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大いなる山 Mt.デナリ・カシンリッジへの挑戦 高度順応編|#4

北米大陸最高峰、デナリ(標高6,190m)。7大陸最高峰のひとつに数えられ、その難易度はエベレスト登山より高いという声もある。
高所登山としての難しさだけでなく、自身による荷揚げ(ポーター不在)、トレイルヘッドからの比高の高さ、北極圏に近い環境など、複合的要素が絡み、登頂成功率(※2023年度)は30%前後。
そんなデナリへ初めて挑んだ、山岳ガイドの山行を振り返る。

\ #3はこちら /

大いなる山 Mt.デナリ・カシンリッジへの挑戦 氷河生活編|#3

大いなる山 Mt.デナリ・カシンリッジへの挑戦 氷河生活編|#3

2024年10月15日

Day2 スキーヒル・C1~C2

7時に起きて外のようすを伺うと、小雪が舞っていた。ガスで遠くまで見通すことはできないが、視界が閉ざされるほどではない。温かいソーメンを食べてゆっくり10時に出発する。今日の目的地はC2(2,900m)を飛ばしてC3(3,400m)まで。

すぐ目の前にあるスキーヒルと呼ばれる斜面に取付く。昨日は平坦に近い緩やかな氷河であったが、ここからは傾斜が増す。文字どおりスキーで滑ったら気持ちよさそうな斜面であるが、登山者にとってはきつい登りで、引きずっているソリが何倍も重く感じられる。

喘ぎながら登っていくと、次第に天候は悪化し始めて雪も強まり、周囲がガスに覆われ始めた。

先行者のトレースが消えていくので、およそ50m間隔に刺されたたワンド(竹竿)を目当てに進む。時間が経つにつれ雪とガスで次のワンドを見つけるのが難しくなってきた。ソリが軽くなったことで傾斜が緩んだことを知り、C2近くまで来ていることがわかった。スキーヒルを登り切ったところで吹雪の様相となった。

C2付近は平坦で、幅数キロもある氷河。そのため先が見とおせないとどちらにいってよいまったくわからなくなる。先行していたフランスパーティに追いつくと彼らも迷っているらしく、「あなたたちについていっていい?」なんて頼られる始末。なんとか進もうと試みるもクレバスが怖いので、この日はここで泊まることとした。

夕方まで風雪が強かったが、夜には落ち着いた。気温は思いのほか低くなく温かく感じる。予報によれば明日の天候は朝には晴れ間が見えそうとのこと。

天気予報はインリーチという通信機能をもったGPSを使った。簡単な天気予報を受信できるし、詳細な予報は日本の家族からショートメッセージで確認できる。非常時にはボタンひとつで救助要請までできる優れものだ。デナリ登山では同様の通信機器の携帯義務がある。

明日は朝から回復傾向。できれば見とおしの効くなかで歩きたいものだ。

 

デナリでのテント内のようす
▲テントでいかに快適にすごすかも大事。

Day3 ホワイトアウト・C2~C3

朝、4:30に起きると、依然吹雪いていたので出発を遅らせる。1時間後にもう一度外を伺うとガスが晴れ、わずかに青空が覗いていた。予報どおり回復に向かっていると踏んで出発する。

歩き始めると先ほど見えていた空はガスに覆われ、昨日の到着時と変らない状態に戻ってしまった。やむなく、コンパスとGPSを頼りに進む。これが極めて困難だった。

足元は白い雪原。周囲も吹雪いて視界なし。つまり360度、上も下も真っ白け。人が真っすぐ進むには、景色やなにかしらの目標物がなくてはならない。一直線に進んでいるつもりでも次第に左右どちらかにずれていく。雪山で同じ場所に一周して戻ってしまうリングワンデリングという現象があるが、注意していても本当に陥ってしまうものなのだ。おそらくひとりでは10mであっても曲がらずに進むことはできないと感じた。

それを防ぐために3人1列、一直線になって最後尾の者がコンパスを見て方向を確認する。列が曲がっていたら修正して進む。曲がっては直しを繰り返し、結果的には蛇行するように進んでいく。後ろのパーティが晴れているときに見たら、なぜ真っすぐ進まないのか訝しむはずである。

カヒルトナコーナー

蛇がのたうつようなトレースを刻みながらジワジワと進んでいく。30㎝ほどの新雪をラッセルしていく。ロープを繋いでソリを引いているので先頭を交代することはできない。幸運なことに今日のトップは私の番だった。

