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舎川朋弘が語るバックカントリーの心得

これからバックカントリーを始めたい。そのときにまず頭に入れておきたい基本的なことがらは何か。白馬を知り尽くしたベテランガイドに聞いた。

写真・文◎森山憲一 Text & Photo by K.Moriyama
出典◎PEAKS特別編集 WHITE MOUNTAIN 2016

要はそこは〝山〞なんです。

――カラースポーツクラブに来られるお客さんって、バックカントリーは初めてという人もいるんですか?

舎川 もちろん、たくさんいます。うちの場合は、お客さんの技術レベルも年齢も比較的幅広いほうなので。

――そういう、初めてバックカントリーに入る人に、必要な技術や知識を重要な順に上げていくと、どういうものになりますか。

舎川 第一には滑走技術ですね。バックカントリーに入ると、雪が深かったりアイスバーンだったりクラストしていたり、ゲレンデとは比較にならないほど雪の状態が多様になりますよね。

そういうところを自由に行動できるようになるには、テクニックもゲレンデより多様なものが必要です。ゲレンデで滑れなければ、山の中に行っても滑れるわけはないんですよ。だからすべての基礎として、滑走技術はやはり重要。

とはいえ、スキー何級とかのうまい滑りは必ずしも必要なくて、ヘタでもいいんです。ゲレンデでどんな斜面でも上から下まで滑って降りてこられるだけの技術があれば、とりあえずは充分。具体的には、急斜面からコブ斜面まで、遅くてもいいから転ばずに滑ることができれば、最低限の資格はクリアといえますね。

――その次に重要なことというと?

舎川 体力です。いくら滑走技術が優れている人でも体力がないと途中でバテてしまって、危険なことになる。逆に、体力があって滑走技術がない人もダメなんで、ここはバランスですね。そのバランスによって、行けるところが決まってくるという具合かな。

バックカントリーではうまい滑りはいらない。でも安定した滑りは必要。

「やっと降ってきましたね……」待ちくたびれたシーズンインの話題から舎川さんは話し始めた。
――バックカントリーに来ている人たちを見ていて、どういう部分がいちばん足りていないと思っていますか?

舎川 技術的なことより意識の問題が大きいです。ゲレンデとバックカントリーの境を意識していない人が目立つように思いますね。ゲレンデだったら転んで足を痛めてもすぐに帰ってこられるけれど、バックカントリーだったらそうはいかないじゃないですか。

そういうときにどうするかをまったく考えていない人が少なくないと思います。リフトやゴンドラを使えば、いきなり自分の身の丈に合わないところに行けてしまえるんです。それでもスキー場の管理下にいるのなら問題ないんですけれど、一歩離れれば、もうそこは本来、冬山登山のフィールドですからね。

そこらへんの意識の差をきちんとつけておくのは、バックカントリーに入るにあたって非常に大事なところだと思っています。
人の手による整備や管理がまったくなされていないのがバックカントリーなので、立木は当然そのままだし、倒木もあります。

こういう障害物も全部自分で判断して回避していく必要があるんですよ。気温や風だってそうですよね。ゲレンデなら、寒くて耐えられなければ、レストランなどに逃げ込むこともすぐできるけど、山の中ではそうはいかない。要はバックカントリーというのは冬山登山なんですよね。そういう意識を強く持つのは大切だと思っています。あと、単純なところでは服装。

――服装? 綿が入ったぶ厚いジャケットを着てくるとかそういうことですか。

舎川 それはまだいいんです。いちばんよくないのは、コットンのウエアを着ている人。とくに若いスノーボーダーに多いんですけど、コットンのトレーナーとか、汗かいて冷えると最悪ですよ。必要なウエアはゲレンデとバックカントリーでは大きく異なる部分なので、ここは注意すべきところですね。

――スキー場からアプローチするから、なんとなくその延長に思ってしまうんでしょうか。

舎川 そう思います。リフトを使わないで、下からシールを使ってアプローチしてみれば、山の上がいかに遠いところかとか、環境がどのように変化しているかとかがわかりますよ。一回やってみると、得るものは意外なほど大きいと思います。

少しずつフィールドを広げていく。そこに飛躍は絶対にない。

「ツアーの出発前には、必ずミーティングをします」。屋内の落ち着いた環境で一日の行動予定を話し合うことで、参加者の意識はまったく変わるという。
――これからバックカントリーをやろうという人にとっては、遭遇するリスクというのも不安に感じる部分だと思うんですが、第一に注意すべきポイントというのはどういうことになりますか?

