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登山界にも前代未聞の事態が到来している。 “コロナ時代”の登山はどうなるのか

新型コロナウイルスの感染拡大が全世界を揺るがせている。4月7日の緊急事態宣言以降、山からも人が消え、未来が見通せない事態が続いている。これが落ち着くのはいつになるのか。落ち着いたあと、再び山を楽しめるようになるのか――。

ゴールデンウイークのヤビツ峠には登山者がわずか4人。

2020年5月5日、丹沢・ヤビツ峠。塔ノ岳や大山の登山口となるここは、丹沢のなかでも多くの人が集まる登山口のひとつ。ゴールデンウイークのこの時期は新緑が美しく、丹沢を歩くにはベストシーズンといってもいい。

路線バスがやって来た。時刻は午前8時半。日帰り予定で登り始めるにはちょうどいい時間で、例年ならば、バスは臨時便が出るほど登山客で大混雑――なのだが、バスから降りてきた客はわずか4人だった。

いつものゴールデンウイークならば、夜中に来ても停められるかどうか怪しい峠の駐車場も、今日は停め放題。気持ちよく晴れているのにほとんど埋まっていない。ゴールデンウイークとは思えないほどのんびりしている。

ヤビツ峠だけがたまたまこうだったわけではない。塔ノ岳山頂に建つ尊仏山荘に電話で聞いてみたところ、今年のゴールデンウイークの登山者の数は、例年の1割前後だったという。里に近い塔ノ岳はこれでもまだ多いほうで、丹沢全体でいえば5%くらいだったのではないかということだ。

さらにこれは丹沢だけの特殊事情でもない。奥多摩の雲取山でも、ゴールデンウイークは登山者の姿がほとんどなく、テントがわずかに1張りあっただけだという。事情は八ヶ岳でも同じ。4月に入ってから登山者がぱったり途絶えている。

報道されているように、ハイカーが集中した低山もあったようだが、それは一部の里山特有の現象か、あるいは例外というべきだろう。4月以降、国内の主な山から登山者の姿が消え去った。

これほどの事態は見たことも聞いたこともない。第二次世界大戦直後の混乱期には山から登山者がほとんどいなくなったというが、もしかしたらそれ以来のことなのかもしれない。

日本の山で異常事態が進行している。

いうまでもなくこれは、新型コロナウイルス感染拡大の影響によるものである。「外出自粛」「ステイホーム」が社会の合言葉になり、それは登山界・アウトドア界も例外ではない。本来、「三密」とはかなり遠い位置にある登山だが、リスクを山岳地域に拡散させてしまうことへの懸念と、遭難してしまった場合、ただでさえ逼迫している医療機関に余計な負荷をかけてしまうことへのおそれが指摘され、基本的に不要不急の行為である登山は控えるべきという考えが一般的である。これは日本だけでなく、世界のアウトドア界でも同じだ。

未曾有の事態だけに今後の予測はきわめて困難。1カ月後の7月号発売のタイミングでは、もう少し明らかになってくることが多いのではないかと想像されるが、いまは残念ながら未来が見通せない。そこで今回は、登山界でこれまで起こったこと、そして現在進行していることをまとめておこう。

相次ぐ山小屋の休業。テント派も注意が必要。

まずは、登山者にもっとも直接的な影響が大きい山小屋の動向について。

5月8日現在、山域や小屋によって差異はあるものの、全体的に見れば宿泊機能はほぼ停止しているような状態だ。4月7日に緊急事態宣言が出されて以降、宿泊営業をゴールデンウイーク明けまで休止する小屋が相次ぎ、5月4日に緊急事態宣言の延長が決定されたことを受けて、山小屋の休業もさらに延長。例年ならばゴールデンウイーク直前から営業を開始していたはずの槍・穂高周辺の山小屋も、夏山シーズン直前の7月14日まで休業することが決定した。

とくに衝撃的だったのは富士山。4月28 日に吉田ルート、30日には富士宮ルートで、すべての山小屋が今シーズン休業することが発表された。富士山の場合、山小屋が利用できないとなると、日帰りできる体力のある人以外は登山ができなくなるということを意味する。夏だけで年間20万人以上が登る富士山だが、今年は登山者の数が数万人になってもおかしくない。これはまさに第二次世界大戦直後の数字に匹敵する。

もうひとつ衝撃的だったのは、八ヶ岳の赤岳鉱泉と行者小屋が11月末まで完全休業することを発表したこと。どちらも、南八ヶ岳登山の拠点となる山小屋。とくに赤岳鉱泉は貴重な通年営業の山小屋として、八ヶ岳登山で重要な役割を担ってきた山小屋である。そこがほぼ年内使えなくなるというのは、あまりにも影響が大きい。

「登山者の方には本当に申し訳ないのですが、スタッフの安全と小屋の維持を考えたうえでの決断です。ウイルスのことがよくわからないなかで営業を続けるのは身体的にも精神的にもスタッフの負荷が大きい。それに、おそらくこの夏の登山者はすごく少なくなるだろうと予想しています。となると、たとえ小屋を開けたとしても赤字で経営が苦しくなってしまう。夏のアルバイトさんの雇用を決めたあとでやっぱり休業しますとなったら、まわりに与える影響も大きくなる。ならば決断は早いほうがいいと思ったのが理由です」(赤岳鉱泉・柳沢太貴さん)

山小屋によって違いはあるが、休業するということは、売店やテント場の利用もできなくなるところが少なくない。山小屋には泊まらないから関係ないともいえないのだ。
さらにいえば、山小屋が休業すると、登山道の整備も例年のように十分にはなされない可能性が高い。山小屋が休業していると、登山道の難易度がかなり上がっていると考える必要もあるだろう。

