日本200名山の最難関・笈ヶ岳へ
PEAKS 編集部
- 2021年04月12日
初見でこの山の名前を読める人は少ないだろう。「笈ヶ岳」と書いて、「おいずるがたけ」。山頂までの登山道はなく、日本200名山制覇を目指す人にとって難関のひとつになっている。しかし、春の一時期にタイミングを合わせれば、登れないわけではない。僕は貴重なワンチャンスを狙い、北陸の名山へと向かった。
文◉高橋庄太郎 Text by Shotaro Takahashi
写真◉加戸昭太郎 Photo by Shotaro Kato
出典◉PEAKS 2019年5月号 No.114
無雪期ルートはなし! 残雪を使って山頂を目指す
4回目? いや、5回目? これで何度目のヤブのなかへの突入だろうか? 顔には引っかき傷ができ、サングラスは枝に跳ね飛ばされて、深い笹のなかに落ちてしまった。ヤブ漕ぎ用に持ってきた軍手はすでによれよれで、全身汗だらけだ。
山頂が近付いている実感はあるが、もうヤブのなかは歩きたくない……。
全踏破を目指す登山者も多い「日本百名山」。百名山に選ばれたことで登山者が増え、その結果、登山道の整備はどこも行き届いている。山頂まで歩けない浅間山や草津白根山もあるが、噴火の危険のために立ち入り禁止とされているからで、仕方ないだろう。
だが「日本200名山」には、立ち入り禁止でもないのに山頂まで〝普通には〞歩けない山が存在する。それが北陸の雄「笈ヶ岳(おいずるがたけ)」だ。
なにしろ山頂まで続く登山道はなく、途中までついた踏み跡をたどっても、いずれ深いヤブに阻まれ、歩けなくなるのである。
こんな山は、日本百名山、日本200名山のなかで、この笈ヶ岳のみ。日本百名山を歩き終えた人のなかには、次に日本200名山を目指す人は多いが、笈ヶ岳が全制覇を難しくしている。
だが、笈ヶ岳に登る手段がないわけではない。ヤブの大部分が雪で覆われ、雪の上に自由にルートを作れる時期を狙うのだ。とはいえ、日本有数の豪雪地帯ゆえに冬は危険すぎ、エキスパートだけが許される場所。
一般登山者が挑戦できるのは、雪面が締まって安定した春の残雪期となる。それでも基本的な雪山登山の技術が必要となり、ヤブが完全に雪のなかに埋没しているわけでもないので、ある程度のヤブ漕ぎは行なわねばならないのであった。
こんな笈ヶ岳の山頂にアプローチするルートは複数あり、僕が選んだのはジライ谷の東側にある尾根から稜線に向かう、距離が短めのルートだ。だが登山道がないばかりか、稜線上の雪の状況がわからず、どれくらいのスピードで進めるのか判断不能。
1日で往復しようとするのはかなりキツい。そこで、僕は、途中までテントを運んで1泊し、身軽なスタイルで山頂へ往復する1泊2日の計画という山行計画を立てていた。
新緑のなかにさまざまな花が咲いている。気温は高く、遊歩道から尾根に入って登っていくと、汗が噴き出す。踏み跡が明瞭なのはありがたい。最低限の手しか入っていないルートは滑りやすいが、順調に標高を稼いでいける。
しかし調子がよかったのは、稜線近くまで。雪解けとともに地表に顔を出したヤブで、僕はいつしか踏み跡を見失ってしまった。それでも地図を見ながら方向に見当をつけ、森のなかを進んでいく。
稜線上に上がり切ったばかりの場所に平坦なスポットがあり、今夜のキャンプ地とした。当初は多くの登山者がキャンプ地に使う冬瓜平(かもうりだいら)まで行くつもりだったが、じつは今回、出発地の駐車場に到着してから長いあいだ雨が止まず、僕は予定よりも数時間遅く歩き始めており、すでに夕方が近付いていたのだ。
ここから冬瓜平はそれほど遠い場所ではないが、途中で道迷いなどを起こす可能性もあり、僕は確実に安全な場所でキャンプしたいと考えていた。それに、この場所には南側にそびえる白山の眺望を楽しめるという大きなメリットもある。
日中の陽射しで緩んだ雪を掘り、テントをアンカーで固定する。そのあいだにも気温は下がり、雪は一気に固く再凍結していく。アンカーは浅く埋めただけなのにすぐに動かなくなり、強風が吹いても安心だ。
もっとも明日は好天という予報で、その証拠に夕日は美しく、夜は満天の星空がテントの上に広がっていた。
翌日は6時すぎから行動開始。
稜線伝いに山頂を目指すルートも取れるが、僕は北斜面に位置する冬瓜平を経由し、山腹を巻くことにする。光が当たって融雪が進みやすい稜線よりも雪解けが遅い北斜面のほうが、雪を利用して歩ける区間が長いと考えたからだ。
