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朝日連峰 東北が誇る大地
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PEAKS 編集部
- 2020年10月13日
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うねうねとどこまでも続く巨大な山塊。そこには伝説を持つ池があり、名水も湧き出している。東北の山のよさを濃縮し、山形と新潟の県境に静かに横たわるのが朝日連峰だ。僕はひさしぶりにその地に足を踏み入れ、緑の森から紅葉の峰へと歩き始めた。
文◉高橋庄太郎 Text by Shotaro Takahashi
写真◉加戸昭太郎 Photo by Shotaro Kato
取材期間:2016年10月12日~14日
出典◉PEAKS 2017年10月号 No.95
遥かなる峰々と伝説の池。
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タキタロウ……。朝日連峰に眠る大鳥池(つまり、O池)には、そんな名前が付けられた「怪魚」が生息するといわれ、体長は2~3mにもなり、イワナの一種とも、イトウの一種とも噂される。
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だが、魚影を見た人はいても、捕獲された記録はほとんどなく、あったとしても真偽は定かではない。
近年では2014年に魚群探知機を使った調査が行われ、水深30mほどの場所で数匹の巨大な魚の姿が確認されたらしい。
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少年時代は釣りにハマっていた僕としては、心ときめく話だ。同じように『釣りキチ三平』の影響を受けている同世代の男性には共感してくれる人も多いに違いない。
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だがいまの僕は思うのだ。
そんな怪魚、いるわけないよね!? 大鳥池はたしかに山中の池としては大きいけれど、面積はたった0・4㎢しかないんだから。
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巨大な魚種が遺伝子を継続できるような自然環境ではないよ。
残念ながら、僕にはもう純真な気持ちが残っていない。だけど一方で、生息しているわけがないとはわかっていても、タキタロウという言葉を聞くと、朝日連峰に行き、大鳥池の畔で眠りたくなるのも事実なのだ。
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実際にタキタロウがいなくても、朝日連峰はタキタロウ伝説が生まれるほどの深山であり、それだけの静けさと神秘さが秘められているのだから。
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大鳥登山口を出発したのは、昨年10月のある日。紅葉の時期だったのは、たまたまだ。いや、東北を代表する大山塊だけに、混雑しそうな夏を避けつつ、景色がいい時期を考えると、秋真っ盛りのタイミングになったのである。
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レインウエアを着るべきかどうか迷うような小雨のなかを歩いていく。東北の山、それも日本海側を代表する景色ともいうべきブナの林がきれいだ。朝日連峰の大半を占める山形県の隣に位置する宮城県出身の僕にもなじみがあり、じつに落ち着いた気分になれる。
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しかし、「大鳥湖登山道」という道標を見たときにはおもしろくなって、妙に気分が浮き立った。
どうして「池」ではなく「湖」になっているんだろう?
現在の地名というものは、昔から現地で使われていた通称が主体となっている。
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「池」や「湖」が付く水面も同様だが、一方では一般的に水深5~10mよりも深いものは「湖」といわれ、それよりも浅いものを「池」や「沼」ということもある。そういう意味では、最深で68mの大鳥池は立派な湖だ。
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そう考えた人が、「大鳥湖」としてしまったのかもしれない。
でも、やはり大鳥池は大鳥池だ。そのほとりに建つ大鳥小屋に到着したときには水面にガスがかかり、神秘性はますます高まっていた。
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体長3mの巨大魚はともかく、80㎝ほどのイワナ系の魚は実際に捕獲されており、1mくらいの魚体ならばいまでもそこらを泳いでいてもおかしくない。
大鳥小屋近くの広場は、朝日連峰で現在唯一のテント場である。
この日は小屋だけではなくテント場にもほかの登山者はおらず、あまりにも静かだ。
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クマも多い土地柄なので、動物の足音がしないかと耳を澄ましてみるが、たまに聞こえるのは遠くの水面でなにかが跳ねた「ポチャ」という軽い音のみ。あれはイワナなのか、ハヤなのか?
