立山連峰「王道」から「穴場」への旅|岩稜と雪渓、渓谷を抜けてダムを行く!
PEAKS 編集部
- 2020年09月02日
INDEX
標高3000mを超えながら、比較的登りやすく、人気の高い立山連峰。西側の室堂から見たときに裏側に当たる場所には、じつはツウ好みの「穴場」が存在する。ここで紹介するのは、「王道」立山の縦走から「穴場」内蔵助平へと進むルート。しかも剱沢雪渓と黒部ダムまでが繋がり、歩きごたえ、見ごたえはたっぷりなのだ。
文◉高橋庄太郎 Text by Shotaro Takahashi
写真◉加戸昭太郎 Photo by Shotaro Kato
取材期間◉2018年7月31日~8月2日
出典◉PEAKS 2019年8月号 No.117
立山連峰「王道」から「穴場」への旅
扇沢から立山黒部アルペンルートで北アルプス中央部に入った僕は、黒部ダムの堰堤の上に立っていた。上流側には見渡す限り緑色の水面が広がる一方、下流側にはコンクリートの壁がそそり立ち、恐ろしいほど下を黒部川が流れている。
なにしろ黒部ダムの堰堤の高さは日本最大の186mだ。
僕の今回のソロ山行は、立山という「王道」を歩いたうえで、「人気」の剱沢雪渓を通り、ハシゴ谷乗越から内蔵助平という「穴場」へ向かう計画。最後は黒部川の河床から黒部ダムの上に戻る。
つまり、僕はいまダムの堰堤から黒部川を見下ろしているが、最後は反対に黒部川からダムを見上げ、再びこの堰堤まで登り返すわけだ。山中夜になると星空の下に立山の主峰・雄山に明かりが見えた。
真夏のこの季節、山頂の施設は夜遅くまでライトをつけているようだ。翌朝は明るくなってから出発。それでも5時前だ。アルペンルートが動き始める前の室堂は静かで、テント泊で2泊3日。自画自賛したくなるほど、非常におもしろいコースなのである。
その後、アルペンルートを乗り継いで室堂入りした僕は、初日の夜を雷鳥沢キャンプ場ですごした。目の前には立山連峰がそびえ立ち、稜線上の一ノ越までのんびりと歩ける。雄山の山頂が近付いても同様で、ゆったりとした気分だ。
アルペンルートの始発が室堂に到着すると、雄山までの登山道は一気に混雑するが、その前に立山の核心部に入れるのは、雷鳥沢で前日泊した大きなメリットである。先ほど、僕は〝立山の核心部〞といういい方をしたが、「立山」の定義は意外と難しい。
立山とは一般的には〝雄山〞〝大汝山〞〝富士ノ折立〞という3つの峰を差し、主峰は雄山神社がある雄山だが、最高地点は3015mの大汝山。さらに「立山三山」というくくりもあり、これは先の3つの峰ではなく、さらに南北に広い〝雄山〞〝浄土山〞〝別山〞という組み合わせだ。
黒部ダムを発ち、黒部ダムへ戻る、大きなループ。
ちなみに「立山連峰」といえば、北は僧ヶ岳付近から南は三俣蓮華岳付近まで、総距離50㎞以上の長大な山脈となる。黒部ダムはそんな雄山の東側に位置するが、尾根などがじゃまになり、山頂からはよく見えない。
だが、深い谷間に巨大な水面が隠されている姿は容易に想像できる。
これから僕は雄山から時計回りで稜線といくつかの谷を進む。翌日にはいまは見えない黒部ダムに到着しているはずだ。再び眺める緑の湖面が楽しみである。
雄山から大汝山を経て富士ノ折立へ向かい、標高を下げると真砂岳に着く。ここから東にはふたつの沢がある。ひとつは本日の目的地である真砂沢ロッジに向かう真砂沢で、登山道はない。
もうひとつは3日目に通過する「穴場」内蔵助平へ至る沢で、登山道が延びている。この道は北アルプスでは珍しいほどワイルドで非常におもしろいのだが、そちらに進むと僕の大好きな剱沢雪渓を歩けなくなるので、今回は我慢した。それにしても、このあたりは何回来てもすばらしい。
さすが北アルプスの「王道」ともいえるルートだ。
僕の左側には太古に溶岩が広がってできた室堂の穏やかな台地が見え、目の前の真っ白で美しい砂礫の稜線の先には、剱岳の先端が覗いている。
そして別山に登りつめると剱岳はもう目の前にあり、拝みたくなるような神々しさを漂わせている。僕は予定どおり、剱沢雪渓を下りはじめた。これなら13時すぎには到着してテントを張れる。
そして……。僕は〝山中で昼寝〞という贅沢を味わいたかった。
北アルプス三大雪渓のうち、いちばん僕好みなのが剱沢雪渓だ。
