方が多いので、軽さを求める人が多いのかなと思います。
土屋 冬山の場合はどうですか?
吉野 僕は運動量が多いほうなので、「ネオシェル」のアウターでガンガン登って、もし寒くなったら上からビレイパーカーを着るという方法を取っています。でもそういう方法を取っている方はそれほど多くなくて。
夏目 たしかにレイヤリングに関しても、こう新しい素材が次々と登場してきているなかで、そろそろ考え直す時期にきているのかもしれないと思う部分もあります。
土屋 「山と道ラボ」ではレインウエアとベースレイヤーをレイヤリングした試験も行なっていましたね。
夏目 化繊とメリノウールを比べたときに、僕らはメリノウールの良さをすごく感じているんですけれど、じゃあそれってどういうことだろうって客観的に調べたくて、防水透湿素材と化繊、メリノウール、それぞれを重ねて透湿性や保温性、速乾性の試験を行なったんですね。その結果、化繊のベースレイヤーって一枚だと速乾性がすごく高いものの、その上になにかを重ねてしまうとベースレイヤーが発散した湿気が衣服内に溜まってしまって、保温性も透湿性も下げるという結果が出たんですよ。その点、メリノウールは繊維の中にある程度湿気を保持するので、そのぶん衣服内環境を全体として見ると化繊のベースレイヤーを着たときよりもドライに、しかも保温性もキープするという結果になりました。1枚だと化繊は気持ちいいけれど、レインウエアと重ねるとその性能が落ちるということがデータとして出たんです。あとレイヤリングに関して最近考えているのは、レインウエアを2枚重ねたらどうだろう、とか。
土屋 2枚重ね?
夏目 僕らが出しているような薄いレインウエアだと、悪天候で雨風が吹いていると肌にシェルの生地が張り付いて冷えることがあるんです。それで、うちのお客様でトランスジャパンアルプスレース(TJAR) みたいな山岳レースに出ている選手の方に「どう対応されていますか」と聞いたんですが、薄いレインウエアを2枚持っていくとおっしゃるんですね。
土屋 厚いレインウエア1枚でなくて薄いのを2枚持って行くんですか?
夏目 レイヤリングできるじゃないですか。レインウエア2枚で保温性のコントロールや防水性のコントロール、透湿性や通気性のコントロールをすると。
土屋 そういう方法論がいま山岳レースに出ているような人たちの間で出てきているんですか? 僕も知らなかったです。自分なんかは「1枚厚いの持っていけばいいじゃん」って思ってしまいますが、そういう考え方もあるのかもしれないですね。
夏目 まあ、これは僕も実際に試したわけではないので、なんとも言えませんが(笑)。あと、「シールドX」 みたいなすごく通気性の高い素材の防寒をどうするかを最近考えていて、レインウエアをもう1枚持っていくのもひとつのアイデアですけど、よくサバイバルシートで使われているポリエチレンでできたポンチョがあるじゃないですか。停滞するときは意外とあれでも暖まるんで、それをかぶったりしてもいんじゃないかとか。
土屋 思い出すのが2000年代の後半くらいのとき、ウルトラライトをやっていた人たちのごく一部ですが、ウインドジャケットがレインウエアにならないかって一生懸命模索をしていたんですね。冷静に考えたら、耐水圧がないので、レインウエアになるわけがないんですが。でも、撥水を強くかけたらレインウエアになるんじゃないかって、人体実験していた時代があったんですよ。いま、そのころ見た夢が現実になったともいえるんですが、それじゃ保温性がたしかにないんですね。自分が夢見たベストなレインウエア、最高のレインウエアってなんだったんだろうなって。
夏目 そうでしたよね。僕もそう思っています。でも素材って、そのメカニズムを突き詰めていくと、より自然を知っていくことに繋がる気がするんですよ。結局は物理の世界なので。新しいテクノロジーが出てきて、それとの付き合い方を考えることは、自分の山との付き合い方や自然を考えるきっかけにもなるのではと思っています。現状はそれくらいおもしろい素材が登場しているんですね。僕はもっと汗処理の部分でより進化したらいいなと思っています。吸湿性のあるレインウエア、つまりウールと同じ特性を持っているレインウエアがあったらより快適に動けるのではないかと。
伊藤 個人的には、素材の進化にはまだまだ伸び代があると思っています。
パーテックスやプリマロフトを展開する三井物産アイ・ファッションの伊藤博秋さん
土屋 正直、いまはファストファッションのお店でも山で着られる服が買える時代じゃないですか。そのなかで、そことは違うなにかを発信する努力もそうですし、僕らみたいな店やメーカーがやれることはまだまだあるんじゃないかとも思うんです。「山と道ラボ」 も、本当はあの実験結果を自分たちだけで囲ってもいいわけですよね。でも、ウェブで公開しているっていうのは、あれをみんな読んで、もちろんそこに賛否があっていいんですが、それをみんなで共有できたら、そこからなにかが生まれるんじゃないかという思いがあるからですよね?
夏目 格好良く言うとそうですね(笑)。僕らが勉強していることをできる限りお客さんとも共有したいんです。やっぱりその土俵をできる限り共有するという努力を僕たちがしていかないと、前に進んでいかないので。いろいろな素材があって、さまざまな特性があって、それぞれの使い方を考えていくなかで、よりよい山の生活があって、それが最終的にはお客様の喜びに繋がっていくわけで。その場に立つ人間のひとりとして、考えていかなくてはと思っています。
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PROFILE
PEAKS 編集部
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
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