北アルプス7軒の山小屋が集合!|山と山小屋の未来を見据えて、座談会を開催しました
ランドネ 編集部
- 2023年01月27日
白馬、穂高、燕、横尾、常念、槍、槍平。北アルプスの7軒の山小屋の若手オーナーが、2022年の年度末、家族とともに集まりました。普段から情報交換はあるものの、多忙な皆さんにとって、ゆっくり顔を合わせて話すことは貴重な機会。今回は、穂高岳山荘の3代目をつとめる今田恵さんを中心に、2022年のシーズンを振り返りながら、近況や課題、未来に向けての思いを語り合いました。
取材日:2022年12月11日
北アルプスの未来を担う若手オーナーが一堂に
今田恵さん(穂高岳山荘)
穂高岳山荘の3代目。5歳から山に登り、2011年の秋に代表を引き継ぐ。2013年の第一子出産後からは、山麓の飛騨の事務所を拠点に。
今田公基さん(穂高岳山荘)
恵さんと大学で出会う。婚約のご挨拶が初めての山登りとなり、2013年に東京から飛騨へ引越し、穂高岳山荘で働き始める。
山田耕太郎さん、真意子さん(横尾山荘)
横尾山荘の4代目。カナダでアウトドアストアに勤めた後、東京でのホテル勤務を経て、2016年秋から山へ入る。父の直さんと、2022年春に入籍した妻の真意子さんとともに働く。
穂苅大輔さん、晶子さん(槍ヶ岳山荘)
槍ヶ岳山荘グループの4代目。東京で通信事業会社に勤め、そのころに晶子さんと出会う。2017年から松本に戻り、2020年からは代表を引き継ぐ。
沖田拓未さん、麻里恵さん(槍平小屋)
槍平小屋の4代目。作業療法士を経て、2014年から槍ヶ岳山荘で4年間働いた後、2018年から槍平小屋に。妻の麻里恵さんは来シーズン、娘さんとの初槍平行きを検討中。
松沢英志郎さん、芙美さん(白馬山荘)
白馬山荘グループの5代目。東京でFAセンサ機器開発販売会社に勤めたのち、2022年7月に長野へ戻ってきたばかり。姉の芙美さんは、山小屋の課題である物流事業に携わる。
山田雄太さん(常念小屋)
常念小屋の4代目。幼いころから山小屋が好きで、高校を卒業してすぐ山小屋の道へ。4年間、涸沢ヒュッテで働いた後、2022年より常念小屋へ。
赤沼大輝さん(燕山荘)
燕山荘の4代目。東京でシステム営業会社を経て、2022年6月に山小屋へ戻り、まだ慣れない山の生活に試行錯誤中。
北アルプス 山と山小屋の未来に向けて
今田恵さん(穂高岳山荘):2022年のシーズン、小屋締めもお疲れ様でした。ご家族揃ってお集まりいただき、ありがとうございます。コロナ感染拡大の前後で、山小屋の運営の仕方は大きく変わりました。経営の世代交代も始まり、若手の皆さんも試行錯誤しながら、この先を見据えていらっしゃると思います。今回は、それぞれが考えてらっしゃることを共有しながら、これからさまざまな課題にともに取り組んでいくきっかけを作れたらと思っています。
まずは私がいま感じていることからお話ししますね。山小屋はこれまで、定員があってなかったような部分があり、お客さまがいらっしゃるだけ入っていただいていました。でもいまは、定員を決めて予約をとっています。以前からそのほうが時代にフィットすると思っていたので、おおむねよかったなと思っています。
今田公基さん(穂高岳山荘):私が山小屋に入ったころは、ちょうど山ガールブームの後期。一枚の布団に何人も入っていただくようなこともありました。でもいまは、一人ひとりのお客さまを大切にするようになっています。一般の旅館やホテルでは当たり前とされているような受け入れ体制をとることが、山小屋という特殊な環境や従来の小屋運営の意識のなかで、むずかしい部分もありました。でも、コロナの影響や経営者の世代が変わることで、ちょっとずつ変わってきています。
今田恵さん:このかたちがお客さまにとっても、経営側にとってもよいオペレーションになり、いい形で運営をしていけたらと思っています。
一方で、山での危険は、時代が変わっても変わらないものです。うちは来年で100周年。創業時に比べると登山の装備はよくなっていますが、やっぱり事故は起きます。リスクを防ぐために、山小屋ができることをすることは、これからも大事だと感じています。