白馬大雪渓は開放的で気持ちいいが、開けすぎている。
目の前には広大な砂礫と真っ白な雪渓。立山の広い稜線を行く。
針ノ木雪渓は季節によって急峻な部分もあり、スリルに富むが、少々小ぢんまりしている。その点、剱沢雪渓は深い谷間に長く長く雪面が延び、「深山感」が高いのがいい。
そこから流れ出した水流は、人の目にふれることが少ない幻の滝〝剱大滝〞に続いているというのも神秘的である。そして登山者は三大雪渓でもっとも少なく、ソロ山行の気分を味わうには絶好の場所だ。
雪渓は朝からの陽射しでほどよく緩み、6本爪クランポンがよく効く。雪渓上は真夏を感じさせない天然のクーラーで、汗もかかず、じつに快適に歩くことができた。
だが真砂沢ロッジのテント場でくつろいでいると、時間が経つにつれ、想像以上の灼熱地獄に。そこで僕はインナーテントを外してフライシートのみにし、陽射しを遮りながらたっぷりと風を取りこめるように工夫した。
この結果、じつに気持ちよい空間が山中に誕生。存分に昼寝を楽しめ、控えめにいっても最高の時間なのだった。
最終日の3日目。なかなか朝日が当たらない剱沢の深い谷を僕は出発した。雪渓は途切れて水流となり、次第に勢いを増していく。
小屋から30分も歩くと徒渉点の橋があり、僕はここからハシゴ谷乗越へと登り返していった。ハシゴ谷乗越は2日目に歩いた真砂岳から延びる真砂尾根の鞍部で、そこから内蔵助平に下れるのだ。
夏場はいつも混雑している立山の真裏にありながら、内蔵助平ほど登山者が少ない場所は珍しい。
黒部川の支流から本流へ。自分の足で進んだ先には、巨大な黒部ダムが待つ。
そこは三方から沢が流れ込む地形で、ハシゴ谷乗越の展望台からは山中に丸いボウルを置いたような地形に見え、また黒部川対岸の後立山連峰から遠望すると、そこだけが周囲と隔絶されたロストワールドのようにも感じられる。眺めるほどに興味をそそられる秘境だ。
とはいえ、内蔵助平は基本的に樹林帯で、登山道からの眺めは少々単調である。だが、橋がかけられた中央部の沢の気持ちよさは特筆すべきもの!
川岸には透明感があるミズゴケが萌え、水面にはイワナの銀鱗が光り、見ているだけで癒される。こんな場所で一昼夜すごせたら幸せだろう。だが、残念ながらテント場はない。
僕は内蔵助平を脱し、黒部川を目指した。ハシゴ谷乗越は標高約2030m、内蔵助平は約1700m、黒部川との合流点は約1360m。かなり急激な下りで、とくに内蔵助平から黒部川までは数値以上にキツく、全身から汗がほとばしる。がんばりどころだ。
とうとう黒部川に出て、僕は上流へ向かった。すると、1時間ほどでダムの堰堤が見えてきた。
しかしまあ、これだけ巨大な人工物、こんな深山によくも作ったよな……。
僕が渡ろうとしている橋から500mも離れているのに、堰堤からの放水による水滴の冷たさが体に感じられる。さすが日本最大級のダムなのである。
この堰堤の上まで登らないと、下山はできない。わかってはいたことだが、山歩きの最後が人工物の階段というのは妙な感じだ。
堰堤の上から観光客の歓声が聞こえた。あそこに出たら販売機で冷たいコーラを買い、一気飲みしよう。それだけを心に、僕は最後の186mを登りはじめた。
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Profile
山岳・アウトドアライター/高橋庄太郎
テント泊を愛し、山を一年中歩き回る。著書も多く、本人がいちばん気に入っているのは『北アルプス テントを背中に山の旅へ』(小社刊)。
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文◉高橋庄太郎 Text by Shotaro Takahashi
写真◉加戸昭太郎 Photo by Shotaro Kato
取材期間:2018年7月31日~8月2日
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PROFILE
PEAKS 編集部
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
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