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登って、歩けて、滑れるウロコ板でスキーハイキングの聖地 ”北ヤツ”へ

「雪の上を歩く道具」といえば、いまやスノーシューがド定番。だが、ちょっと前までなだらかな雪山ではみんなスキーを履いていた。ソールにステップ加工(ウロコ)を施し、登って、滑れる、細い板。

シューズは山も歩けるシブ~い革靴。履いてみると驚くほど軽快! スノーシューよりも速いし、ラク。難しいから「こんちくしょー」と長く楽しめる。雪山を楽しむひとつのツールとして、古いようで新しいBCクロカンを!

文◉森山伸也 Text by Shinya Moriyama
写真◉飯坂 大 Photo by Dai Iizaka
出典◉PEAKS 2016年2月号 No.75

“歩くスキー”の聖地、北ヤツ

15~20年前まで歩くスキーヤーで賑わったという北八ヶ岳。BCクロカンとちょいULを組み合わせた新たなスタイルで標高2,000mの高地を駆ける。でも、雪が……。

右手の縞枯山には登らず、雪のある林道へ。スノーハイキングは山頂に固執しないロングトレイルに似ている。

BC CROSS COUNTRY Skiing

新年早々テントを担いで北八ヶ岳を歩いてきた。驚くべきは、本誌の編集スピードではなく、雪の少なさだ。「雪ないねー」がすれ違うみなの挨拶代わりとなり、彼らの視線はぼくらの背後からにょきっと飛び出たスキーに釘付け。

そう、この年の山歩きはあえて雪がないとはじまらないスキーハイキングからはじまった。

縞枯山荘から大石川林道へ下る。北東斜面なのに雪がない。先が思いやられる。雪がたっぷりあっても急坂で、かつ道幅が狭いので滑走は困難か。

ぼくらが履いているスキーは、いわゆるクロスカントリースキーと呼ばれる板だ。〝滑り〞より〝歩き〞を重視した伝統的なスキーである。あのソチ冬季オリンピックで記憶に新しいクロスカントリーね。いやちょっと違う。

あっちは圧雪されたコースを滑る競技だが、こっちはバックカントリーを歩き、滑るために開発されたクロスカントリースキー、いわゆるBCクロカンと呼ばれるヤツだ。

もっとも気持ちよく滑れた大石川林道。深い新雪だと抵抗が生まれ滑れないが、踏み跡は滑走にちょうどいい斜度。

おもな特徴をいくつか上げると。
滑走面に後方への滑り止めステップ(ウロコ)加工を施していて、前には進むが後ろには滑らない。

はじめてBCクロカンを履いた編集部員ヒジヤ。BCクロカンは転んでナンボの遊びである。

すなわち、歩いて、登って、滑れる。歩行を重視しているからゲレンデで見かけるスキーと比べるとだいぶ幅が細く、軽い。細っこくても丈があるので浮力はスノーシュー並み。固い斜面をトラバースしたり、凸凹道でも安定して歩けるようソールにはスチールエッジが付いている。

スピーディーに着脱ができるので、持ち運ぶことも苦にならない。はい、強がりです。

重量はビンディング付きで2㎏後半。スノーシューと同等か、ものによっては軽い。ブーツは歩きやすいしなやかな革製。その革靴と板を連結するビンディングはシンプルなクロスカントリータイプでつま先のみが固定され、かかとが自由に上げ下げできる。歩きやすいが、だいぶ不安定。最初はだれもが生まれたての子鹿になる。ゲレンデスキー歴2年目の編集部員ヒジヤもしかり。

道標がよく整備され雪山入門にもってこいの北ヤツ。

こうして文字におこすとややこしい道具でしかない。とにもかくにも、ラクに歩けて、滑れる万能な雪上移動道具なのだ。
標高2237mの北八ヶ岳ロープウェイ山頂駅から縞枯山荘へ続く登山道は白かった。

いつもは下りで笑みが漏れるが、今回はスキーを履くだけで笑えた。晴天率が高いのも北ヤツのいいところ。

だが憎たらしい黒い石がところどころ「やーい」と顔を出している。
積雪は15~20㎝ほどか。
致し方なくスキーをA型にしてバックパックのサイドにくくり付ける。風が板を押し、体をよろけさせた。