ときどき不意に現れる目印のワンドを見つけると安心するが、またしばらく出合わなかったりする。

カヒルトナコーナーと呼ばれる氷河の屈曲点を曲がると、緩やかだった坂は傾斜を増す。ガスのなかから人の声がすると思ったら、ふたりのスキーヤーが滑り降りてきた。彼らも道を探りながらようやく下ってきたようだ。

しばらく登ると左側に岩壁が現われた。岩場があると真っ白な世界から開放されて周囲の地形がわかる。真っ白な空中遊泳にも似た世界から一転、少しでも景色があると大地にしっかり立っている感覚が瞬時に戻るから不思議だ。

さらに行くとガスが切れ始めた。トレースのない美しい雪面に自分たちだけの足跡を刻んで進むのは心地よい。やはり人のトレースを盲目的に追うよりも遥かに尊く雪山の本来の充足感が得られるものだ。

 

ソリを引いてのラッセル
▲ガスが晴れ始めた!

C3までひと登りとなったところで後ろから20人ほどのガイドパーティが追いついてきた。そして軽やかに追い越していく。

我々のつけたトレースをたどって難なくここまできたのだろう。それは良しとして、日本であれば「ラッセルありがとうございます!」なんて声が掛かるところだが、そんな素振りは微塵もない。これも文化の違いか?

ガイドパーティは高度順応もばっちり、荷揚げも済ませてあるようで荷物も少ない。そもそも各キャンプにあらかじめテントも常設されてあるようで、快適なようすである。お金を払えば楽をできるのはどこに行っても同じ。「敢えての苦労を、好んでするのが登山」であるとしたら、より純度の高い登山をしているのは我々のほうだと、なんとか気持ちを落ち着けるのが精いっぱいである。

 

▲追い越していくガイドパーティ。

歯を食いしばって重いソリを引き、C3にヨロヨロとたどり着いた。氷河上の台地にある広々とした眺めの良い場所で、アラスカ第二の高峰・Mt.Foraker(フォーレイカー、5,030m)が遥か高みから覗いている。

 

Mt.フォーレイカー
▲左奥のピラミダルなピークがMt.フォーレイカー。

端のほうの快適な場所にテントを張り、いつまでも眺めていられる遥かな山並みを心行くまで堪能する。雄大でスケールの大きな山並みはいつまでも見飽きることがない。それに反して背後に立ちはだかる難所・モーターサイクルヒルには、努めて眼を向けないようにするのであった。

 

モーターサイクルヒルを登る登山者
▲蟻の行列のごとくモーターサイクルヒルを登る登山者。

Day4

C3(3,400ⅿ)は広い台地で太陽の降り注ぐ心地のいい場所だ。朝起きると全員疲労で身体を起こすことができず、この日は順応も兼ねて休養することにする。長いデナリ登山では順応や荷揚げ、休養の仕方によって登頂の成否が分かれる。

重荷を背負い満載のソリを3日間引いてきた身体は既に悲鳴をあげている。気温はマイナスだが日差しが強く、外で昼寝していると暑いくらいだ。

 

▲昼はお好み焼きを食べた。
▲心地よい午睡のひととき。

周囲のパーティを観察していると、午前9時くらいにテントから外に出だして、11時くらいに歩き始めたりしている。陽の沈まないここでは、気温の低い朝はテントの中で休み、気温が上がり始めてから行動するのがセオリーのようだ。

早出早着の日本の登山スタイルがしみついているが、そもそも白夜のため、真っ暗にはならないのでいくら遅く到着しようが問題ないのである。登山スタイル自体もデナリに順応していく必要がありそうだ。

懸垂氷河
▲いつ崩れるかわからない懸垂氷河(キャンプ地は安全)。

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PROFILE

佐藤勇介

PEAKS / 山岳ガイド

佐藤勇介

1979年生まれ。山岳ガイドとして、ハイキングからアルパインクライミングまで四季を通じて幅広く日本中の山々を案内している。プライベートでは長期縦走、フリークライミング、ルート開拓に熱をあげ、ガイド業の傍ら東京・昭島市でボルダリングジム「カメロパルダリス」を経営。日本山岳ガイド協会・山岳ガイドステージⅡ。

佐藤勇介の記事一覧

1979年生まれ。山岳ガイドとして、ハイキングからアルパインクライミングまで四季を通じて幅広く日本中の山々を案内している。プライベートでは長期縦走、フリークライミング、ルート開拓に熱をあげ、ガイド業の傍ら東京・昭島市でボルダリングジム「カメロパルダリス」を経営。日本山岳ガイド協会・山岳ガイドステージⅡ。

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