実際、僕が選んだルートは快調だった。冬瓜平からシリタカ山の山頂直下まではヤブのなかを通る箇所はほとんどなし。もっと楽に歩ける斜面を探そうとして間違ったルートを取ってしまうという失敗もあったが、簡単にリカバリーできる範囲で済ませられた。
雪の中なかのキャンプ地で心地よい時間をすごす。この時期だけの楽しみだ
だが地形上、シリタカ山付近からは稜線に上がらざるを得なくなった。無理に斜面を進むと滑落の恐れもある区間もあり、危険回避のためには致し方ないのだ。
じつは僕が入山する少し前に、笈ヶ岳では死亡事故が起きていた。
出発前に自然保護センターで聞いたところ、下山中にいわゆる尻セードをしていた登山者が雪の割れ目に落ちてしまったのだという。
いくらアックス(ピッケル)を持っていても、滑落を止められるとは限らない。やはり斜面よりも稜線を歩いたほうがいいだろう。
それからは断続的なヤブとの戦いである。できるだけ雪の上を進むが、どうしてもヤブのなかを突っ切らないと先へ進めない。
前日の登山者の足跡が僕の前方に延びているが、その様子はまさに右往左往。苦労してルートを探している雰囲気が伝わってくる。いつしかそんな足跡もなくなり、僕は自分の判断で山頂を目指していった。
振り返ると、後方には別の登山者が何人も見える。平日だというのに、けっこうな数だ。やはりこの時期、笈ヶ岳を狙う人は多いのである。そして、この日、山頂へ向かう登山者のなかでは、僕が先頭ということのようだ。
これはものすごいプレッシャーである。なぜなら、後続する登山者は先行者の足跡を追って歩くのが普通だからだ。つまり僕が間違ったルートを取れば、後から来る人も同じ間違いを起こしてしまうのである。
それがたとえ安全なルートだとしても、遠回りしていたり、無駄に疲れるルート取りだったりすると、「前を歩いている人の判断力はイマイチ」と思われてしまい、かなりカッコ悪い。
いやはや、困ったな……。
しかし、すでに与えられてしまった使命は果たさざるを得ない。
ヤブを突っ切る距離が最短になるように考え、高低差も少なくなるように慎重にルートを見定めた。
次第に山頂が近付いてくる。ルート上から見る笈ヶ岳の山頂はわかりやすい形状ではなく、大きな山塊のなかでいちばん高い地点でしかない。そのために稜線の上をゆるやかに歩いていると、いつのまにか山頂に着いてしまった。
あっけない登頂である。山というものは、最後にキツい登りがあったほうが山頂到達の満足感は高いものだが、そういう意味では笈ヶ岳はイマイチかもしれない。
とはいえ、時期を外せば山頂には登れない笈ヶ岳へとうとう登ってしまったという、この事実。すばらしい達成感なのである。いや、結局これも満足感なのだろう。
周囲の景色もすばらしく、写真を撮りまくる。至近距離にある白山はもちろん、このまま稜線伝いに歩いて行ける日本300名山の大笠山もなかなか魅力的な姿だ。
山頂から下り始めると後続の登山者とすれ違い、声をかけられた。
どこでも歩ける雪の上。自分なりのルートを見定め遠い山頂を目指していく
「トレースをつけていただき、ありがとうございました! おかげですごく歩きやすかったです」
「でも何度か変なところでヤブに入っちゃったし……」
「いや、それまでの大変さに比べれば、天国のようでしたよ。歩きやすいルート取りでした」
なんでもその方は、僕が通った冬瓜平がある北斜面ではなく、冬瓜山から稜線に沿って歩いてきたといい、どこもヤブが露出していて歩行困難だったという。それに比べれば、僕がシリタカ山付近から選んだルートはだいぶマシだったようなのだ。
そもそも山頂付近は思ったほどヤブは多くなく、僕でなくても、それなりのルートを取れたはずだ。
ともあれ、人間はやはり、ほめられると調子が上がる。
僕は自分の踏み跡をたどってキャンプ地まで戻ると、テントを撤収。出発地へと下った。山頂からは標高差1200m近いが、スムーズに足が進む。
褒められて良い気になると、体力まで無駄なく発揮できるとは単純なものだ……。
山頂から見た風景は、いまも僕の頭に深く焼き付いている。白く輝く山々は美しかった。だが、あの眺望は緑濃い真夏にも見てみたい。なんとかならないものかな。
>>ルートガイドはこちらから
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PROFILE
PEAKS 編集部
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
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