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奥白馬の秘湯|蓮華温泉の露天風呂へ滑りこめ!

3,000m級の山々をバックにして、広大な斜面での滑走。そのあとは美味いメシと酒をいただき、ヘッドランプを灯して山中に沸く露天風呂へ。星空に囲まれながらの雪見風呂に浸かるスキートリップを目指して蓮華温泉へと向かった。

村石太郎◉文 Text by T.Muraishi
太田孝則◉写真 Photo by T.Ohta
中野豊和◉ガイド Guide by T.Nakano
出典◉PEAKS特別編集 WHITE MOUNTAIN 2020

晴天に恵まれた2日目、早めに行動を切り上げて蓮華温泉の露天風呂「仙気の湯」へと向かった。

奥白馬の秘湯、蓮華温泉で憧れの雪見風呂へ

北アルプスでの縦走途中に泊まったり、白馬岳や朝日岳からの下山口として、これまで幾度となく訪れてきた蓮華温泉ロッジ。山間にひっそりと佇む一軒宿の魅力は、周囲に人の住む町や集落がまったくない驚くべき環境と、あたりに点在する4つの露天風呂にある。

清涼な風が心地よい真夏も、秋の紅葉期の景色もすばらしいのだが、なぜだか積雪期に訪れたことはなかった。3000m級の白馬連峰をバックに雪と戯れ、露天風呂に浸かりながら星空を眺める蓮華温泉スキーツーリングは、僕にとって憧れ続けたドリームツアーであった。

蓮華温泉への春の玄関口となる「栂池高原スキー場」。ゴンドラ乗り場横に登山届けが用意されているので、行程などの項目を記入して栂池自然園までのチケットを購入する。

今回、ついにその願いが叶う。そんな期待を胸に、ガイドカンパニー「インフィールド」の中野豊和と、根上華穂が待つ栂池高原スキー場の駐車場へと向かった。ゴンドラ乗り場で登山届けを提出すると、リフトチケットを手に入れてゴンドラに乗り込む。

標高839mの山麓駅、栂池高原駅を出発した6人乗りのゴンドラは、一気に標高1582mまで駆け上がっていく。そこからさらにロープウェイに乗り継いで、標高1829mの自然園駅に到着する。

このロープウェイは春季限定で運行されており、乗鞍岳をはじめとした白馬の山々を訪れるバックカントリースキーヤーや登山者たちの貴重な足になっている。

自然園駅の駅舎から屋外へと歩いていくと、そこには朝日に照らされた白馬の山々が光り輝いていた。スキー板にクライミングスキンを張って、徐々に高度を上げていく。

旅の出発点は、栂池高原スキー場から始まる。

夏になると湿原が広がる天狗原を越えたあたりで、急に風が強くなり始めた。少しでもコンディションが優れた斜面を滑ろうと、乗鞍岳の北斜面へと向かう。

強風で体があおられて滑走準備もままならないような状況だ。
なんとか体勢を整えて、大きな一枚バーンへと中野が滑り込んだ。
カリカリと氷混じりの雪面を削っていく音を聞いて、根上と僕は「結構、難しそうだね」と交しあった。

栂池自然園からは、天狗原を目指してのハイクアップ。薄い雲に覆われていたが、3,000m級の白馬連峰が目前に迫る景色に見とれてしまう。

次は、僕の番だ。中野とは反対側の斜面へとスキー板を向けると、重い雪の下から硬い抵抗を感じ取る。ゆっくりと、確実に高度を下げていく。
根上も難しい雪に手こずりながら、中央に残ったノートラックの斜面を降りてきた。

その後、もう一度だけ標高を上げて、蓮華温泉まで続く深い谷間を滑り降りていった。

栂池高原スキー場のゴンドラとロープウェイを乗り継いで、標高1,829mの自然園駅へ一気に高度を上げる。

「いらっしゃい!」
ガラガラと木扉を開けると、蓮華温泉の御主人、田原伸男さんが温かな笑顔とともに出迎えてくれた。降雪の勢いが増してきたので、楽しみにしていた露天風呂は諦めて内風呂で汗を流すことにする。

夕食の準備が整ったというアナウンスを聞いて食堂へと向かうと、満席に近いテーブルに次々と食事が運ばれてきた。

いつも温かく出向かえてくれる蓮華温泉ロッジ、田原家4代目オーナーの田原伸男さん。

蓮華温泉ロッジが営業を始めるのは、3月中旬以降からだ。ここまでの道路は、6月下旬まで除雪はされない。
その間、蓮華温泉までのアクセスは栂池高原からスキーや徒歩でやってくるしかない。それまでは雪に閉ざされた、人里離れた一軒宿となる。

