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日本古来のロングトレイル”巡礼の道”

ご利益や救い、償いを求めて祈りの旅をする巡礼は、いにしえから人々が作り上げてきたスルーハイクの起源的な旅のスタイルだ。それぞれ1,000㎞を超える「熊野古道」と「四国遍路」を歩き、見えてきたものとは。

文・写真◉吉田智彦 Text & Photo by Tomohiko Yoshida
出典◉PEAKS 2019年10月号 No.119

熊野古道と四国遍路を歩いて。

中辺路から熊野川の中州にある熊野本宮大社の旧社地「大斎原」を臨む。

子どものころから山の向こうになにがあるのか知りたがる性分で、小学4年生から電車や車、カヤックでのひとり旅を繰り返してきた。

それは、自分にとってあまりにも自然な行為だったので、なぜ、旅が好きなのかなど考えたこともなかった。だが、書く仕事をはじめたとき、旅の本質を突きつめたくなり、いにしえから続く旅の形態である「巡礼」をやってみたらわかるかもしれないと思ったのが歩き始めたきっかけだった。

そんな少しひねくれた理由を持ちながら、最初に歩いた巡礼は、スペインのサンティアゴ巡礼路だった。キリスト教という一神教の世界を、各国から集まってくる巡礼者と出会いながら850㎞歩くという、それまで体験したことのない旅になった。

帰国後、熊野古道の存在を知り、日本でも歩いてみれば、スペインで感じた充足感をより深く理解できる気がして、歩いてみようと思ったのだ。

熊野古道のゴールは、山々が海に転げ落ちるような紀伊半島南部に鎮座する本宮大社・速玉大社・那智大社。この三社は熊野三山と呼ばれ、紀伊半島全体を包むように紀伊路・大辺路・中辺路・小辺路・大峯奥駈道・伊勢路の6本の巡礼路が通じている。

そのなかでもいちばん厳しいとされる大峯奥駈道を最初に歩くことにした。山伏たちが奈良の吉野と熊野の本宮大社を結び歩く修行の場だ。

吉野川から歩き出し、沿道にある「七十五靡」と呼ばれる行場や歴史ある寺社を巡る。道中、山の険しさと美しさから光と闇、草木や風のなかに死と生を感じながら本宮へたどり着いたのは一週間後。

眼下の谷底に現れた熊野川は、山塊に潜む大蛇のような生命力にあふれていた。ぼくは、行に倣って自分の体を浸して川を渡り、本宮に入った。体にこもった熱を一瞬で奪い去る水の冷たさと、押し流そうとする川の力が全身に雪崩れ込んできた感覚を覚えている。

伊勢路の馬越峠に残る石畳。降水量の多い地方のため、石が何層にも重ねられ、水はけがよいように作られている。

そのほかのルートには、巡礼者たちの物語があった。中辺路の道端に祀られた小判地蔵は、小判を咥えて行き倒れていた巡礼を葬ったものだ。当時の巡礼者は、志半ばで死んでしまったとき、懇ねんごろに葬ってもらうための路銀を隠し持っていたという。彼は、死の刹那にそれを口にしたのかもしれない。

ほかにも、山中で自ら命を絶った巡礼者を見つけた話や、ハンセン病患者が人目を避けて、夜に裏街道を進む明かりを森の向こうに見た、などといった話を道すがら出会ったお年寄りたちから聞いたこともある。

熊野では、那智大社の御神体が御滝であるように、岩屋や大樹、水といった自然そのものを崇拝するアニミズムの姿が数多く残されている。その感覚は、「なんかいいな」「落ち着く」といった無意識に肯定してきたものとつながり、そこに日本の心象風景があふれていることに気づかされた。

しかし、唯一、物足りなかったことがある。世界遺産登録前のことだが、奥駈道の山伏以外、古道をとおして歩く者に出会うことができなかったのだ。
そう感じたときに目が向いたのが、四国遍路だった。

いまなお、菅笠をかぶり、白衣と袈裟をまとったお遍路たちが88箇所ある札所を巡っている。その切れ目なく続く巡礼文化に触れたいと思い、全長1000㎞を超える道を歩いた。

はじめは、苔むすような熊野の荘厳さに比べ、四国の街中にある小さな札所の賑わいと新素材で作られた伽藍や仏像に違和感を覚えた。しかし、巡るうちに、盛んな信仰とはこういうものかもしれないと思うようになった。

現在進行形の信仰でその時代の一般的な素材を使うことはごく自然なことだと。そう思うと、すべてのものが生き生きとして見えてきた(もちろん、古くて立派なものもたくさんある)。

大峯奥駈道にあり、いまも女人禁制を守る山上ヶ岳の表行場。

ぼくは、見えている姿の根底にあるものを探すように歩いた。
お遍路の道は、概ね海岸に沿って通り、札所が散らばっている。
これは、古代に行なわれていた「辺路修行」が源にあるといわれている。

「辺路」とは陸と海の境を指し、行者たちは海岸を歩いて、岩屋や森に入って修行をした。弘法大師が篭り、明星が口に飛び込んで求聞持法という驚異的な記憶力を得た伝説が残る室戸岬の御厨人窟は、辺路修行のようすを伝える最たる逸話だ。

ぼくは、この四国遍路で、さまざまな歩き遍路たちに出会った。
そして、その数に負けないくらいの「お接待(お布施)」を地元の人たちからいただいた。

食料や食事、ときにはお金をくれる人もいた。それも若い人からお年寄りまで、さまざまな人からだ。長旅に疲れ、心身ともに辛くなったときには、彼らの顔が頭に浮かび、「絶対、結願(すべての札所を参ること)する」と奮い立った。

そして、熊野でも四国でも、巡礼を終えたとき、いつも〝空っぽ〞になった自分がいた。いろいろな出会いと経験が、それまでと違う立ち位置でものごとを見る目を養い、無条件にこう思えたのだ。

「大丈夫」「まだ、やっていける」
巡礼の醍醐味は、死生観の狭間で過去から紡がれた物語のなかを旅し、生きる力を取り戻すに至る道中にあるのではないだろうか。

それは、登山のときに感じる充足感や「また、登りたい」という感覚に通じている気がする。

吉田智彦

ライター、写真家。チベットのカイラス山、日本の熊野古道や四国遍路などを歩く。

出典

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PEAKS 編集部

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装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。

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