山田耕太郎さん(横尾山荘):どれだけ技術進化のスピードが速くなっても、人の身体能力はたいして変わらないですよね。むしろ気象条件は、以前に比べてより厳しくなっている状況があります。それなのに最近は、YouTubeなどのSNSでの視覚的情報が簡単に手に入るので、十分な準備と心構えがないまま山に入ってしまう方がいらっしゃいます。山での死亡件数は減っていますが、道迷いや疲労による行動不能など、無事救助で大きく報道されない遭難事故は増えてるんですよね。登山者の高齢化の影響もありますが、どう対策していくかは課題です。
山田真意子さん(横尾山荘):私たちの働く横尾はちょうど観光利用と登山利用の境になる場所です。上高地は登山客の方のみならず観光の方もたくさん来られる場所で、それはとても魅力的であると思います。ただ、観光の延長で山岳地帯に足を踏み入れてしまうと危険に繋がります。ほとんどの方はフィールドに応じたルールやマナーを守っていらっしゃいますが、北アルプスがどういう場所なのかを理解して来ていただける環境があれば、利用するすべての人がより気持ちよく過ごせるのにな、と思っています。
山田耕太郎さん:宿泊の収容人数については、オーバーツーリズムの問題がある一方で、山小屋の限られた営業期間のなかで、どう収益を確保するか、という問題があります。冬季閉めている山小屋の場合、営業期間はグリーンシーズンの6ヶ月弱ですが、利用者が多くなるのは繁忙期の2ヶ月〜2ヶ月半のみです。山小屋は、登山道の修復やトイレの整備なども担っていますが、施設の経営が危うくなればその活動継続も難しくなり、登山をする環境を整えきれなくなります。いま登山地図に載っている道が廃道になってしまうなんてことが現実になってしまうかもしれません。
今田恵さん:宿泊数が単純に減っていくと、続けてはいけないですよね。そうなると、宿泊単価を上げざるを得ない。コロナ後のもうひとつの可能性としては、ぎゅうぎゅうでもいいから安く泊まりたいという方も受け入れられたらいいのではないか、と思っています。若い方たちにも山小屋泊を経験してもらいたいですしね。
穂苅大輔さん(槍ヶ岳山荘):うちの槍ヶ岳山荘グループには山小屋が5軒ありまして、今年はコロナ前と比べて宿泊数は7割、売上は10割を目標にしました。目標を達成することは出来ませんでしたが、宿泊料金を値上げしたこともあって、一昨年や昨年に比べてコロナ前に近づくことができました。一方で、値上げするだけではお客さまに申し訳ないので、いいチャンスと捉え、付加価値の作り方を模索しています。一発逆転的な大きなものがあるわけではありませんが、それぞれの従業員の強みを生かしながら、たとえば元パティシエの従業員が手作りプリンを作って販売したり、岳沢小屋では在庫消化も兼ねてスムージーを作ったり。それが人気になり、話題作りの一つになったりしています。ただ山に登るために泊まるだけの場所ではなく、「この小屋に泊まりたい、泊まってよかった」と感じていただけるようにしていきたいですね。
沖田拓未さん(槍平小屋):以前から人気の西穂山荘のラーメン、合戦小屋のスイカだけではなく、コロナ禍のなかで新しい名物が出てきているのがおもしろいですよね。
穂苅大輔さん:はい。それと課題に感じていることは、人材の問題です。新しいことにチャレンジするためにも、100年前からやってきたことを引き継いでいくためにも、人材の確保・育成は一番重要だと感じています。
我々が子どものころに山小屋で働いてくれていた方たちは純粋な“山屋”さんで、多少は厳しい環境でも、ずっと山に居られればいい、というタイプの方が多かったと思います。でもいまの従業員は、他にも好きなことがあり、いろんな選択肢があるなかで山を選んでいる。多様な価値観が集まるからこそ新しいサービスが生まれますが、定着がむずかしい。これから先、さらに厳しくなっていくと思うので、業界全体で人材の確保と育成をしていきたいところです。
沖田拓未さん:以前、富士山の山小屋のオーナーさんたちから話を聞く機会があったのですが、同じ7合目にある小屋でも全く違う文化があるそうです。外の環境はおなじはずなのに、中にいる従業員が積み重ねてきたものが違うからこそ、別の魅力が生まれていく。歴史を紡いでいく人間がとても大切だということですよね。でも現状では、山小屋で働きたい人の数が減ってきてしまっています。槍平小屋でも、今年結局ひとり見つからないまま、シーズンを終えました。
