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新田次郎 【山岳スーパースター列伝】#10

文◉森山憲一 Text by Kenichi Moriyama
イラスト◉綿谷 寛 Illustration by Hiroshi Watatani
出典◉PEAKS 2019年1月号 No.110

 

山登りの歴史を形作ってきた人物を紹介するこのコーナー。
今回は、「ミスター山岳小説」というべき、昭和のこの作家を紹介したい。

 

山岳小説というジャンルがある。その名のとおり、山を舞台あるいは題材とした小説のことを指すわけであるが、より狭義には、「登山」をメインテーマにしたものをこう呼ぶことが多い。つまり、大自然としての山をテーマにしたものというより、山に登る人を描いたものというわけだ。

そしてこのジャンルの圧倒的第一人者が、今回紹介する作家、新田次郎である。

いま第一人者と書いたが、では第二人者はだれなのかと問われても困る。それくらい頭抜けた第一人者なのである。

まずはそのクオリティ。『八甲田山死の彷徨』とか『劒岳点の記』とかは、山岳小説にまったく興味のない人でもタイトルくらいは知っているのではないだろうか。『八甲田山死の彷徨』は高倉健主演で映画化もされて大ヒットしたので、一定以上の年齢の日本人なら、全員が知っているといってもいいほど。『劒岳点の記』も、2009年に映画化されている。

次に著作数。新田は25年にわたった作家生活で短編も含めて300以上もの作品を発表しているが、その3分の1が山岳小説。数だけでいえばもっと多く書いている作家もいるが、それらの多くは、いわゆる山岳ミステリー。一方、新田が得意としたのは、綿密な取材が必要なノンフィクションノベル。この分野でこれだけ多くの山岳小説を書いた人を私は知らない。

山岳小説というジャンルは新田のために作られた。といっても過言ではないほど、このジャンルで輝きを放つ巨星が新田次郎なのである。

世間的には、『八甲田山死の彷徨』や『劒岳点の記』の原作者として知られているのではないかと思うが、登山者的にはむしろ『孤高の人』のほうが有名だ。驚異的な単独行で知られた戦前の登山家・加藤文太郎の一生を小説形式で描いたこの作品は、しばしば、坂本龍馬の生涯を描いた司馬遼太郎の『竜馬がゆく』になぞらえられる。なぞらえているのは私だけかもしれないが、でもそうなのである。

加藤文太郎は80年以上前に亡くなっている登山家であるが、いまでも「好きな登山家アンケート」などでは必ず上位に入ってくるほどの人気を誇る。同じく坂本龍馬も、維新の志士たちのなかでは圧倒的な人気ぶりだ。いずれも、その実像というよりも、後年に書かれた小説で人気が爆発したという点で共通している。それくらい、新田が描く加藤文太郎は魅力的だったのだ。

実際、この本を読んで登山を始めた、あるいは、単独登山に憧れをもつようになったという人を、私は何人も知っている。なにを隠そう、私もそのひとりである。登山を始めたばかりのころ、なにげなく手に取った『孤高の人』を読み始めたら止まらなくなり、上下2巻にわたる文庫本を一気に読み通してしまった。読み終わったあと、「おれも単独で冬の北鎌尾根に挑戦するぞ!」と鼻息を荒くしたものだった(それは30年ほどたったいまでも実現していない)。

『孤高の人』にかぎらず、新田が書く登山家はとてもリアルで人間的だった。登山シーンだけでなく、その日常生活までも丹念に描く。人間関係の苦悩や心の迷いまで細かに記していくので、読み手としてはどっぷり感情移入してしまう。たとえ超人的で想像を絶するような登山でも、ここまで「人」を描いてくれれば、「なぜそこに向かうのか」「なぜ登るのか」ということがすんなりと理解できてしまうのだ。

私はここに、他の山岳小説とは一線を画する新田の作品の価値を見る。新田が最終的に描き出すのは、「美しい山岳風景」ではなく、「壮烈な登攀シーン」でもない。「人はなぜ山に登るのか」という、きわめて哲学的なテーマが新田小説の底には流れている。新田自身がそれを意識して書いていたのかどうかは知らない。でもこの事実に変わりはない。

新田はもともと気象庁の職員で、富士山山頂の測候所に勤めていた経験もある。趣味としても登山を楽しんでいたが、自身が優れた登山家だったわけではない。だからこそ、人生をかけて山に向かう人たちの心の奥底が知りたい。そしてそれを伝えたい。というのが創作の原動力になっていたのではないか。私はそう信じている。

 

新田次郎
Nitta Jiro
1912年~1980年。長野県出身の作家。気象庁に勤めるかたわら、数多くの小説作品を発表。1956年に『強力伝』で直木賞受賞。1966年に気象庁を退職し、専業作家となる。歴史小説も得意とし、1974年には『武田信玄』で吉川英治文学賞も受賞している。

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PROFILE

森山憲一

PEAKS / 山岳ライター

森山憲一

『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com

森山憲一の記事一覧

『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com

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