舎川 雪崩はもちろん注意すべきことなんですが、これの対処は判断が難しくて一朝一夕には身につかないので、そのほかで言うと、川とかちょっとした穴に落ちて抜け出せなくなるケース。

これ、かなりあるんです。亡くなっている人もけっこういます。雪庇とかも危険なんですが、見た目にわかりやすいのでなかなか事故にはならないんですが、埋まりきっていない川のすき間なんかは、近づかないとわからなかったりして、不意に落ちることがよくあるんですよ。

グループで行動しているとまだ助かるんだけど、ひとりで動いていたがために、だれにも気づいてもらえなくて、そのまま行方不明になったという事故が日本各地で起こっています。シーズンの始めとか終わりだけじゃなくて、ツリーホールなんかは厳冬期でもやけに深かったりすることがあるんです。落とし穴みたいなものですよ。

――落ちた場合にはどうすればいいんですか?

舎川 自力脱出は難しいことが多いので、基本的にはやっぱり単独行動はまずい。グループもしくはペアで滑るというのは基本です。あとはスピードですね。いきなり落ち込んだ箇所が現れても対応できるスピードを保つこと。

――落ちてからどうするかというより、落ちないためにどうするかということですね。

舎川 そうです。それに、オーバースピードで木にぶつかってケガをする人も本当に多いので。ゲレンデなら自分の技量以上のスピードで滑ったとしても、まあ、なんとかなるじゃないですか。

でもバックカントリーはゲレンデとは比較にならないほど雪質がめまぐるしく変わることが特徴で、同じ斜面でも日が当たっている場所と日陰では全然違う。あー、雪いいなーと思ってちょっとスピードを出していたら、急にクラストした斜面に入って足を取られて大転倒とか。

転倒だけならいいけど、木にぶつかると、ときには死ぬこともありますからね。
それと、意外に怖いのは倒木なんですよ。とくにやっかいなのが雪の中に埋まっている倒木で、それに足をひっかけて骨折する人が多いんです。

行く手になにがでてくるのかわからないのがバックカントリー。山深く見えるが、これでもゲレンデから100mも離れていない。

ゲレンデを一歩離れれば、自分の安全は自分で守らなければいけない冬山登山のフィールド。そういう意識を持ってほしい。

――そういうものが隠れている場所は、見た目で判断できるんでしょうか。

舎川 慣れてくればわかります。なんとなく変に膨らんでいるとか。数多く滑っていると、そういう観察能力が上がってくるんですけど、ケガをするときは、明らかにわかるはずなのに見落としてしまう場合のほうが多いですね。

だから、経験者しかわかり得ないというよりは、普通わかるんだけどあまりにも一所懸命すぎて、それが目に入っていないということのほうが多いですね。滑る前にちゃんと斜面を観察することで、かなり防げる話でもあるんです。

――スキルアップしていくときのセオリーみたいなものはあるんでしょうか。

舎川 やっぱり、ゲレンデで滑って滑走技術を磨くのが第一ですね。ゲレンデのなかでも圧雪斜面のわきに新雪が余っているようなところはいくらでもあるので、そういうところで練習をしてから、山に入っていく。それもいきなり3時間も4時間も歩くようなところじゃなくて、最初は30分とか1時間くらいで戻ってこられるところから始めるべきですね。

そうやって少しずつ自分のフィールドの幅を広げていくことが大切で、そこに絶対、飛躍はない。
バックカントリーについての本や雑誌もいまはたくさん出ていますが、そこで知識は理解できても、体に染みこませるには、何度もフィールドに出る以外にないんです。

いまは僕らの時代と違って、情報もあるし、環境も整っています。周囲にバックカントリーをやる人がいなくても、ちょっとその気で探せば、仲間となり得るコミュニティは絶対ありますから。どうしても見つからなければ、僕らみたいなガイドツアーに参加するのも、きっと得るものは多いと思いますよ。

ただ、いつかはそういうところから一歩踏み出してみてほしいとも思います。連れていってもらうだけだと、カーナビに頼った運転みたいなもので、身につくことが少ないんです。一度はナビを消して、自力で行動してみる。それが上級者へのステップになると思います。

とねがわ・ともひろ

カラースポーツクラブ代表。1992年からバックカントリーを始め、’90年代後半には白馬にテントで住み込んで数々の難コースを開拓。2000年にカラースポーツクラブを設立し、白馬のバックカントリーガイドの先駆けとして活躍している。

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PEAKS 編集部

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装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。

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