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この時期は禁漁だが、次にくるときは春か夏にして、釣り竿でも持っていこうかな。
予報では次第に好転していくといわれていた天気はなかなか回復しない。2日目は小雨こそ上がったものの、いまだうっすらと雲がかかっている。
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大鳥池をクリアに見られたのはうれしかったが、せっかく稜線まで上がっても、あまりピンとは来ない空模様だ。とはいえ、紅葉はそれなりに美しい。カエデやツツジの類やナナカマドなどの葉が赤みを増し、冬になる前の山を盛り立てている。
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しかし、この昨年の紅葉はイマイチだったらしい。今年はきっと、よりすばらしいのだろうな……。
わかっていても、なぜかワクワク。もうすぐ、あの「池」へ。
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この稜線で僕が心奪われたのは、じつは紅葉よりも霧氷。以東岳に近づくにつれて、葉の落ちた小枝やハイマツの細かな葉にはびっしりと氷が張り付いていたのだ。不思議なことに、その氷はどことなく紫がかったように見え、山ではあまり見られないような色合い。
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そして、わずかながらでも日光が当たると溶けて崩れ落ちてしまう。
儚い美しさなのであった。以東岳の山頂付近で最後に見える大鳥池に別れを告げ、僕は大朝日岳に連なる稜線に足を踏み込んだ。すっきりと晴れていれば、どこまでも山々が連なる東北の大地の雄大さを実感させる、類まれなコースである。
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しかし、この日はそれほどの好条件ではない。ある程度の縦走感は楽しめたが、途中からは再び小雨が降り始め、若干気落ちしながら歩いていたことは否めない。
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最後には逃げ込むようにして竜門小屋に到着。この日は行動中に会ったのはひとりのみで、小屋に泊まるのも僕以外にはいないだろう。そこでいちばん落ち着ける場所に荷物を広げ、小屋にあったバーナーの下敷きの上で火をつける。
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炙った干しイモがなんともうまい。
少しだけ持ってきた日本酒を加温し、寝袋に足を突っ込んだまま、ダラダラと時をすごす。
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僕は山中でのテント泊を愛している。食事や睡眠の時間が自分の思いどおりになり、生活スペースの使い方などで、他人に気を使う必要があまりないのがいい。だが、だれもいないこんな状況であれば、山小屋でもテント泊と自由さは変わらない。
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今回は大鳥小屋のキャンプ地での1泊のためにわざわざソロ用のテントを持ってきたが、このような人影が少ない秋の平日であれば、たまにはテントを持参せず、無人小屋生活を楽しんでもよかったかもしれない。
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夕方には西の空が明るくなった。
雲のあいだに夕日が見え隠れしている。拾った電波で天気予報を確認すると、明日は昼前から晴れてくるという。その時間ができるだけ早いことを祈りながら、静かな山小屋の中で寝袋に横たわった。
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さて、最終日。この日の行動時間は休憩を含めると10時間近くになるため、晴れるのを待たずに山小屋を出ていく。
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不安定な天気でも夕日は美しい。明日は晴れるといいのだが……。
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ガスの濃度はかなりキツく、前方の視界はきかない。僕は以前、朝日連峰に匹敵する大縦走路をもつ東北の雄、飯豊連峰をひとりで歩いているときに、このようなホワイトアウトで道に迷ったことを思い出し、嫌な気持ちでいっぱいになる。
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だがなんとか西朝日岳にたどりつき、山頂でひと息ついた。
とうとう「朝日」の名が付く山までやってきたぞ。
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日本百名山では「朝日岳」と称されているが、そのようなシンプルな名称の山はなく、実際には大朝日岳、小朝日岳、西朝日岳、袖朝日岳といった峰々の集合体が「朝日岳」である。
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だからこそ、朝日「連峰」といわれるわけであり、一般的には昨日通ってきた以東岳や大鳥池、より南部の祝瓶山なども含まれている。だが「朝日」という名前の山は、やはり山域のなかでも特別な感じがしてしまう。
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ここから、ほかの「朝日」を見てみたい。現在の時間は8時だが、いつになったら晴れてくるのか?
行動食をつまみながら、10分待ってみる。その後に、また10分。
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さらにまた10分……。体が冷え切り、そろそろ動き始めないと下山時刻もヤバくなりそうだと、リミットを9時に設定する。
すると、ほぼ9時ぴったりに頭上に小さな青空が出現!
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それは次第に大きくなり、そして一気に目の前がクリアになった。
思いのほか遠いところに、朝日連峰の主峰、大朝日岳がそびえている。こんな青空と眺望を僕は長いこと待っていたのだ。
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さすが東北の山! 後ろ髪を引かれながら降りていく、暖色の道。
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意気揚々、大朝日岳を目指していく。その途中では「金玉水」の水場で喉を潤した。高校時代に初めてやってきたときは、仲間の山岳部員とともに「きんぎょくすい」ではなく「きん〇〇すい」と言ってはしゃいでいた思い出の地だ。
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これしきのことで大笑いしていたのだから、当時は僕も若かった。
それにしても、名水で名高いはずの金玉水、いまはなにやら雑味が感じられ、それほどうまく感じない。昔もこの味だったかな。
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その後、やっと大朝日岳の山頂に立った。最高地点だが、大朝日小屋前に荷物を置いて身軽に山頂往復しているからか、とくに感慨はない。さっさと先に進もう。
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小朝日岳へ向かうと、大朝日岳山頂では失われていた縦走感がよみがえってくる。これでいい。僕は大型パックを背負ったまま、前方にある小朝日岳を見上げた。
晴れた空に温かな色合いの紅葉。
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この景色、今回の山行でいちばんだ……。最終日の朝日連峰は、僕を心から歓迎してくれたのだった。
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文◉高橋庄太郎 Text by Shotaro Takahashi
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装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
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