丹沢縦断ストイックハイク|1日でほぼ2日分の長くて密度の濃い山歩き
PEAKS 編集部
- 2020年11月05日
1日だからここにしておくか……、ではなく1日でどこまで歩けるか。前向きに考えれば、ワンデイハイクの可能性はどこまでも広がっていく。とある休みの日、少々いかつい健脚の山男ふたりは、ひと気もまばらな北丹沢へと向かった――。
文◉泥谷範幸 Text by Noriyuki Hijiya
写真◉室伏那儀 Photo by Nagi Murofushi
取材期間◉2017年11月28日
出典◉PEAKS 2018年1月号 No.98
1日でほぼ2日分の距離。長くて密度の濃い山歩き。
<吉野時男>(左)千葉県習志野市のアウトドアショップ「ヨシキ&P2」スタッフだが、最近は店頭に立つよりもイベントなどで山に入っている時間の方が長い。最近登山ガイドステージⅡの資格を取得。
<懸 耕(あがた おさむ)>(右)地元の奥武蔵や奥多摩の山をベースに関東近郊の山を歩きまくる屈強なアウトドアーズマン。トレイルランニングはしないが、並のトレイルランナーを上回るほどの体力の持ち主。
1日で歩ける距離の限界はどれくらいなのか?
平地あれば1時間で4㎞、8時間ほど歩くとして、30㎞くらいは余裕だろう。でもアップダウンが続く山では、大まかに見積もってその1/2くらいと考えると15㎞くらいが限界?
1日で歩ける距離が限られているからこそ、遠くの目的地までたどり着くために泊まりで山に行く必要がある。でも、もし2日分くらいの距離を1日で歩けてしまえたら……。2日分の充実感が得られるかも?
2日分の距離を歩けば、1日でも2日分の充実感が得られるのか?
「今日は20㎞オーバーですね。でも時男さんなら余裕ですよね?」とは、日帰り、泊まり問わずたびたび山に入っていて、見るからに健脚な山男の懸さん。
「いやいや、夏はアルプスによく入りましたが、最近はクライミングが多くてあんまり歩けてないんですよね……」
時男さんこと、アウトドアショップ「ヨシキ&P2」のスタッフ吉野さんはちょっと苦笑い。時男さんも北アルプスでのファストパッキングを実践するなど健脚な方ではあるが、それでも日帰りで20㎞を超える距離には少々の不安があるようだ。
顔も身体つきも、「いかつい」という言葉がよく似合う男ふたり。
今回はたまにしかない休みをフルに楽しむという目的で、丹沢の北端から南端まで続く「丹沢主脈」を歩くことに。
その距離は約23m。日帰りで歩いている人も少なくないが、明るいうちに歩ききれない可能性もあるので、登山雑誌的にいえば本来であれば1泊2日で推奨すべきかもしれない。しかし、今回は歩くのはいかつい男ふたり。ここは例外と思っていただきたい。
JR橋本駅から焼山登山口まではバスを乗り継いだアプローチが可能。
だがその本数は極端に少ないので、今回はタクシーで少しだけぜいたくに向かうことにする。
「ここ焼山登山口ですよね。あっちが山ですけど、どこから行けばいいんですかね?」と、懸さん。
時男さんは「こっちかな」と言いながら、とりあえず山の方に続く路地を進む。
ほどなく舗装路が終わりトレイルへ。ここから焼山、黍殻山を経由して姫次までは東海自然歩道の一部となっている。平日だったので歩いている人こそまばらだったが、よく整備された道で、軽めのハイキングにもちょうどいいルートだ。
時男さんと懸さんはぐんぐんと歩みを進める。走っているわけではないが、傾斜が強い道でもスタスタ歩いており、普段それほど山に入っていない人だったら、いっしょのペースで歩くのは難しいだろう。
でもふたりにとっては普通の歩き。普段の仕事の話などをしながら表情もいつも穏やか。体力があると、身体だけじゃなく心にもゆとりが生まれる。
あっという間に今日はじめてのピークである焼山に到着。展望のための鉄塔があるが、あいにくガスが出ているので、山頂で立ったまま少しだけ休憩。すると行動食を食べながら時男さんが手元の時計をいじりだした。よく見ると左腕に巻かれた時計はふたつ。
「今日は何個時計を着けてるんですか?」
「えーと、全部で3つかな?
いや、せっかく山に入るんだからいろいろ試しておきたいなと思って(笑)。とくにこのスマートウォッチとか」
仕事熱心。いや、それともただのギーグなだけ?