暖冬がスキーの軽さを教えてくれる。

だれもいない氷った雨池を縦横無尽に滑る。奥に見えるのが茶臼山。

露出した岩がなくなるとすかさず板を履く。忙しい。だが、ぱっと20秒くらいで履けるのがBCクロカンの強みである。

登山者によって踏みならされた山道はカリカリのアイスバーンで板が横へ斜めへ滑る滑る。ヒジヤは早速BCクロカンの洗礼を浴びることになった。スッテンコロリ。

大石川林道から麦草峠へ。ぎりぎりスキーを履ける積雪だが、木道や石がじゃまするのでおとなしく担ぐ。

わずか15分ほどで縞枯山荘に到着。ここはテレマークスキーのレンタルとレッスンをやっているめずらしい山小屋だ。小屋の棚にはからからに渇いたテレマークスキーのプラスチックブーツが雪を待ち望むように並んでいた。

「今年はこの雪だから、スクールもゲレンデのみです。ここから白駒池までは、きっと林道くらいしか滑れませんよ」
ストーブの前で新聞を読んでいた小屋番が沈んだ声でいった。

現行では購入困難なスキーを手に「ほしいな、これ」。

いまから15~20年前、冬の北八ヶ岳は山スキーの聖地だった。いまでも縞枯山荘のほか、麦草ヒュッテ、青苔荘、高見石小屋にはレンタルスキーが置かれている。

お洒落でこぎれいな山小屋が点在し、山ガールに人気の北八ヶ岳に細板スキーヤーが連なる絵は想像できない。実際、今回の旅でもスノーシューはたくさん見かけたがスキーは一台も見なかった。なぜこんなにも楽しく、美しく、機能的な山旅道具がたった15年間で廃れてしまったのか?

麦草ヒュッテのレンタルスキー。滑走性重視のテレマークスキーでウロコ付きのスリーピンタイプだ。

その答えを見つけることが、今回の旅の隠れテーマであった。
縞枯山荘から先は、縞枯山と茶臼山を踏んで麦草峠へという稜線ルートが一般的だ。だがスキーハイキングはなるべく山頂を踏まない。稜線は風で雪が飛ばされるうえ、カチカチになった急斜面は登れないし滑れない。

北ヤツスキーハイキングは“歩くスキーの歴史”を追う旅だった。

白駒池にたたずむ雪だるま。軽い雪をかき集めよくぞここまで大きく育てたと関心。

速やかに雪を求めて大石川林道へ下る。すると再び大きな岩が露出しはじめスキーはずっと背中で寝ていた。

下り基調の大石川林道で、ようやく疾走感を得ることができた。
一歩一歩足裏でウロコを意識しながら雪面を蹴り、板に乗る。

国道299号の白駒池入口から青苔荘へはシラビソ、ツガの森を抜ける。美しい苔で有名な観光ポイントだが、苔は中途半端な雪の下。森が青々として初春のような静けさだ。

スノーシューのように一歩一歩足を上げる。必要がないので新雪でも疲れない。
霜柱と粉雪でパックされた雨池を経由し、コースタイム通りに麦草峠へ出た。滑るよりも、板を背負っている時間の方が長いってどうなの。

幸い、クロカンのブーツはそのまま登山靴として歩けるポテンシャルを持っている。板は背負っても苦にならない軽さ。これもBCクロカンのメリットである。
暖冬がそれを教えてくれたとして、よしとしよう。

就寝前に白駒池へ行くと、満天の星が頭上を覆った。対岸に火の玉だ! と驚いたら白駒荘のお客だった。

三角屋根の麦草ヒュッテでしばしコーヒー休憩。薪ストーブの周りには10セットほどのレンタルスキーが並んでいた。買いたくてもなかなか買えない年代物ばかり。

BCクロカンよりも滑り重視のしっかりしたウロコ板で、革靴のコバを3つのピンで固定するスリーピンタイプだ。XCスキー、あるいはテレマークスキーと呼ばれているタイプである。

風がないので男ふたりでしっとり飲む。寒いからぜんぜん酔わない。

主人の島立さんがかつて北八ヶ岳を賑わせた山スキーブームについて教えてくれた。

「いまから15年くらい前までかな、北ヤツは冬になるとスキーを履いた登山客でいっぱいでしたよ。最盛期でレンタルスキーは100セットありましたから。いまはスノーシューのお客さんが大半ですね。スキーを楽しんでいた世代が高齢化し、転んだら危ないからだれでも楽しめて安全なスノーシューへ移行していった結果でしょうか。すると登山道はしっかり踏み固められ、スキーヤーにしてみれば危なくて滑れたもんじゃない」