山小屋の営業予定は5月8日現在ではまだはっきりしていないところも多く、依然流動的である。今後もどんどん変化していくと思われるので、最新状況をチェックすることをおすすめする。各地の状況を概観するには、現在のところ、「山歩みち」の公式サイト(https://3pomichi.com/3242)がいちばん情報が豊富で参考になる。

苦境が続く登山ツアー・ガイド。

4月24日、衝撃的なニュースが入ってきた。北海道の登山ツアー会社「アルパインガイドノマド」が事業を停止した。アルパインガイドノマドは、本誌にも登場したことのある有名な国際山岳ガイド、宮下岳夫さんが代表を務める会社。バックカントリーにも強く、北海道を代表する登山ガイド会社として知られていたのだが、新型コロナウイルス感染拡大のあおりを受けて事業停止に至ってしまった。

ノマドにかぎらず、旅行業界は新型コロナウイルスの影響の直撃を受けている業界のひとつだ。個人事業者が多い登山ガイドも事態は深刻である。緊急事態宣言以降、ほぼすべてのガイド業務ができなくなり、仕事の機会が消滅したガイドが続出している。

「僕の知るかぎり、ガイド業ができているガイドはいないです。僕も3月末からガイドの仕事はまったくしていない状態ですね。少なくとも緊急事態宣言が続いている間は、これに従うしかありません」(山岳ガイド・佐藤勇介さん)
緊急事態宣言解除後に業務を再開する予定だが、以前と同じようなガイドはしばらくできないだろうと佐藤さんは言う。
「僕はクライミングガイドも多くしているのですが、リスクのある山行はしばらくやりにくいです。万一事故を起こしてしまったとき、医療機関に余計な負担をかけることになってしまいますからね……。ハイキングなどの簡単な山から徐々に再開していくことになると思います。夏は毎年北アルプスなどでガイドをしているのですが、その予定はまったく不透明。見通しが立てられていない状態です」

予定を早めに決定しなければならないガイド・ツアー業界は、この不透明な状況に頭を悩ませている。見通しが立たない状況はまだしばらく続きそうだ。

登山用具店とメーカーの動き。

登山用具店も影響は甚大である。石井スポーツや好日山荘といった全国チェーン店は、半数近くの店舗が休業。全国に130以上の直営店舗をかまえるモンベルショップも、5月8日時点でその8割以上が休業している。

「山に行けないのだから、お店に来る人も当然少なくなりますよね。たとえお店を開けたとしてもお客さんが来ないのであれば、開けてもしかたがないですから……」(ヨシキ&P2・吉野時男さん)
4月7日から休業を続けている千葉のヨシキ&P2スタッフ、吉野さんは、このご時世、「山に行こうよ」とも言えない苦しい胸の内を明かす。高校山岳部などのお客さんも多いヨシキ&P2では、春の新入生向けの需要がほぼゼロに。ネットショップの売り上げはあるとはいえ、例年に比べると4月の売上は4分の1ほどにも減ってしまったという。
「山によく行っている常連のようなお客さんは事態が改善すれば戻ってきてくれると思うのですが、たまにしか山に行かないライトユーザーの方が再び山に行くようになるにはしばらく時間がかかるでしょうね……。僕らもそれを見すえて、ネットでの道具コンサルティングなど、お客さんとのタッチポイントを増やす試みを始めています。いずれにしろ、いままでのやり方を変えていく必要性を強く感じています」

一方、メーカーサイドでは別の動きも見られている。4月初旬、アークテリクスがカナダ本国で、医療用ガウンの製造を開始し、医療機関に提供するというニュースが入ってきた。同じような動きは他メーカーでも見られ、日本でもモンベルがシュラフカバー用にストックしていたタイベック生地を利用して医療用ガウンを製造。4月20日から病院に提供を始めている。Tシャツなどに使用している機能素材「ウィックロン」を使用したマスクの製造販売も行なった(販売予約期間は現在終了)。これらは、高機能素材と製造技術をもっているアウトドアメーカーならではの動きといえるだろう。

オーバーユースは許されなくなっていく。

暗い話ばかりが続くので、未来の話もしたいところだが、冒頭に記したとおり、現段階ではこれからの登山がどうなるのか、まったく占うことができない。もしかしたら、この号の発売時点で状況が大きく動いていることもあるかもしれない。現在はそれほど激動のなかにいるのである。

ひとつだけ気づかされたことがある。山岳ガイドの佐藤勇介さんが言っていたことなのだが、登山はこれから変わっていかざるを得ないだろうということ。
新型コロナウイルスの終息には何年もかかるといわれている。「三密を避ける」というような社会常識はすぐにはなくならないだろう。となると、アプローチの交通機関が超満員になったり、登山道が渋滞したり、山小屋に定員以上に詰め込まれたりすることは許されなくなっていく。であるならば、人気の高い山に関しては、なんらかの規制が必要になってくることもあるかもしれない。それには関係者それぞれに痛みを伴う。登山者には入山料が求められるかもしれないし、山小屋などの事業者は登山者の減少に伴う収入の減少があるかもしれないし、行政には強い管理責任が発生するかもしれない。

ただしそれによって、なかなか解決への道が見えなかった山のオーバーユース問題が前進するならば、それはひとつの明るい未来といえなくもない。まだ妄想の域を出ない話ではあるのだが。

※この記事はPEKAS6月号(5月15日発売)から全本文を掲載しています。誌面ではこのほか関係する写真を説明文とともに記事可しております。

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PEAKS 編集部

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装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。

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