帰りたくなる場所「カーブ・ド・キキ」(富山県富山市)【グルメトラバース】#006
川名 匡
- 2022年07月25日
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山に登り、麓の食を堪能することをライフワークとする、とある山岳ガイドの彷徨旅=グルメトラバース。
今回は、あちこち立ち寄っても巣のように帰りたくなる、とある富山の店との出合いをお届け。
富山の夜。今宵はどこへ行こうか
富山の街は居酒屋の宝庫。そして、どこの店に行ってもさすがに海鮮物は旨い。だから富山での前泊、後泊は楽しみでしょうがない。山登りそっちのけで楽しくなってしまうから、我ながら始末におけない。
最低限、前泊のときは翌日に酒を残さず、夜更かしもせず。後泊のときも、山の疲れを癒やす程度のアミノ酸補給と心地よい眠りに誘われるよう、暴飲暴食はしないように心がけている。
長年の山ヤ、そしてプロの山岳ガイドとしての鏡のような健全で健康的な夜を過ごすのだ。
山岳ガイドは仕事として山登りをする訳で、つまりは前泊、後泊はその業務が円滑に、滞りなくこなせるようにするための、いわば業務の一環として過ごす大事な時間なのだ。
え?だったらさっさと寝たら……なんて野暮なことはいわないでほしい。
エッヘン(咳払い)。それでも夜は、やっぱり楽しいのだから。富山に着いたら、うずうずしてきちゃうのだ。
富山に毎年通うようになってから、はや30年が経つ。自分は日本酒が好きなので、通う店はほとんどが富山湾の幸を出してくれる居酒屋か寿司屋さんだった。ひと味もふた味もあった渋いシネマ街もビルが壊されてなくなり、なじみの「寿し晴」もいまは別の場所に移転してしまった。
しかし、富山に新幹線が通るようになり、街も一段と活気づいてきた。毎年のように、しかも日に日に加速度を付けて老いぼれていく自分とは真逆に、富山の街は日々若々しくなっているのだ。
そのためか昨今、私の独断と偏見ではあるが、グーと思う店も多い。お客様の連れがいるときはまず「だい人」か「吟魚」。
どこの店と決めてない時は無意識で前を通り、何気ないそぶりでの覗きこみ、カウンターが空いていたらラッキー! 躊躇せず「親爺」へ飛び込む。
仲間何人かと気兼ねなくやるときは「あら川」。
もしバリバリ富山っぽい鮨を食べたくなり、上手いこと予約が取れたら移転先の「寿し晴」。そして、山ヤ御用達の「えび寿司」がある(これらの店は別の機会に紹介予定)。
さて、ここまで色々な店を並べておいて、いやこういう旨い店をハシゴしつつ、実は私にとって足らないジャンルの店があったことにふと気がつく。
旨い物を食べ、旨い酒を飲み、ごちそうさまをして店を出る。そしてホテルへ入りべットになだれ込む。途中でコンビニに立ち寄り、酔っ払っているとかならず買ってしまうスイーツ。気がつくと袋に入っている缶ビール。まあそれも良いのだけど、いや良いのかな? いやたぶんダメなのだろうと、もうひとりの自分が言う。
運動にはメリハリがある。とくに登山のような山あり谷ありの場所を登ったり下ったりの繰り返しの最後には、それ相当のクールダウンが必要なのだ。それは、飲み歩きでもしかり。
つまり、そろそろ寝るかなと宿への道を歩きつつ、ふらっと帰巣本能のように無意識で立ち寄ると、いつものようにカウンター席が空いていて、マスターがにやっと微笑む。
なにも言わなくても、好みの酒と軽いアテがすっと出てくる。カウンター越しの他愛もないい会話をしつつ仕上げの酒をちびりと飲みおわり……。そして、「今夜も楽しかったな」と、ふらふらしながら宿に戻る。おやすみなさい。それが健全な飲んべえという者だ。
寝る前のひととき、クールダウンができる店?いわゆるなじみの店?行きつけの店?それは最後の仕上げの店?そんなお店が富山にもあったらな……と、日々思い始めていたのだった。
ほんわかと心地よい、キキで今夜の〆酒
なにもわからず好奇心だけで扉を開けた。しゃれた空間に静かな時が流れていた。冬の富山の街は雪。きっと雪が騒音をしっとりと吸収し、落ち着かせてくれているんだ。初めて入ったはずなのに、なぜだか懐かしい気分にせてくれる空間。それは、寒い外から暖かい室内に入ってきてホッとしたからなのか………。
「なにを飲まれます?うちはワインと日本酒の店です。洋酒とか他のお酒もありますが、ワインと日本酒がメインなんです」
少し微笑みながら話すマスター。初めてのお店に入ったとき、この最初の話しがけで、その後通うことになるかどうかがほぼ決まる。
「日本酒好きなんです。でもじゃあ最初はワインをもらおうかな(とにやり)」
私の答えは、この店で2杯は確実にいただこうということで、つまりは、「いい店だ」と感じたということになる。良い店をみつけた。今宵はここちよく酔えそうだ。
KIKI(キキ)という名前が前から気になっていた。「親爺」で飲み終わりホテルに帰る路地から見上げた2階にその看板がある。どうやら洋風のバーのような雰囲気だが、外からではよくわからない。
実は飲み友達で山仲間のモデルのKIKIさんと同じ名前。しかも、KIKIさんが使っているロゴにも似ている。まさか彼女のお店じゃないよね?
