オク・チチブ・タマ 1泊2日サーキットトレイル
PEAKS 編集部
- 2020年08月26日
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奥秩父の秘峰と呼ばれ、ひっそりと森に覆われた地味な二百名山、和名倉山。奥多摩の名峰で、東京都でもっとも高い標高2,017mの雲取山。この対極にある2座を踏んで、ぐるっと回る1泊2日のサーキット山行へ。
奥秩父・奥多摩でもっとも静かな山ともっともにぎやかな山をつなぐ。
秩父市の山懐にどっかと座り込む和わ名な倉くら山やま(標高2036 )は、埼玉県のピュア最高峰だ。
「ピュア」というのがポイントで、和名倉山より高い山は埼玉県内にほかにもある。三宝山や甲武信ヶ岳などがそれにあたるが、それらはすべて、県境をまたいで複数の都道府県に属する山である。ピュアな埼玉県の山、あるいはネイティブ・サイタマ・マウンテンとでも言おうか。そのなかでもっとも高い山が和名倉山なのだ。
和名倉山に登るのは今回が初めて。ずっと行きたいと思っていたが、なかなか行く機会がなかった。
なぜなら奥秩父縦走路からだいぶ離れているから。縦走のついでにふらっと山頂へという距離ではない。分岐の将監峠から往復6時間もかかるのだから。
将監峠から和名倉山山頂を踏んでそのまま秩父湖へ抜けることもできるが、その山道は破線ルートであるから雑誌で安易に紹介するには抵抗があった。
だがここにきて、グレートトラバース田中陽希くんの功績なのだろう、二百名山の和名倉山は地元秩父山岳会の有志によって整備され、また多くの登山者が訪れたことで、一般登山道のごとく歩きやすくなったという情報をキャッチ。ならば秩父湖から和名倉山に登り、ピストンじゃおもしろくないので奥秩父縦走路へ出て、雲取山を踏んでぐるっと一周してみようじゃないか!
というのが今回の旅の発端である。
和名倉山から将監峠へ。左手に明日歩く奥多摩の山々を眺めながら。これから歩く山を見て、明日の山行をイメージする。これぞサーキットトレイルの醍醐味である。
国道140号線秩父往還沿いにある秩父湖の無料駐車場に車を止めた。朝6時、埼玉大学秩父山寮の脇から秩父湖へと下り、吊り橋を渡って二瀬尾根に取りつく。
いきなり標高差1500mアップの大勝負だ。和名倉山の道標が要所要所に立てられ、迷うことなく標高をズンズン上げた。尾根の南斜面は杉の植林で、人の手が頻繁に入っているようで明るい。作業道へ迷い込まないよう、踏み跡の濃いほう濃いほうへ。キレイに枝払いされまっすぐ空へと伸びる杉林は、こちらまで背筋がピンと伸びるようだ。
和名倉山へ続くこの登山道は、かつて伐採した木材を運び出すレールが敷かれたトロッコ道だったようで、その残骸がいたるところに転がっていて、かつての林業の繁栄を物語っていた。
和名倉山に近づくと、コメツガやモミなどの針葉樹に囲まれ、足元には苔むした大地。おもわず深呼吸。ツガの鋭い香りが鼻孔をツンと刺激する。破線ルートにしておくにはもったいないほどの美しい森である。
二瀬分岐で荷物をデポして和名倉山の山頂へ。再び針葉樹の森に入ると、テントを2張りくらい張れそうなスペースが。そこが山頂だった。展望があるわけでもなく、三角点がもっこりしているわけでもなく、人が滞在した形跡もない。
山頂の品格がないのだ。和名倉山と書かれた看板がなかったら、そこが山頂だとわからなかっただろう。なんて地味な山なんだ。今日は晴天の登山日和。平日とはいえだれひとりとして会っていない。
昭和44年5月に和名倉山周辺は大きな山火事に見舞われた。二度と繰り返さないために、山火事注意の看板がいたるところに。
ひとりくらいいてもよさそうだが、会ったのはメスジカ一頭のみ。深閑とし、謙虚で、控えめで、有名な縦走路から距離を置く山。向かいの百名山雲取山はいまごろ老若男女でにぎわっていることだろう。
和名倉山の静寂よ、永遠なれ。
和名倉山から先は一般登山道となり、踏み跡がさらに太く明瞭になった。1日目の野営地である将監小屋には14時着。もう少し歩きたかったが、この先テントを張れるところは5時間先の雲取山荘までない。将監峠のテント場にテントを張って、早々に持参したビールを一杯やって、ふて寝する。
将監峠は奥秩父縦走路のなかでもっとも好きな野営場だった。しかし、近年大きなバイオトイレがテント場にどーんと建てられたことで、景観を乱し、サイトも狭く、ただただ息苦しい場所になっていた。もうこうなったら泥酔してそのまま朝を迎えてしまえと、ビールを求めて小屋へ走ったが小屋番は留守だった。
テント料金1000円を徴収箱に収め、テントの中へ逃げ込む。アルプスについで奥秩父、奥多摩もテント料金が1泊ひとり1000円になった。
テント泊愛好者からするといい流れだ。これまでの500円では存在を軽視されているようで肩身が狭かった。これで堂々と大地に寝転がれるではないか。
