大いなる山 Mt.デナリ・カシンリッジへの挑戦 メディカルキャンプ編|#5
佐藤勇介
- 2024年12月04日
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北米大陸最高峰、デナリ(標高6,190m)。7大陸最高峰のひとつに数えられ、その難易度はエベレスト登山より高いという声もある。
高所登山としての難しさだけでなく、自身による荷揚げ(ポーター不在)、トレイルヘッドからの比高の高さ、北極圏に近い環境など、複合的要素が絡み、登頂成功率(※2023年度)は30%前後。
そんなデナリへ初めて挑んだ、山岳ガイドの山行を振り返る。
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Day 5 モーターサイクルヒル・C3~C4
テントを撤収し、目の前に立ちはだかるモーターサイクルヒルを登る。
帰りのぶんの燃料・食糧は穴を掘ってデポすると荷物はわずかながらに軽くなったが、依然として45kgはある。バックパックは肩に食い込み、ソリはつねに坂の下へ引きずり落とそうとしてくる。
「モーターサイクルヒル」の名のとおり、「オートバイに引っ張ってほしい!」と心から願いながら坂を登る。標高も上がり、富士山でいえば山頂に近い。たびたび足を止めて息を整えないと、酸欠で倒れてしまいそうになる。
パワーのある井出に引きずられるようにして進む。
今回のリーダーでもある井出光俊は、デナリ挑戦4回目の変態だ。1回目は悪天で失敗、2回目にノーマルルートから登頂。3回目はバリエーションであるウエストリブに挑み敗退。今回に至る。ポーターに頼らず自らの力で登頂を目指す、デナリのエクスペディションに憑りつかれている。
私と同じ山岳ガイドで、かれこれ15年以上の付き合いになる。長期の雪山山行などで苦楽をともにした、いわゆる腐れ縁の仲である。
性格は豪快。山での食事にこだわりがあって、実際、料理もうまい。私とは正反対の人間である。
よろよろと坂を登り切って休んでいると、現地の女性ガイドが颯爽と現われて「調子はどう?」みたいなあいさつをしてきたので、「ベリーグッド!」と強がってみせた。現地ガイドは女性も多いが、体格はしっかりとしていて、平均的な日本人男性よりもパワーもありそうな感じである。
難所はすぎたと思いきや、次にスクウォールヒルと呼ばれる坂が現れる。こちらはモーターサイクルヒルほど長くはないが、坂を斜めに登っていくのでソリが進行方向に反して下方に引かれ、バランスを取りながら進むのが難しい。しかも最後の10mほどはかなり急で、ダブルアックスでソリを無理やり引き上げる酸欠必至のムーブを強いられるのである。もはや笑いしか起きない。
ウィンディーコーナー
スクウォールヒルを登りきると広いプラトー(台地)に飛び出す。強い風が吹き抜けて、雪面は凍り付き、ソリもよく滑る。ソリの恩恵をひさびさに感じながら進んでいく。
斜度は次第に増していき、登り切ったコルがウィンディーコーナーと呼ばれる場所。地形的に常に烈風が吹き抜ける難所のひとつである。
幸いこの日は風が弱く、休憩することもできた。
ウィンディーコーナーからは山腹をトラバースしていくが、下方に流れるソリに体はねじれ、苦しい体勢で進まねばならない。
クレバス帯を縫うように進むと、C4が近づいてきた。付近はデポ地となっているようで、多くの目印のワンドが雪面にいくつも立っている。多くのパーティーが荷揚げと順応を兼ねてここまで来て、再びC3へ戻るようだ。
我々のモットーは「気合と根性」なので、そのままC4へと突き進む。
緩やかな斜面だが、標高も4,200mをすでに越え、さらに酸素が薄くなっていく。
疲労も相まって、気力だけで足をとにかく前に進めていく。近いはずのキャンプはまったく近づく気配がない。エジプトのピラミッド建設で石を運ばされていた奴隷の気分を嫌というほど味わいながら進む。強制労働であれば主人を恨むべきだろうが、ここでは恨むべきは自分自身であることに気づく。
C4・メディカルキャンプ
C4(4,330m)に着くと、しばらく放心して動くことができなかった。その間に井出がいいテン場を見つけてきてくれたので移動するが、空荷でも息が上がって苦しい。靴を脱ぐことさえ呼吸が弾んでしまう。果たしてまともに動けるくらいに順応するのだろうかと不安になる。
夕食を食べると少し落ち着き、パルスオキシメーターでSPO2(血中酸素濃度)を計ると数値は91。まずまずのようで、安心する。
100を超えるテントが並ぶC4はメディカルキャンプと呼ばれ、国立公園のレンジャーが待機して救助や救護を行なっている。天気予報も掲示される。
頂上アタックへの前線基地と呼べる場所で、ここから先は最低3日の好天を待って頂上を往復するのがノーマルルート(ウエストバットレス)の通例である。
三方を急峻な氷壁に囲まれた場所で、スケールこそ違えど地形的には涸沢カールに似ていた。
開けた南側の一方へ目を移すと、Mt.フォーレイカーがどっしりと雲の上にたたずんでいる。
DAY 6 メディカルキャンプ停滞
翌朝はゆっくり起きるが、全員そろって疲労感がすさまじい。通常10日ほどかけて到達する場所に6日で来たのだから当然ともいえる。即刻、今日は休養日とすることに決定。睡眠時は呼吸が少なくなるためか、SPO2は81に下がっていた。
テントでは「食べて、寝る」を繰り返すが、大量の水づくりも大事な仕事。高山病予防のために、とにかくたくさん水分を摂る必要がある。休養日といっても、やることがたくさんある。
ひたすら食べては寝て、回復に努める。今回の食糧はさまざまなものを持参したが、特筆すべきは宇井の持ち込んだ食材である。
宇井太雄は中国で生まれて中学生のときに日本に移住。その後帰化し、日本国籍を取得した男だ。同じく山岳ガイドである。今回は食当担当であるが、親戚が中国で乾物屋を営んでいるため、おいしい謎の中国産海産物を豊富に持参している。
イカの乾物はその代表格で、バターで焼くと箸が止まらなくなる。ほかにもエビや貝、シラスなど、山にいながら海の幸を堪能することができた。
高度障害でややふらついてはいるが食欲は旺盛なので、まだ心配はなさそうだ。「高所でも食べられているうちは大丈夫」とだれかが言っていたような気もする。
今後の予定は、ウエストバットレスを登り、ノーマルルートの最終キャンプであるハイキャンプ(5,240m)へ行き、食糧と燃料をデポする。高度順応を兼ねて1泊し、山頂は往復せずにメディカルキャンプに戻る。カシンリッジから山頂に立った後の下山ルートはウエストバットレスなので、下降路の下見も兼ねている。
そしてメディカルキャンプにて、カシンリッジに向けての休養と天候待ちを行なう作戦である。この先は天候が悪ければまったく動くことのできない領域。まさに運を天に任せるしかない。
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PROFILE
1979年生まれ。山岳ガイドとして、ハイキングからアルパインクライミングまで四季を通じて幅広く日本中の山々を案内している。プライベートでは長期縦走、フリークライミング、ルート開拓に熱をあげ、ガイド業の傍ら東京・昭島市でボルダリングジム「カメロパルダリス」を経営。日本山岳ガイド協会・山岳ガイドステージⅡ。