すこし遠回りかもしれませんが、最近では自分も含めて、山で働く一人ひとりが山での生活を楽しむこと、そして伝えることが大切だと考えるようになりました。たとえば、山の名前、地名を考えること。大輔さんから聞いた話ですが、槍ヶ岳の東鎌尾根に「水俣乗越」という地名があり、もともと道標には「みなまたのっこし」と書かれていました。しかし、昔の文献をさかのぼってみると、「みずまたのっこし」が正しい。それで2022年に道標の建て替えの際に記載が変わるという出来事がありました。
いま槍平小屋の近くでどんどん崩れて大きくなっていく沢があるのですが、名前も調べてもなかなか出てこない。名前が無いのなら、その名前を公募でつけたりできたら面白いなぁ、なんて考えています。
昔は、画家の方が小屋に数週間単位で滞在したこともあったようです。宿泊料金を値上げしたなかで、難しいところもありますが、ただ山頂を目指す以外の楽しみ方、価値感を広く提案していきたいですね。
松沢英志郎さん(白馬山荘):今年の夏に事業継承をする覚悟を決めて白馬に戻ってきました。白馬山荘グループには7軒の山小屋がありますが、白馬山荘や白馬大池山荘、白馬鑓温泉小屋などいくつかの山小屋で実際に夏を過ごす中で、改めて山での体験のすばらしさを感じています。もちろん様々な苦労もありますが……(笑)。山には小学生から登っていますが、そのころ見ていた景色と、自分が仕事として携わるようになって見える景色がまったく違う。世の中ではメタバースなどのバーチャル空間に新たな価値が生まれていますが、その一方で雄大な北アルプスなど自然遺産を肌で感じることができる登山などの非日常体験の価値もますます上がっていくのではないかと思っています。そんな自然遺産に携わる事業者側として、先代たちが志をもって続けてきた100年以上の歴史を受け継いでいくことに大きなやりがいを感じています。そしてもっと良くしていくために、今後何ができるのか。皆さんとも協力して、北アルプスを盛り上げていきたいです。
今田恵さん:動画やVRを通して、実際に足を運ばなくても、その場所にいるような感覚を得ることができるようになってきています。でもやっぱりリアルな体験はまったく別もの。実際に体験することの価値が、今後より上がってくると思います。
今田公基さん:たとえパワードスーツを装着して登山をするといった可能性が出てきても、自分の体で登るという体験や、それができる体力があるということは、動物である人間にとって大切であり続けるはずですよね。
沖田拓未さん:山での体験をより実感していただける機会を作っていきたいと思っています。たとえば、山を歩いた後に足裏でテニスボールを踏むという行為をするだけで、どれぐらい張っているかがわかると思うんです。登山を通して、意識的に自分の体と向き合う機会を持ち、改めて自分の心身に向き合って愛着を持てたらステキだなと。アルコールで酔うのが早いとか、ポテトチップスの袋が膨らむとか、標高の高さからくる体感を意識化できる仕掛けが増えたらより面白くなるのではと考えています。
松沢英志郎さん:そうですよね。昔よりも登山に求める体験や価値観も多様化していると思いますし、いろいろな楽しみ方を提案していきたいですよね。その一方で、皆さんと同様に山小屋の経営のむずかしさも感じています。北アルプス北部の白馬は、南部に比べてさらに営業期間が短い。白馬鑓温泉小屋は、急峻な雪崩地帯に建っているため毎年建て壊しをする必要がありますが、大工さんなどの人材の確保、ヘリ代の高騰など課題がたくさんあり、2ヶ月間の営業の中での採算性の確保が難しいと感じています。
コロナをきっかけに始まった完全予約制についても過密にならないなど良い面がある一方で、課題もあると思っています。予約が早い段階で埋まってしまいなかなか予約が取れないというお声を実際にお客様からいただきます。それなのに天気予報によっては直前のキャンセルも出てしまうので当日になると空いているということもあります。雨予報でも実際には山小屋からはとてもきれいな雲海や星空を見れる日もあるので難しいところです。
これまで山小屋の経営はクローズな部分も多かったように思いますが、山小屋経営の視点だけでなく国立公園の維持という視点でも適切な情報や実態を発信し、よりオープンにしていくことがこれからさらに大切になると思っています。
