僕たちは滑るために登る!in 富良野
PEAKS 編集部
- 2021年01月05日
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夏山のご褒美は山頂からの絶景だ。だけど雪山のご褒美はもっと大きい。真っ白な斜面を自由自在に滑降する喜びと、まるで雲の上を飛んでいるかのような浮遊感。これを知ると雪山がもっともっと面白くなる。そして冬が大好きになる !
文◉ホーボージュン Text by HOBOJUN
写真◉中西隆裕 Photo by Takahiro Nakanishi
編集◉ふくたきともこ Edit by Tomoko Fukutaki
出典◉PEAKS 2015年3月号 No.64
オープンバーンに飛び出そう
やっと晴れた。雪もやんだ。空の青さが目に沁みる。ああそうだ、空ってこんな色だったんだ……。それはじつに2週間ぶりに目にする青空だった。
今年の北海道は年明けから冬型の気圧配置が続き、連日のように大雪に見舞われていた。その冬型がやっと緩み、今日は久しぶりに太陽が顔を出した。
「うひゃあ~」
嬉しくて深呼吸をしたら、冷気でのどちんこが千切れそうになった。気温はマイナス17℃。うかつに吸えないほど空気が冷たい。
この日僕らは富良野に来ていた。富良野岳の北に広がる山域でバックカントリーを楽しむのだ。
「バックカントリー」というのは自力で雪山に登り自然のままの地形を滑走すること。世界的に人気の高まっているスノーアクティビティで、かつては「山スキー」なんて呼ばれていた。
スノーボード好きの僕は、10 年ほど前から北海道のニセコに通っている。ニセコは独自のルールを設けてスキー場外(いわゆるサイドカントリー)の滑走を認めていて、技術と装備のある人は、自己責任でニセコアンヌプリ山の斜面を滑走することができた。
ここで自然の山を滑る楽しさと、パウダースノーの浮遊感を知ってしまった僕は、やがてゲレンデを離れ、北海道の山々を滑るようになった。そしていまでは白馬や北アルプスなど、日本各地の山にせっせと登っているのだ。
だから僕には「歩いて下山する」という発想はない。雪山は滑るために登る。下るために上がるのだ。
せっかく雪山に登るのに、滑らないなんてナンセンスだ。それはいってみれば草津に旅行に行って温泉に入らないようなもの。あるいは讃岐に行ってうどんを喰わないようなもの。もったいなくてバチが当たるぜ。
登っているときも下ることばかり考えている
「雪、軽っ!」
装備を調え、歩き始めてビックリしたのはフワフワの雪だった。スノーシューで雪面を踏むと、表層の雪がタンポポの綿毛のように舞い上がる。
このあたりは真冬の気温がマイナス20 ℃前後まで冷え込み、雪質はとてもドライだ。
僕が5年前に初めて富良野の山に入ったときは雪はサラサラ過ぎて固まらず、手ですくうと指の間から水のように流れ落ちた。地元のガイドさんはそれを見て「今日の雪はシバれ軽いねえ~」と笑っていたが、“シバれ軽い”なんて言葉を聞いたのも、そのときが初めてだった。
そんなドライパウダーをラッセルしながら、僕らは斜面を登っていった。先頭で集団を引っ張ってくれるのは東川町でガイドカンパニー『ネイチャーズ』を主宰する中川伸也さん。中川さんはプロスノーボーダーでもあり、熱い滑りで知られている。今日はスプリットボードでの出撃だ。
全身から湯気を上げながら2時間ほど登り、上ホロカメットク山への分岐に出ると、目の前に雄大な富良野岳の北斜面が迫ってきた。その懐の深さと山塊の大きさに改めて驚く。本州ではなかなか味わえないスケール感だ。
ここが今日のドロップポイントだった。中川さんが斜面をショベルで掘り下げ、積層面の入念なチェックを行なう。最近降雪した表層の雪はとても軽かったが、下層に向かって徐々に硬度を増す正構造で、脆弱性に問題はない。
足元70㎝下には10日前の雨でできた層があったが、上下層との結合は堅固で、こちらも崩壊の危険は少なかった。
「OKですね。今日はこの斜面を滑りましょう」
やった! 苦労して登った甲斐がある。僕らは各自ギアを滑降モードに切り替え、準備を進めた。快晴。無風。視界良好。バラクラバの下で口元がにやける。
まずは中川さんがドロップした。信じられないぐらいの高さまでスプレーが舞い上がり、その雪煙は踊るようなターンを描きながら、谷底へと消えていった。さすがはプロスノーボーダーだ。
その美しさに見とれながら、僕らは時を待った。急斜面にはひとりずつしか入らないのがバックカントリーの鉄則だ。やがて中川さんから無線連絡が入り、地形と雪質、リグループ(合流)地点の指示があった。