そこから想像が段々と膨らんできて、ドアを開けたらKIKIさんがシェイカーでも振っているのではないかとか想像してしまう。そして、何度となく通り過ぎた時にやっと決心。
ひとりだと怖いので(嘘)、常連のお客様とふたりでドアを開けた。実は白状すると、いろいろなところに行き自分でお店を開拓することはほぼない。みな地元の人からの口コミだ。なんと言ってもそれが一番外れがない。
富山での私の夜のガイド役は佐伯岩雄さんだ。彼は有名な立山ガイドのひとりで、駅近くで山のお店も開いている(約5年前の初来店当時。佐伯さんの山の店「チロル」は、その後、富山駅近から上市へ移転)。根っからの富山人。しかもお酒好きだから旨い店はたくさん知っている。しかし、このKIKIは岩雄さんも知らなかった。
入ってわかった。岩雄さんがこんなしゃれた店を知っている訳がない(失礼!)。でも納得。そして見事に大当たりだった。まさに最後の〆で来るのに最高の店だったのだ。
マスターの林勲矢さん。元々ワインが好きだったが、日本酒好きにも花開いたのは、都内のソムリエ学校に通いながらアルバイトをした新宿の京王プラザホテル「天之川」という日本酒バーでのことだそうだ。
いまでこそ日本酒、特に地酒ブームだが、彼が修行をしていた20年ほど前は、日本酒はあまり人気がなかったそうで、飲む機会も少なかったが、そこで数々のおいしい日本酒を知り、すっかりぽん酒が好きになったらしい。
東京や北海道で七年間の修行を積み地元に戻った、砺波出身の好青年。本当は東京でお店を開くつもりでいたが、都内でなかなか良い物件がなく、たまたま富山に帰って友達とキャッチボールをしていたら、「キャッチボールができる田舎はいいなあ…」と気づき、富山でお店を開くことにしたそうだ。
なんともほのぼのといい話じゃないか。そんな雰囲気の話も聞けるのが、この店のいいところだ。
オープンは2010年で、富山の人に日本酒のバラエティーを紹介するとともに、日本酒業界にも貢献したいと願い、日本のお酒をテーマにして始めたとのこと。 あくまでもワインと日本酒メイン(地ビールやほかの酒もあるが)のバーなので、食事やおつまみのメニューはなく、その日によってマスターが、創意工夫の酒のアテを出してくれる。
ただ、この店に何度となく行くきっかけになったのは、初めて入ったときに食べたキッシュの味だった。居酒屋好きなくせに、なぜかここに来ると「帰ってきたよー」という雰囲気になり、「おやすみー」といって帰れる。気が置けない、いい店を見つけたもんだ。
ところで初入店時、結局モデルのKIKIさんはお店に現れなかった。残念。
今夜の酒とアテ
曙(あけぼの) 純米原酒 / キキキッシュ
酒は越中富山の「曙」の純米原酒。アテはマスター手作りのキッシュ(アテはその時々で変わる)。
カーブ・ド・キキ
富山県富山市桜町2-1-10 山本ビル 2F
TEL:076-471-6333
営業時間:20:00~2:00
定休日:日曜日、祝日(金曜日の遅い時間は混雑する。平日がおすすめ)
今年のゴールデンウィークは立山へ
最後に山の話も。今年のゴールデンウィークは立山だった。雄山と龍王岳に登頂。稜線の雪は少なめだったが、やはり11月の初雪のころとは違い雪の全体量は多かった。
さらに、近年最大級という雪の大谷も歩くことができ、泊まらせてもらった天狗平山荘の山小屋とは思えない小洒落た食事も味わい、春の室堂、立山を楽しんだ。
雪の室堂、立山を楽しむとしたら一般的には11月の初冬か4~5月の残雪しかないが、天候が11月よりは安定している春が好きだ。それは、悪天率が高い11月だと、富山からの黒部立山アルペンルートのアクセスが閉ざされることが多く、計画はどうしても信濃大町ルートでの入下山になってしまうから。つまり、大好きな富山を経由できなくなるからだ。
今回は、感染症が小康状態のひさしぶりの富山の町で、通常営業に戻ったキキに立ち寄った。この上ない幸せを感じられた山行きとなったのだ。
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