山田雄太さん:自分がいま一番気になっているのは、登山道の維持です。4年間の涸沢ヒュッテでの修行で仕込まれたこともあって重要視しているのですが、いざ自分の小屋に戻ってきてみると、従業員に技術の継承がされていない。整備できていない道もありました。
松沢英志郎さん:山小屋も登山道を維持する努力をしてきましたが、人材面や資金面などからむずかしい実態も出てきていますよね。このようなことも登山をするみなさんや地域の方々、山に関わるすべてのみなさんに情報発信をしながら、国立公園の大切な自然や文化を維持していくためにどうしていったらいいか一緒に考えていけるような関わりが持てたらいいなと思っています。誰かがやればいいのではなく、日本の大切な自然資産の一つとしてみんなで守っていきたいです。
山田耕太郎さん:横尾山荘は谷合なので、稜線の小屋と比べると環境としてはそこまで厳しくはないかもしれません。でも、関係者の皆さんに「横尾土建」という別名で呼ばれるぐらい(笑)、安全管理をしっかりとやっています。ここ数年は、雨の降り方が激しくなっていて、崩落が増えました。基本的には横尾〜徳沢間の道をみていますが、槍穂や蝶ヶ岳登山の起点でもあるので、たとえば涸沢でも本谷橋で木が倒れれば、チェーンソーをもって駆けつけることもあります。
片桟道といって、路肩を拡幅するために道の半分だけ板を渡してあるような道がけっこうありますよね。以前は業者さんに頼んで直していたのですが、いまはできる人がいなくなってしまって。横尾はまだ父親が元気なので、入山者が少ないときに、他のスタッフも一緒に教わりながら改修をしています。
大切にしていることは、あくまでも先輩たちが作ってきたレベルを維持して、その道を守り続けていくこと。槍穂高に登山電車を引っ張ってほしいとか、一般の登山者にも工事用の車道を開放してほしいといった声もありますが、それは違う気がします。歩いてやっと着いた横尾で屏風岩を眺めて、ここを進むと涸沢で、その先は穂高に登れるんだとか、地形の変化を感じる価値を知ってもらいたいです。ちゃんと歩ける道は作っていかなきゃいけないんけれど、歩きやすくすることがすべてではないはずです。
今田恵さん:稜線の登山道の場合は、ハシゴや岩があり、機械やお金があっても改修が難しかったり、直せる技術をもつ人がさらに限られる、という問題があります。山域によって詳細は異なりますが、全国どこでも地元の山を守っていけるのかという問題が起きていると思います。これまで山小屋は職人気質で、誰にも言わず自分たちの誇りとして引き受けてきた部分ですが、今後はもうすこし関わる人を広げていきたいですね。
沖田拓未さん:登山道整備に関わってくださる地元の方の高齢化が進んできて、技術が継承されにくくなっています。一般のお客さまをツアーのようなかたちで呼び込むという話もありますが、初めての方でもできる補修場所は、特に北アルプスでは限定されてしまうのも、むずかしいところですよね。
山田耕太郎さん:国立公園という名前をみると、つい税金で維持されてると思ってしまうかもしれませんが、日本の場合はそうではありません。登山道維持の話がまさにそうですが、山小屋を利用してくださる方がたくさんいたから、その収益をもって山岳環境の維持ができていた、という経緯があります。コロナを機に、山小屋が果たしている役割について、目を向けてくれる登山者が増えてきました。北アルプストレイルプログラムなどの活動にも一定の効果を感じています。これからは、インバウンドの登山者の皆さんにもその理解を浸透させていくことが喫緊の課題ですね。
赤沼大輝さん:今年、燕山荘で一番大変だったのは、コロナの感染者が出たことです。7月終わりの最盛期から8月にかけて、ヒュッテ大槍と有明荘でも出たので、売り上げが一番立つ時期に小屋を締めなくてはいけませんでした。
もう一つは、合戦小屋まで荷揚げするケーブルが壊れたこと。チェーンソーでも歯が立たないぐらい丈夫なロープで作られているので、70年の歴史のなかで初めてのことです。やっぱり整備は大事だなと。
新しい取り組みとしては、売店の商品をけっこう増やしました。売り上げは例年比で1.3倍くらいです。いまのところは通販はやらない方針なのですが、今日お集まりの皆さんで、ECサイトをもたれてる方はいらっしゃいますか?