道路が開通したあとも、国道まで1時間以上運転しなくてはならない。

晴天に恵まれた山々を見て、満面の笑みを浮かべる根上華穂。

伸男さんをはじめ、ここで働くスタッフも、栂池高原から徒歩でやってくる。大量の食材を運ぶため、小屋開けのときだけヘリコプターで荷揚げするが、そのほか必要になったものは道路が開通するまですべて人力で運んでくるという。

夕食を終えた僕たちは、糸魚川の地酒「謙信」をオーダーした。そこに伸男さんも会話に加わった。

滑り降りてきた乗鞍岳の北斜面を振り返りながら、クライミングスキンを張り直す。風雪に叩かれた難しい斜面であった。

「栂池のロープウェイが終わってから道路が開通するまでは、ほぼここですごしていますね。なにか用事がない限り、まず下山しないんです。しかも、栂池のロープウェイが5月の連休で終わるので、そうするとほとんどお客さんも来ない。それから道路が開通するまでは、かなり静かになりますよね」

こんな山奥に、こんなに立派な山小屋と温泉があることを不思議に思っていた僕に、伸男さんが経緯を教えてくれた。戦国時代に源泉が発見され、以来山復の湯として地元の人々に親しまれてきたという。

コロッケとポテトサラダ、山菜に味噌汁。人里離れた山のなかでも、温かな食事をいただけることがうれしい。

「雪倉岳の山腹で、上杉謙信が鉱山を掘っていたそうなんです。そのときに、この温泉を見つけたといわれています。宿自体がいつできたのかはわからないのですが、いちばん古い記録としては明治27年のものです。それはウォルター・ウェストンが、蓮華温泉から白馬岳に登ったときの文献です。そこには一晩で30人くらいのお客さんがいたと書かれていて。まだ登山が浸透していなかった時代だから、温泉のためだけにここまで歩いてきたってことですよね」

昭和50年代に撮影された露天風呂のようす。夏季には仮小屋を造っていたという。

「上杉謙信が雪倉岳の山腹で鉱山を掘っていたそうなんです。そのときに、この蓮華温泉を見つけたといわれています」

ウェストンが歩いた道はいまも「鉱山道」の名で、蓮華温泉から白馬岳へ続く登山道として整備され、途中には精錬所跡が残されている。

夜が更けて、周囲が暗くなっていく。雲の隙間から星が見え始め、明日への期待が膨らむ。

翌日は、山小屋の部屋に差し込む眩いばかりの朝日で目が覚された。窓越しに屋外を覗くと、青空が広がっている。そんな光景を見た僕たちは、朝食をすませてから急ぎ足で出発準備を始めた。

宿のモニターに映し出された天気予報では、午後から悪化傾向にあるという。今朝まで雪が降り続いていたので、雪崩の危険性も高い。

仕方ないけれど、雪倉岳山頂からの滑走は諦めたほうがよさそうだ。今日はいい斜面を見つけて滑り、日が暮れる前に宿に戻って露天温泉に向かうのがよさそうだ。

蓮華温泉での朝を迎えると、眩いばかりの朝日が山々を照らしていた。雪倉岳や朝日岳の山頂付近にかかっていた雲も、まもなく消えそうだ。蓮華温泉には4つの露天風呂がある。

慢性皮膚病に効果があるという単純酸性泉の「仙気の湯」のほか、そのうえに酸性硫酸塩泉で、慢性皮膚病に加えて、動脈硬化症や切り傷、火傷などに効果がある「薬師湯」がある。

さらに、宿からもっとも近いところにマグネシウム炭酸水素塩泉の「黄金湯」と、酸性アルミニウム硫酸塩泉の「三国一の湯」がある。

初日、乗鞍沢へと続くハーフパイプを滑り降りていく。蓮華温泉を目指してのパーティーランを楽しんだ。

おもしろいのは、すべての露天風呂の源泉が異なることである。なお、基本は混浴だが、薬師湯のみ看板での意志表示で女性優先風呂となる。
混浴と聞くと躊躇する人もいるようだが、ここは脱衣所もなにもない開放的な露天風呂である。