麦草ヒュッテに背を向け、冬季閉鎖された国道299号を東へ下る。冬季閉鎖された車道はBCクロカンの絶好の遊び場だ。

かつては北関東の日光、裏磐梯で練習を重ね、最後は北ヤツで腕試しというステップアップの流れがあったという。

スキーヤーにとって北ヤツは、そんな憧憬の地であり、目標地点であったのだ。
麦草ヒュッテのレンタルスキーは、駐車場があるメルヘン広場まで国道299号を滑って下れる乗り捨て用としておもに活躍していた。

白駒池で朝練に励むオヤジふたり。スケーティングは板の中心に乗る感覚を体に覚えさせる基礎トレーニングだ。ところどころ露出した氷が板を横滑りさせ、何度も冷や汗をかく。

若いスキーヤーをヒーヒー言わせた全盛期の北ヤツが聞いたら泣いちゃうようなスキー事情がここにはあった。

白駒池入口へ下る国道299号で、今回の最高滑走速度を記録。
日が高くなると後方へ流れるシラビソの森が一層青々とし、季節感がいよいよ掴めない。

編集ヒジヤの寝床はファイントラックのツエルトⅡ。適度に狭くて全面が生地で覆われているから意外と暖かいのだとか。

青苔荘のテント場にもぜんぜん雪がなかった。しかも雪はサラッサラ。スキーが雪面に立たない。

ヒジヤは氷った地面にペグを打っている。いいなペグ。日当りのいい南斜面で水分を多く含んだ雪を集めスノーアンカーの上に盛り、なんとか寝床を設営した。

夏にボート遊びができる白駒池は全面凍結。かつてはスケートに興じる人もいたとか。

小屋の主人、山浦さんにスキーの話を聞きに行く。売店の隅にすっかり日に焼けて色あせたテレマークの教本とDVDが並んでいた。

僕らがスキーでやってきたことを知ると、山浦さんは昔を懐かしみ突然饒舌になった。

ツガの子どもが雪の下から見え隠れ。これはこれで美しい。

「15年前くらいまで、いま時期はスキーヤーで賑わったものですよ。開けた斜面もいくつかあるけど、今年はダメだろうな。片付けてあるけどスキーレンタルもありますよ。リクエストがあれば宿泊者に無料で貸し出しています」

ゲレンデ内の山小屋じゃあるまい。こんなにスキーヤーを優遇してくれる山小屋はほかにない。

八ヶ岳連峰を背にピラタスパノラマルートをいく。晴天率は高いが気温が低いので思っていた以上に雪があった! 左手には諏訪盆地に浮かぶ諏訪湖が輝く。

昨日やってきた道を麦草ヒュッテまで戻り、茶臼山の西へ回り込む。この辺りから「XCコース」と書かれたフラッグが登山道の脇に現れた。

これは北八ヶ岳の山小屋とペンションが主体となった北八ヶ岳バックカントリースキークラブが管理している冬季用の道標だ。かつて多くのスキーヤーの視線を集めた旗は寂しそうに風に揺れていた。

茶臼山から西側の登山道にはXCコースを示すフラッグが立つ。

あの小屋で眠っているスキーは、日の目をみることなく朽ちるだろう。古い時代を美化する気はさらさらない。

だが、20年前に多くの若者を魅了した歩くスキーが再びぼくらの心に響いていることはまぎれもない事実だ。

五辻の北にある展望台からの眺め。南、中央、北の日本アルプスが一望!

大地と足の間に板を入れた瞬間ワクワクする。力任せではどうしようもできない世界へ投げ出される。カラダとの対話がはじまる。

歩幅が2倍3倍になった感覚。バランスが風を動かし、重力が山を後方へ押し流す。すべてが新しい。シンプルな道具の魅力は色あせない。おじいちゃんになるまでスノーシューには戻れそうもない。

旅のシメはピラタス蓼科スノーリゾートのゲレンデを滑走し、ロープウェイの山麓駅へ。ヒャッホー!

出典

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PEAKS 編集部

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装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。

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