時計のセットが終わり、次なるピークの黍殻山へと向かう。
「あ、あれはブロッケン?」と右手の谷側を見ながら時男さんに話しかける懸さん。
「あ、そうですね! 意外とこういう山でも見られるんですよね」
急にガスが切れてきて、日差しがパッと差し込んできた。今日はいい1日になりそうだ。
それほど見どころはない黍殻山山頂を過ぎ、しばらく進むと広い平原が見えてきた。その右奥には避難小屋がある。ふたりは吸い込まれるように小屋へと向かっていく。ここは黍殻避難小屋。2014年に建て替えられたそうで清潔感がある。
「ここなら素泊まりでお金払ってもいいですね」と懸さん。蛭ヶ岳までは営業小屋がない少々寂しい北丹沢だが、こんな立派な避難小屋があれば、なにかあっても安心だ。
さて、登山口からこの避難小屋まで1000mくらい登ってきた。
普通の日帰り登山であればこれくらいで済むかもしれないが、今回登るのは2000m近くの標高差。まだ半分くらい。さすがの山男ふたりも、ここで軽く休息してこの先に備える。
出発。緩やかな登りをスタスタと歩いて、姫次で東海自然歩道ともお別れ。ここからしばらくなだらかな道を進んで、次なるピークの神奈川県最高峰である蛭ヶ岳を目指す。
蛭ヶ岳手前は木段の連続。グングンと標高が上がっていくが、反比例するかのように時男さんの足取りが少し重たくなってきた。
「うーん……、ちょっときついですね(笑)」
ここまでそれほど長い休憩も取らず、ひたすら登ってきた。蛭ヶ岳があるのは、登山口から約1400m登ったところ。さすがの時男さんでも最近あまり山を歩いていなかったというツケが回ってきたようだ。
対して、懸さんははじめと変わらぬ余裕の表情。この人の体力は底なしかもしれない。もっときついコースの方がよかったかも? ちょっとだけペースは落ちたが、休まず歩き続けて蛭ヶ岳山頂に到着。ここで本格的な休憩を取ることにする。
「ここでだいたい半分くらい。でもここが今回の最高地点なのであとは基本的に下り基調ですね」
スマートウォッチで地図を確認しながら、スマートに懸さんに語りかける時男さん。懸さんが笑顔を浮かべるが、でも時男さん自身が内心もっとニヤッとしているのかも? もちろん表情には出さないけれど――。
崢ヶ岳を後にする。
「すごい、こんな風景があったんですね!」
ガスも抜け、目の前には見渡す限り視界が開けた稜線が続き、そこにきれいに登山道がつけられている。何度も丹沢に来ている時男さんだが、このあたりを歩くのは初めて。
こんなに気持ちのいい稜線散歩ができるとは思っていなかったようで、さっきまでの苦笑いがウソのように曇りのない満面の笑みに。これぞ、時男スマイル。
風を浴びながら歩くふたり。時間はタイトだがここではゆっくり山を感じたい、ふたりの気持ちがそう通じ合ったようで、始めの登りよりもゆったりとしたペースだ。
内心では、あとで巻き返せばいいやと時男さんも懸さんも思っているに違いない。
稜線の遥か彼方、右手に小屋が見えてきた。塔ノ岳山頂に建つ尊仏山荘だ。そのずっと手前のピークには、ここからは見えないが丹沢山のみやま山荘がある。北丹沢に比べると、このあたりの表丹沢のエリアは山小屋が密集している。
見渡す限り開けた稜線。こんなときは、先を急がない。
もちろんこちらの方が歩く人も多い。人がまばらで静かな北丹沢から、登山者でにぎわい活気がある表丹沢へ。丹沢主脈を北から歩くとこんな変化も味わえる。
長い登りを歩ききると、そこは丹沢山山頂。すると、みやま山荘の近くを歩いていたひとりの男性が時男さんに話しかけてきた。
「あのー、以前に剣山荘でお会いしましたよね? あのとき、天気が悪くて剱岳に登るかどうか迷ってたんですが、前夜に翌日天気が好転するという話を聞いて、次の日登ることができたんです。ありがとうございました!」
北アルプスで出会った登山者といままで知っていた丹沢は、ほんの一部でしかなかった。
次は丹沢で会うなんて……。一期一会もいいが、人との再会だって悪いもんじゃない。自分が知らなかった物語の続きが聞けるのだから。
いつまでも話が尽きなそうだったが、いよいよ日暮れのカウントダウンが始まってきた。男性と別れを告げ、塔ノ岳へと向かう。
途中、風が強くなってきて、さらにガスもまた広がってきた。本当に天気がよく変わる1日だ。そのまま歩き続けると、目の前に高い建物が見えてきた。尊仏山荘だ。
ここからはバカ尾根とも呼ばれる長い大倉尾根を下る。丹沢と聞くと、このバカ尾根を思い浮かべる人も少なくないだろう。だからこそ、丹沢=鬱蒼とした少々退屈な道、というイメージを持っている人も少なくないかもしれない。
でも今日、時男さんと懸さんは気がついた。そこは丹沢のごく一部。もっともっといろんな表情を丹沢はもっているということを。
夕日に追いかけられながら小走りで大倉尾根を下るふたり。
「あー、脚が……」
脚が攣りそうになり、また苦笑いに戻ってストレッチする時男さん。でも今日長い距離を歩いてきたことを後悔はしていないはず。
いままで知らなかった丹沢の魅力に気づき、2日分あったかはわからないけれど、日帰りだって十分に腹いっぱいの山歩きが楽しめることを再確認できたから。
顔は苦笑い、でも心の奥では完璧な時男スマイルが炸裂しているはず、だろう。
>>ルートガイドはこちらから
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文◉泥谷範幸 Text by Noriyuki Hijiya
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取材期間:2017年11月28日
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PROFILE
PEAKS 編集部
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
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