「南側の沢筋には入らずに、トゥサイドを当て込んだらスキーヤーズライトに流れて下さい。ノールを超えるとその先はオープンバーンになります。雪は軽く、踏み応えもある最高のパウダーです!」
いつもクールな中川さんだが、無線の声で笑顔がわかる。
「今日はザ・デイですね。楽しんで下さい!」
はやる気持ちを抑え、僕はドロップポイントに立った。大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。サン、ニー、イチ……ドロップ。眼下の斜面に飛び込むと、そのままボードのノーズをフォールラインに向け、グイグイと加速した。
軽い。そして深い。スピードが乗るにしたがってボードのノーズが真っ白い雪の海から水中翼船のように浮き上がってくる。両脇の樹氷が視界の後方へとビュンビュンと飛んで行く。
「イヤッホー!」
ノールを超え、オープンバーンに飛び出した僕は、あまりの気持ちよさに歓声を上げた。まるでナウシカのメーヴェに乗り、雲の上を飛んでいるみたいだ。目の前には手つかずの雪面が広がっている。
そこに僕は弧を描く。たった一度、いまこの山で、いまこの瞬間にしか描けない弧を。
この瞬間、僕らは雪になる。山になる。谷になる。沢になる。自分の存在が消え、白い世界に溶け出していく。バックカントリーでしか味わえない雪山との一体感。この一瞬のために、この感覚のために、僕らは雪山に登るのだ。
雪よ、山よ、ありがとう ! これが僕たちの「ザ・デイ」なのだ!
ひと冬ずっと雪山に通い続けても、パーフェクトな滑りを体験できるのはシーズンに1度か2度だ。天候と、景色と、地形と、雪と、滑りと、仲間の笑顔。そのすべてが揃い、重なり、シンクロしたそんな日のことを、バックカントリースキーヤーとスノーボーダーは「ザ・デイ」と呼ぶ。
1月16日の富良野は間違いなくそんな一日だった。
それは僕らのザ・デイだった。
富良野の町を見下ろし滑る穏やかなBCエリア
大雪山系の西端に位置する富良野岳周辺は、ドライパウダーと変化に富む斜面が待つ道内でも有数のBC エリア。今回訪れた富良野岳の北西にある通称「温泉スロープ」は、尾根上の緩やかな斜面を登り、滑ることができるルートとして人気が高い。
十勝岳温泉「凌雲閣」を入り口に、2時間半ほどのハイクでドロップポイントまで到達できる。
登り始めは樹林帯で穏やかな環境での歩行となるが、高度を上げ見通しが利くようになると、その分風や雪の影響を受けやすく、実際の気温以上に寒く感じられることも。
ウィンドシェルなどを用いてこまめに体温を調整をすることが大切だ。なお、今回訪れたエリアは、噴火警戒レベルが2に引き上げられ、半径1km圏内への立ち入りが禁止された十勝岳の規制区域外である。
所要日数:日帰り/歩行時間:約2時間30分/難易度:BC中級者向け
- 9:45 十勝岳温泉凌雲閣→ 10:30 1本目ポイント着・滑走→
- 11:30 2本目ポイント着・ピットチェック・滑走・昼食→
- 13:30 3本目ポイント着・滑走→ 14:00 十勝岳温泉凌雲閣
中川伸也
山岳ガイド。プロスノーボーダー。『Natures』を主宰し、北海道をメインに季節を問わずガイドを行なっている。
ホーボージュン
フリーライター。毎年冬はワンボックスカーで車中泊しながらスノートリップを続ける。下手の横好き代表選手。
鈴木彬史
UPLAND札幌店店長。イケメンだけどアホ。アホだけど滑りはキレキレ。三浦ドルフィンズ出身のスキーヤー。
藤川由美子
新米主婦。旦那さんは日本山岳スキー界の星・藤川健選手。スキーは上手いが料理とテレマークは初心者マーク。
ふくたきともこ
フリーエディター。元祖山ガールにして『ランドネ』創刊プロデューサー。昭和歌謡とスノーボードに命をかける。
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文◉ホーボージュン Text by HOBOJUN
写真◉中西隆裕 Photo by Takahiro Nakanishi
編集◉ふくたきともこ Edit by Tomoko Fukutaki
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PROFILE
PEAKS 編集部
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。