前衛峰タナプー、そこから見えた景色が突きつけた現実 【日本山岳会ヒマラヤキャンプ登山隊2023撮影記】#08
石川貴大
- 2024年11月29日
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2回目のサミットプッシュ。挑戦の終わりが見え隠れする。
編集◉PEAKS
文・写真◉石川貴大
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もう一度、頂を目指して
2回目のトライのためにハイキャンプに上がったのは遠征30日目となる10月30日。この日の夕方に雪が降りだし、日が暮れるまで4時間ほど降り続いた。上部の雪の状態が心配になったが、きっと大丈夫だと信じ、夕食を早めに済ませ就寝した。
日をまたぎ午前1時に起床、眠気を振り払いながら軽い朝食を摂り、テントを出る。外はまだ暗いが、この日は月が出ていた。氷河の白い雪が照らされてヘッドランプなしでも歩くことができそうなくらいだった。氷河はサキさんを先頭に金子君、石川と続いた。前回ルート工作をした雪壁の基部に着くころ、ようやく空が白んできた。暗闇のなか、冷たい風を受けながら歩いてきたので太陽が待ち遠しく感じた。
基部からはクライミングが始まる。まずは数日前にフィックスしたロープを石川が先頭で登る。3人が登りきると、今度は2ピッチ目をサキさんがリードで登っていく。ここからは未知の世界だ。良い支点が取れないなか、アックスやスノーバーをうまく使ってルートを延ばしていった。2ピッチ目を終えると少し傾斜が緩くなり、雪の尾根が現れたので、まずは金子君のリードで先へ進んでもらった。しばらくして、傾斜や雪質の状態から判断し、「コンテ」と呼ばれる同時登攀に切り替えた。念のため、30mほどの間隔でスノーバーによる支点を作りながら進んでいく。この尾根は300mほどはずっと登りだ。足跡のない雪の斜面は踏んで固めてを繰り返すことで前に進んでいく。日本ではあっという間の距離も、6,000m近い標高になるとなかなか進まない。雪を踏み固める度に酸素が消費されているようだった。
消耗していく体力と時間
前衛峰タナプーのピークが近づいてきてはいたが、暗闇のなかスタートしたにもかかわらず時間は11時に迫っていた。シャルプーⅥ峰に到達するために想定していたタナプーの通過のリミットは11時。このペースでは恐らく間に合わない。しかし、もう少しでピークと思われる場所に抜けられるのは確かだ。戻るタイミングだけ見誤らないよう上へ上へ登っていく。
最後の抜け口は金子君が先頭になった。抜け口は傾斜がきつくなり崩れやすい雪を一歩一歩踏み固めながら進んでいく。金子君がここぞの馬力を出して抜け口まで登りきった。だが、金子君から「ピークに抜けたよ」の言葉はない。しばらくして、支点を作ったという合図が出てサキさんと石川も追いつく。
パッと景色が広がった。だが、そこに前衛峰タナプーのピークはなかった。そこはピークではなくピークへと続く稜線の肩だった。いわゆるニセピークというやつだ。そして、そこにはこれまで登ってきたところよりもずっと細く、自分たちの肩幅ほどしかないリッジが続いている。時間はすでにリミットを超えていた。シャルプーⅥの山頂が見えていたが、タナプーにすら到達していないこの状況で、その日のうちには到底たどり着けないないと感じてしまった。
戻ることを考えて
タナプーの肩で話し合いをした。意見はみんな同じで、この日のサミットプッシュでは確実に山頂に届かないという判断だ。タナプーさえ越えれば可能性があると思っていた期待はみごとに裏切られてしまった。近いと思っていたものが近くなかったときの気持ちへの影響は大きい。私たちの見立てが甘かったことを痛感させられた。
ここからは頭を下山に切り替えなければならなかった。登山は登ることよりも降りることのほうが難しいとはよくいうが、まさにそのとおりだ。私たちが登ってきた斜面は、ロープの確保なしで降りるには傾斜が強すぎた。そうなると懸垂下降という技術が必要になる。それには強固な支点が必要だ。だが周りには支点となる岩も氷もなかった。いろいろな方法を考えたが、やはり強固な支点がほしい。そこで、足元の雪を1mほど掘り進める。すると硬い層にぶち当たり、氷を見つけることができたのだ。氷があればそれに穴を開けて支点をつくれるので、下降が可能になる。大変ではあるが掘れば氷があることもわかったので、安全な傾斜になるまでは雪を掘って氷を探し当ててて支点をつくり、懸垂下降を繰り返した。
60mロープめいっぱいの懸垂下降を3回繰り返し、ようやく自力でクライムダウンできる傾斜になった。雪壁の上部までくると、再び懸垂下降で基部へと降りた。このときにフィックスロープの回収も行なったが、それは、次はもうないと3人が感じていたからだ。
氷河を抜けてハイキャンプまで戻るころには日が暮れていた。2回目のサミットプッシュも失敗に終わった。安全圏に戻り安堵感を感じつつも、またダメだったのかという気持ちが沸々と湧き上がる。花谷さんのいない3人でのトライは力不足を痛感させられるものだった。チーム内にも遠征の終わりを感じさせる空気が流れていた。ただ、ここでは判断は下さずに、ひとまずテントに戻り、束の間の休息をとることになった。
ヒマラヤ登山は簡単ではない。そう思い知らされた1日になった。
もう一度
翌朝、起床すると、どことなくみんなすっきりとした顔をしていた。昨日、もう遠征は終わったと感じさせる空気が漂っていたにもかかわらずだ。
これからどうするかみんなで意見を出し合った。すると、3人とも同じ意見が出た。ハイキャンプをさらに高い氷河上に設置すれば、山頂を目指せるのではないかということ、そして、日程的に3回目の挑戦はまだできるのではないかということだ。みんなで山頂を踏みたいという気持ちは、まだだれしもが切れていなかったのだ。もう1度山頂を目指そう、それがチームの結論になった。
次回は、ついにこの遠征最後となる3回目のサミットプッシュ。
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