大自然のなかで、すべてを解放して湯に浸かるのが正解だ。

蓮華温泉周辺の心地よい斜面を滑走する中野豊和。この日は標高をあまり上げず、このまま露天風呂に滑り込んでいった。

「スキーが人気になるんじゃないかと昭和2年に曾祖父と叔父が雪の状況を確かめようと越冬した」

蓮華温泉が田原家に引き継がれたのは、昭和2年のことだった。初代は、伸男さんの曾祖父となる田原幸治郎さん。以来4世代にわたって守られてきた。

蓮華温泉から木地屋の集落へと向かう、深い森のなかを進んでいった。

蓮華温泉からのスキーツアーでは雪倉岳が有名だが、これは伸男さんのじつの父、田原善一さんが開拓したものだ。2日目の夜に聞いた話では、蓮華温泉では昭和の始めから山スキー客に注目していたそうだ。

オーストリアの軍人テオドル・エドレル・フォン・レルヒ少佐が日本に初めてスキーを紹介したのが明治44(1911)年である。その10数年後には、蓮華温泉にスキーが持ち込まれたことになる。

極上のパウダースノーを堪能する中野。

「僕の家族に引き継がれたのが、昭和2年になります。そのとき、スキーが人気になるだろうと、曾祖父の田原幸治郎と祖父の弟、つまり僕の叔父に当たるのですが、ふたりがここで越冬したんです。

地元の人たちからは『絶対に無理だ。死んでしまうからやめろ』といわれたらしいのですが、それでは雪の状況がわからないから営業もできない。そういってひと冬をすごすことにしたのです。

オオシラビソの森が広がる稜線をつないでいく。

でも、そのあいだに風邪をこじらせて体調を崩してしまって。このまま宿にいてはまずいと、なんとか山をくだろうとしたんです。でも、ふたりとも下山途中で息絶えて亡くなっちゃたんですよね。

いまでも下の集落の木地屋まで歩くと、6時間ぐらいかかりますから。体調が悪ければ、さらに時間がかかると思いますよね」

降雪直後のよく冷えた雪面を、豪快に滑り降りていく根上。

翌冬には、ふたりの意思を引き継ぐように、伸男さんの祖父、田原善治さんが越冬に挑む。そこで雪の状況を確認すると、翌年からスキーで訪れる人たちを迎え入れるようになった。

さらには、3代目の田原善一さんによって、雪倉岳へのルートが開拓されていった。

美しいブナ林のなか、最後の斜面を滑走していく。

「ここに来た客を楽しませようと、うちの父親が雪倉へ何度も登っては滑り、うちの爺ちゃんが宿の中から滑ってきた場所を見ながらルートを開拓していったそうですよ。それからは、うちの父親が毎日のように雪倉まで客を連れて行くようになって(笑)。それまでは栂池高原からここへ来て、木地屋に降るだけだったんですよね」

「ここに来た客を滑らせようとうちの父親が雪倉へ何度も登っていったんです」

稜線で見かけたツアーコースの案内板。

最終日、蓮華温泉をあとにした僕たちは、いったん稜線へ登り詰め、風吹大池へと滑り込んだ。昨日の夕方、少しだけ顔を覗かせた雪倉岳の頂上は、そのあとですぐに厚い雲に覆われてしまった。

それから今朝まで雪が降り続き、春スキーとしては絶好のコンディションを保っている。
厳冬期のようなドライパウダーとはいかないけれど、よく板が滑る雪質である。

今回のゴールとした木地屋へ到着。

その後も、ほどよい斜面を見つけて、そこにスキー板を走らせていった。つねに渋めのルートを選び、玄人たちを唸らせる斜面へと連れていく中野ガイドの本領発揮である。

コースの魅力を最大限に楽しませてくれるのが、彼のツアーの特徴だ。ツアーを終えたあとは、来てよかったという満足感に浸るのだ。

蓮華温泉からは、いったん稜線に登ってから木地屋を目指した。

クルマを止めておいた木地屋の集落に到着したのは、午後2時半ごろだった。駐車場までの舗装道を歩きながら空を眺めると、いまにも雨が降りだしそうだった。今回も来てよかった。

雪倉岳の斜面は滑ることができなかったけれど、念願の蓮華温泉での雪見風呂を堪能できたのだ。
そんな満足感とともに、夢のような奥白馬の温泉旅行を終えた。

木地屋の集落から、舗装路を駐車場へと歩いていく。僕にとっては、いつか訪れたいと思い続けていたスキートリップを終えた瞬間だった。

Field Information

In Field

今回ツアーを案内してもらったインフィールドの中野豊和さんは、玄人が唸るような渋いルート取りに定評がある。蓮華温泉へのバックカントリーツアーは、例年4月上旬から5月初旬に予定している。興味のある人は、ぜひ問いあわせていただきたい。

TEL.090-2721-7119(中野携帯)
mail@in-field.com
http://www.in-field.com

白馬岳蓮華温泉ロッジ

TEL.090-2524-7237(直通電話)
http://rengeonsen.main.jp

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