ぼくらが一生に歩ける山道は、いったい何㎞くらいだろう。ときどき歩きながらそんなことを考える。すべての山道を歩くことは国内でさえ難しい。世に溢れるすべての書物を読むことと同じように。
たくさんの人に歩いてもらいたい山道だけど、おしえたいようなおしえたくないような。
ただ、同じ書物を2回読む人はあまりいないが、同じ山を何度も登る人はたくさんいる。ぼくもそのひとりだ。季節を変えて、手段を変えて、メンバーを変えて、3回でも4回でも。
だけど、できれば同じ山行で同じ道は歩きたくない。人生は短いのだから。限られた時間のなかでいろいろな世界を知りたいではないか。歩く山道は、いつも自分にとっての未踏であってほしい。踵を返してやってきた道を戻る登山道など、噛みすぎて味がしなくなったガムのように味気ない。
それならば3から4へ抜ける縦走はどうだろう。少々ハードルが高くなる。車が使えないというのがいちばんのネックだ。今回のように日の出とともに歩き出したい山行では、時刻表に縛られない車に頼らざるをえない。そうなると必然的にぐるっと回ってAからBに帰ってくるサーキットコースになる。この和名倉山を踏むサーキットトレイルは、このような考えから必然的に生まれたプランなのだった。
というわけで、2日目は踵を返すことなく、将監峠から雲取山を踏んで三峯神社経由で、車を停めた秩父湖へと戻る。コースタイムで12時間オーバーの長丁場だ。
まだ薄暗い4時過ぎに起床し、コーヒーでパンを胃へ流し込む。結露でびしょ濡れのテントをバックパックに仕舞わなければいけない。重いし、ほかの装備は濡れるしで、朝から不快だ。寒いのでショーツの下にタイツを履き、ウインドシェルを羽織り、将監峠を予定どおり5時に出発した。
将監峠から雲取山までは稜線の南斜面をひたすらトラバースする退屈な山歩きだ。あくびの連続を覚悟していたら、1月の大雪で倒れたであろう大木が何本も登山道に横たわり、退屈さを紛らわせてくれた。雪をたっぷり抱えた富士山がいつも右手にどっしり座り、目の正月になってくれた。
9時過ぎに雲取山に登頂。まだ時刻が早すぎるのか、登山者はいない。山頂には、標高年の昨年にあわせて作られた大理石の大きいモニュメント(?)が建っていた。
まわれ右で下る山道なんて、味ができったガムのようなもの。
かつて富士山をバックに立っていた木製の標柱は撤去されている。趣があって景観になじむ木製のほうがよかったのに。質素で飾り気のない純粋無垢な和名倉山が心底恋しくなった。山頂での滞在わずか1分で雲取山荘へ下る。
白岩山へ近づくと左手に、昨日歩いた和名倉山、東仙波などの山々が見えた。遠方からみると和名倉山はあらためて地味な山だと再認識した。まず山容に特徴がないので断定が難しい。森に飲み込まれている。あれか? いやあれだな。ぜんぜんかっこよくない。
よくも二百名山に選ばれたものだ。
こうして、前日に歩いた稜線を見て旅を振り返り、これから歩く山々を視界に捉えて思いを馳せることは、周遊山歩きの醍醐味でもある。
ぐるりと回る周回登山は、交通網がない時代からの山登りの原点だ。
芋ノ木ドッケのあたりで初めて登山者とすれ違った。20代と思われる青年は歩いてきた道を指差し、興奮気味にこう言った。
「シカがいます、いっぱい」
奥多摩だものシカくらいいるよ、と半ば呆れ気味に歩を進めると、ほんとにいっぱいいるではないか。
15頭くらいが新芽を食べている。しかもぜんぜん人間を恐れない。だれかが餌を与えているのではないかと疑ってしまうほど逃げない。和名倉山のメスジカはぼくの足音を聞くや否や飛ぶように鳴きもせず一目散に森へ消えた。
あれが正しい野生動物の反応というもの。人間が一局に集まると標識も動物もおかしくなってしまうのか。ああ、和名倉山が恋しい。
三峯神社から続々と登山者が登ってきた。そのなかに欧米系の若いカップルがいた。軽装なので雲取山荘に泊まるのだろう。地図は読めるか? 水は足りているか?
40代に足を踏み入れたおじさんは、うれしくて世話を焼きたくなった。自分が海外のトレイルへ行ったとき、現地の人にお世話になった恩返しの意味を込めて。
「キャン・アイ・ヘルプ・ユー?」
「大丈夫です。雲取2回目なんで」
あっさり流暢な日本語で返された。ああ、和名倉よ、和名倉よ。
>>>ルートガイドはこちらから
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文◉森山伸也 Text by Shinya Moriyama
写真◉松井 進 Photo by Susumu Matsui
取材期間:2018年4月26日~27日
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PROFILE
PEAKS 編集部
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
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