今田恵さん:うちは、コロナの影響での売り上げ減の一部をカバーするために始めました。感染拡大が落ち着いたら、縮小する方向です。
穂苅大輔さん:うちは今後も、山小屋で買えるものとECサイトで買えるものと、うまくすみ分けができればいいかなと思っています。オンラインでは槍ヶ岳ロックグラスが人気なのですが、山で買ってもらうには重いですし(笑)。ブランドやクリエイターさんとのコラボレーションもしています。人気のアイテムを目当てに縦走する、みたいな動きが出てきてもおもしろいですよね。
赤沼大輝さん:うちのスタッフも槍ヶ岳山荘の商品を買ってくるので、すごくいいものなんだろうなと気になってました(笑)。
沖田拓未さん:うちも規模は小さいですけど、細く長く続けていこうかなと思ってます。
槍平小屋のECサイトはオリジナルのコーヒーバッグや、印度カリー子さんとコラボして作ったスパイスふりかけなど、食品系のものがあるのが特徴です。ファンとなってくれた方がリピート購入してくださっているので、その方たちとコミュニケーションがとれるつながりの場という意味合いも強くなってきています。
未来へ向けての期待について
ーこれから先の未来に向けての期待や、力を入れていこうと考えていらっしゃることを教えていただけますか?
山田耕太郎さん:コロナ禍をきっかけに登山を始めた方に、長期にわたって続けてもらうためにも、登山のさまざまな楽しみ方を伝えることが大切だと感じています。頂上からの絶景を写真に撮るだけが登山ではありません。いまは、天気予報で雨マークがつくと、すぐ予約のキャンセルが出ます。でも、雨だからこそ出会える景色もあります。例えば、涸沢への道では、雨の日だけ屏風岩に何本もの滝が現れるんですが、本当に綺麗なんです。歩くのがしんどいときもありますけど、ぱっと見上げるとそのときにしか見られない景色があります。そういうことを初めから自分で発見するのはむずかしいと思うんです。
沖田拓未さん:うちは最近、登山口近くの新穂高温泉の旅館のオーナーさんと話す機会が増えてきていまして。たとえば沢が増水して渡れないようなときに、登山者が山小屋と同じぐらいの金額で当日予約で泊まれる場所を確保できないかと考えていたりします。登山口の観光団体との連携で何か良い取り組みが出来たらと動き出したところです。
また、山小屋が厳しい自然環境のなかで建物自体を維持することに苦慮している様子など、自分たちが試行錯誤する過程も情報として出して、お客さまと共有できないかなと。小説を読むような感覚で、読みものとして、山小屋の歴史や文化を見つめてもらうような機会を作れたらうれしいなと思っています。
赤沼大輝さん:僕は、健康のために登ってきてくださる方が増えたらいいなとは思ってます。登山ルートがそんなに難しくないからいえることかもしれませんが、3人に1人が65歳以上という時代、休日の過ごし方はゲートボールか山登り、というふうにしていけたら(笑)。山の上だと、すれ違うだけでも他の方と挨拶するじゃないですか。あの文化は都会ではなかなかないですよね。
山田雄太さん:街では味わえない体験を、道中の景色でも山小屋の時間でも感じてもらいたいですよね。世の中が便利になりすぎて、人間関係が希薄になっている気がするんです。これからも山小屋は、お客さま同士が仲良くなり、人間関係を広げてもらえる場所を提供していきたいです。何でもかんでも便利にするわけではなく、温かい山の感じをずっとつなげていけたらいいなと思っています。
今田恵さん:雄太さんのお話を伺ってると、常念小屋がますますあったかい山小屋になっていくんだろうなと想像できます。また登りに行きますね(笑)。
赤沼大輝さん:それに、登山人口が増えるほど、国立公園でのレギュレーションも伝わっていくと思うんです。たとえば映画館で静かに見るとか、椅子を蹴らないとか、そんなルールは誰も言わなくても知ってるじゃないですか。山のルールを浸透させるためにも、登山人口を増やしていくことが必要だと思っています。
