昭和トワイライトゾーンで焼き鳥を「ゴキゲン鳥 大森旅館」(山梨県韮崎市)【グルメトラバース】#005
川名 匡
- 2022年05月11日
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山に登り、麓の食を堪能することをライフワークとする、とある山岳ガイドの彷徨旅=グルメトラバース。
ひさびさに訪れた山梨・韮崎の飲み屋街で、民家のような扉を開けると待ち受けていたものは――。
季節外れの甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根
黒戸尾根は厳しい山だ。甲斐駒ヶ岳も夏の北沢峠からのアクセスならば普通の山だが、黒戸尾根から登るとなると、鎖場や積雪期の難斜面などの技術的な厳しさだけでなく、体力的にも国内屈指のルートとなる。
そんな厳しいルートだが、実際に上り下りをしてみると、その人気が絶えないのも、またうなずける。厳しいけれど癖になる魅力がそこにはあるのだ。
今回は上部はまとまった雪が残るも、下の雪は消えているという、少し中途半端な4月という時期に登った。途中にある黒戸山のトラバースに残る残雪に足がズボズボはまり、登りも下りも苦戦した。上部はとくにそうだが、雪が堅い早朝にすばやく登るのが攻略法だ。日中、日が上がると雪が緩みだし、足を取られて非常に歩きにくい。
黒戸尾根の魅力はもうひとつ、途中にある七丈小屋だ。ちょうどいい、かゆいところに手が届くような場所にあり、居心地も良い。
毎回ふもとに下り着くと、足腰はパンパンに悲鳴を上げているが、その痛みを忘れるころに、また登りたくなってしまうから始末におけない。私のように東京から電車で行く者にとっては、早朝から登山口を歩き出すために前泊が必要だが、特急が停まる小淵沢か韮崎がその前泊場所となる。今回は韮崎を利用した。
ごきげんよう韮崎の夜
正直、何年か前から、韮崎の“なにもない感”は最強だった。仕事がらいろいろな場所に立ち寄り街で赤提灯をくぐるが、少し遅い時間に着くと、韮崎の駅前はいつも真っ暗だった。今回はコロナ渦を経て、丸2年ぶりの韮崎訪問となる。
どうやら新しめの宿をネット検索で予約しての前泊。心配なのは飲める場所があるのかなということ。案の定、静かな韮崎駅に降り立ち宿に向かうと。やがて明るい光に包まれたビルが現れた。
生まれ変わったアメリカヤ
韮崎では有名な、アメリカヤという5階建てのビルがある。1967年に開業し、当時としては垢抜けた“アメリカンな雰囲気”の食堂や喫茶店が各階に入り、当時、そこでたむろしたり遊んだ経験がない韮崎の若者たちはいないというくらい流行っていたらしいが、時代の流れとともに、2003年に36年の歴史を刻み一端閉店となった。
昔から中央線で韮崎の駅に着くと、駅近の2階建ての民家群の先に三階から上がニョキッと飛び出したビルが見えていたのを思い出す。屋上には「アメリカヤ」の看板。「あそこはなんだろう?」と、電車で通り過ぎるたびにいつも気にはなっていたのだ。そのビルが廃業し一旦は廃墟となっていたが、廃業から15年後の2018年に取り壊しを惜しむ人たちによってリノベーションされ、復活することになる。その後、コロナという逆風を受けながらも、昨年あたりからそのアメリカヤの前にアメリカヤ横丁という古民家を再利用した飲み屋街ができる。そして、横丁で飲んだ後に泊まれるゲストハウス「chAho(ちゃほ)」もできた。そのゲストハウスは登山の前後泊にも大いに利用可能だ(そこが今夜の宿)。
魅惑のアメリカヤ横丁
アメリカヤビル正面の道路を隔てた路地裏「アメリカヤ横丁」には魅力的な飲食店が軒を連ねる。日本酒場「コワン」、居酒屋「藁焼き 熊鰹」、ラーメン酒場「藤桜」、その木造長屋裏手に回り込んだ民家には2020年春に「鉄板肉酒場 ニューヨーク」と「沖縄酒場 じゃや」、2021年2月に「ゴキゲン鳥大森旅館」がオープン(ゴキゲン鳥は道路側が正面玄関だが裏から回り込んで裏扉もある)。2022年4月には道路に面したクラフトビールのバー「TAP8」ができていた。いい雰囲気のゲストハウス「chAho(ちゃほ)」にチェックインした後、留守番のお兄さんに近くの飲み屋を聞いたら、案の定、その「アメリカヤ横丁」を教えられた。なぜかって、その界隈だけ明かりが煌々と輝いていて、私においでおいでをしていたからだ。
アメリカヤ横丁は、そう自分がまだ子どもだった40年以上前の、まさしく昭和の世界に迷い込んだようなトワイライトゾーンだった。その昔、昭和の世界に迷い込む「地下鉄に乗って」という浅田次郎原作のせつないタイムスリップ映画があったが、それを地で行くような雰囲気で、すでに他界して12年になる自分の父親が、まだ若い姿で赤提灯をくぐって店から出てくるような……。私にとってはとても懐かしく、なぜか切なく、そして心地良い、不思議な気分になった。