今田恵さん:私は、山小屋ってひとつの国家みたいなものだと、小さいころから山小屋にいて思っているんです。水もエネルギーも自分たちでまかなうし、廃棄物も何とかしなくてはいけない。すべて自己完結しなくてはいけない場所です。
いま、各地で電力不足の問題が起き、過疎化で老朽化した水道管を交換できない場所が出てくる、といったことが問題になっていますが、山小屋ではそういった問題の向き合い方を学べます。街ではコントロールされてしまっていて意識しないようなライフラインについても、山では自覚的になれます。自然災害もますます増えていくなかで、そういったことを感じて、都会に戻っていただくことを大切にしていきたいです。
未来に向けて、より価値が上がっていくであろう登山や山小屋滞在を、より楽しく安全なものにしていくお手伝いができたらと思います。
穂苅大輔さん:そうなったときに、将来的にも山小屋がずっとそこに存在し、役割を果たし続けていくことが大前提になります。そのためには、自分たちがアップデートしていかないといけません。例えば、近年の局所的な大雨で道を付け替えなければならなくなってしまっている個所が、うちが担当している槍沢のルートにいっぱいあります。天候不順など、これまでなかったようなことに対応するのも我々の役割なので、技術の継承とプラスアルファの工夫が必要です。いまはSNSの情報だけに頼る登山が問題に挙げられていますが、この先、SNSすら見ない人も出てくるかもしれません。そうなってきたら情報の発信の仕方も見直さなければいけません。
松沢英志郎さん:たとえばSNSなどで、初心者の方に山の素晴しさだけでなく、自然の脅威や正しい登山知識などをもっと発信できれば、無茶な登山計画をしてしまう人が減るかもしれないですよね。どうやって準備をしたらいいのか、どういう知識をもって登るともっと楽しく登山ができるのか、SNSを通じて山小屋から届けにいく、というようなことをメディアも含めて、みんなでやっていきたいですね。
穂苅大輔さん:今回集まっているそれぞれの山小屋には、先代たちが一緒に歩んできた、その道何十年の方たちがいます。我々の世代も、いっしょに手を取り合ってもらえるような仲間を作っていくことが、登山の価値を高めていくためには必要ですよね。
※撮影時は、新型コロナ感染症対策を行いながら、マスクを着脱しています
山小屋DATA
白馬山荘
(創業:1906年 標高:2,832m 営業期間:4月末~10月中旬)
燕山荘
(創業:1921年 標高:2,712m 営業期間:4月末~11月末、年末年始)
常念小屋
(創業:1919年 標高:2,450m 営業期間:4月末~11月初旬)
横尾山荘
(創業:1947年 標高:1,620m 営業期間:4月末~11月初旬)
槍ヶ岳山荘
(創業:1926年 標高:3,080m 営業期間:4月末~11月初旬)
槍平小屋
(創業:不明 標高:1,990m 営業期間:7月初旬~10月初旬)
穂高岳山荘
(創業:1924年 標高:2,996m 営業期間:4月末~11月初旬)
お世話になったのは……
白骨温泉 山水観 湯川荘
豊かに暮らせる持続可能な地域づくりを目指す「松本市アルプス山岳郷」で代表理事をつとめる齋藤元紀さんが営む。名物の温泉は、貸し切り露天風呂が3つに内湯と家族風呂がある。湯船はまるで石造りのようだが、実際には木製で、お湯の成分の石灰が長年堆積して層になっているのだそう。白濁したお湯に浸かり、地産の食材がメインの食事をいただくのは至福のひととき。上高地からの登山前後にぴったりのロケーション。
DATA
長野県松本市安曇白骨温泉4196
TEL:0263-93-2226
料金:1泊2食¥22,000 ~
定休日:なし
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PROFILE
ランドネ 編集部
自然と旅をキーワードに、自分らしいアウトドアの楽しみ方をお届けするメディア。登山やキャンプなど外遊びのノウハウやアイテムを紹介し、それらがもたらす魅力を提案する。
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