横丁の飲み屋はそのほとんどが古民家をそのまま利用しており、そのレトロ感がすばらしく心安まるのだ。この感覚は、昭和を知らないいまの若い人にはわからないのだろうが。
さて、迷ったのはどの店に入れば良いかだ。どの店もいい雰囲気で、外から見たのでは甲乙つけがたい。うろうろと路地の各店を隙間から少しのぞき込んだりして、どう見ても不審者のように2周くらいしていたら、サラリーマン風の若い男性がスマホを持って店から出てきた。すかさずそのお兄さんに「初めてなので、どの店がいいか分からない……」とお勧めをお願いをしたら、「ここの焼き鳥は旨いです!」と言ってくれたのが「ゴキゲン鳥大森旅館」だった。
彼は東京から出張で毎月来ているらしく、いつもゴキゲン鳥に入るのだと言う。そういう生の口コミは逃すわけには行かない。即入店を決意。
入口はただの民家風。サラリーマンのお父さんが「ただいまー」といいながら帰ってくるような一般住居のドアで、小さい看板を見逃すと、とても焼き鳥屋とは気づかない。
中に入ると正面に5人がけのカウンター席。左手にテーブル席が4つある部屋があった。二階の和室が宴会などの大人数で使用できるらしい。
まずは駆けつけに生ビール。そして、おまかせで焼き鳥を数串。
旨い。見るからに新鮮そうな大ぶりの肉が、串からあふれるように乗っている。一口食べたらとろけるような味わいで、口の中に肉のブリブリした旨味が広がった。
今夜は平日の中日ということもあってか、焼きから給仕までワンオペでこなしていたマスターは大森洋介さん。北杜市出身で現在も住まいは北杜だという。都内に5店舗あった「ゴキゲン鳥」という名の焼き鳥屋でセントラルキッチンのマネージャーをしていたが、コロナ渦で閉店となってしまい、地元の韮崎に戻った。2021年にゴキゲン鳥という名を使い、店舗をオープン。
モットーは美味しく新鮮で健康的な焼き鳥を提供すること。肉本来のおいしさを大事にし、最高の備長炭を使用して一本一本精魂込めて提供することを心がけているそうだ。
鳥は地元の信玄鳥。味付けに化学調味料は使わず、ナチュラルな味わいを楽しんでいただきたいとのこと。ぱっと見、今風の若者だが、地元の活性化に貢献したいとやる気満々。なかなかの好青年とみた。焼き鳥と肉の巻物が主なメニューだが、最後の〆に食べたTKG(卵かけご飯)がすばらしく美味しかった。
さて、帰りも寄る(できればだけど……)という約束を果たすため、下山後もまた立ち寄った。行き帰り同じ店に寄るなんて自分としてはめずらしい。前泊のときは生ビールとジョッキで飲むデカハイボール2杯だったが、下山後の乾杯は定番焼き鳥とともに、地元北杜の酒「七賢」の冷やをグビッといただいた。
韮崎から乗れる最終のあずさ19:39発の5分前、裏の勝手口の脱出口を使うと、駅まで早足で2分弱。駅近のいいところにいい店がある。
マスターのようすけが、私の家に近い逗子に住んでいたこともあるというので話しも盛り上がってしまい、結果、話し足らずで店を後にしたが、山の前泊と下山後の連続来店と、さらに来訪確定のゴキゲン気分であずさに飛び乗った。
韮崎――とってもいい街ではないか。次回はゴキゲン鳥でゴキゲンになるために韮崎に泊まって、ついでだから山にも登ろうか、と帰りのあずさですでに考えていた。
お腹が満足しただけではなく、どうやら、マスターのようすけと、韮崎も好きになってしまったのかもしれない。その晩は心地よく眠りに落ちた。
今夜の酒とアテ
七賢(しちけん)/純米 風凛美山(ふうりんびざん) ゴキゲン鳥おまかせ三種盛り
山梨県北杜市にある5つの酒蔵の中でも七賢は唯一尾白川に隣接し、その仕込み水は甲斐駒ヶ岳を元とする伏流水。風凛美山はオーソドックスな純米酒で、その味わいは七賢を代表する爽快な辛口であり、焼き鳥などの焼き物にもよく合う。アテはもちろん串の焼きモノで、つくね、ネギマ、トマト巻きのゴキゲン鳥おまかせ三種盛り。ちなみにキュッと冷えた七賢を並々と注いで目を引くグラスは、マスターお気に入りの諏訪の酒「横笛」の伊東深水画伯梅柄付清酒グラス。なんとも春っぽくて良いではないか。こういう小粋な技で、酒がさらに旨くなるのだ。
ゴキゲン鳥大森旅館
山梨県韮崎市中央町1-14
TEL:0551-45-7765
営業時間:18:00~23:00(L.O.22:30)
定休日:月曜日
www.gokigendori.jp
※店名に旅館とありますが、 宿泊施設ではありません。「お客様にくつろいでいただけるように」と付けられた名前です。
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