
イラストレーター/トレイルランナー・佐々木寿江さん|低山トラベラー、偏愛ハイカーに会いに行く

大内征
- 2023年09月26日
低山トラベラーの大内征さんが山好きさんと山を歩く、「偏愛ハイカーに会いに行く」連載がスタート。山の愛し方は人それぞれ、とはいうけれど。十人十色の偏愛ワールドをのぞいてみれば、これからの山の愛し方とその先の未来が見えてくる、かもね。
今回の偏愛さん
イラストレーター/トレイルランナー 佐々木寿江さん
トレイルランの世界に入ってから、知人を描くことをきっかけにプロのイラストレーターとなる。おしゃれな色使いとトレイルランナーへの愛あふれる作品はInstagramで公開中。タカオネでも展示されている。
Instagram @hisae_illustration
絵を描けるランナーから、山を駆けるイラストレーターになっていた件
ざっと遡ること9年前のこと。僕の故郷・仙台の沿岸部で、パラカップというマラソン大会が行なわれた。そのプロジェクトチームに友人がいたこともあって、当日の会場運営を手伝うことになったのだ。山を歩いてばかりの僕にとって、マラソン大会なんて興味津々の未知のワールド。スポーツイベントの舞台裏も覗いてみたかったし、なにより東日本大震災の大きな被害から再始動し始めた彼の地を応援したいという気持ちが大きかった。
僕の役割は、大会を盛り上げてくれる「ゆるキャラ」たちのお世話係である。地域活性といえば日本各地のゆるキャラの存在が注目されていた時代であり、もはや地元のタレントのようなもの。これは大役だ。控え室でことさらオーラを放つのは、宮城県のゆるキャラの代表格「むすび丸」。伊達政宗公の三日月型前立ての兜を着用した〝おにぎり〞だ。その脇を固めるのは「ホヤぼーや」と「ざおうさま」だった。宮城の食、海、山を代表するパーフェクトなフォーメーション。あまりに大物すぎて、失礼は許されない……。
いささか深刻な顔をしていた僕を気遣ってか、優しく声をかけてくれたのが佐々木寿江さんだった。ふだんはロードを走るランナーだった彼女も、僕とおなじく会場運営のために参加していたのだった。仙台出身と伝えて、ちょっと打ち解けてきたなかで知ったのが、おなじ小中学校の後輩だったということ。なんと世間は狭いのだろう!
それ以来、SNSを通じて寿江さんの活動を見ている。気づけばトレイルランニングに転向していて、トレランカルチャーを感じさせるイラスト作品をも手掛ける多彩っぷり。めちゃめちゃ速いうえに、センスがいい。完璧か。




「かなり文系オタクで、ややコミュ障」を変えた、ランニングとの出会い
トレラン×イラスト、というナイスな偏愛ポジションを築きつつある彼女だけれど、もともとは極度なインドア派だったという。部屋ですごすことが大好きで、雑誌や映画、そして音楽などのカルチャーにどっぷりだったのが中学・高校時代。途中からは運動部をやめて美術部に所属したのは、幼少期から好きだった絵を描くことがベースにあってこそ。鑑賞した映画の感想をノートに書き溜めたり、新聞広告の裏面に自分が着たい服をまとった理想のお姫さまを描くことが日課で、そもそも(外の世界や人など)なにかとつながることを求めていなかったという。当時は、ひとりで遊ぶことに没頭していたわけだ。

ところが、自らを文系オタクでコミュ障だったと評する寿江さんが、突如として外に出るきっかけとなったのがランニングである。理由を聞くと「じつは人生いろいろありまして」と苦笑いしながらこう続けた。「部屋こそが居心地のいい自分だけの場所だと思っていたけど、いろいろあって部屋にもいられなくなっちゃって。その当時おろそかにしていた美容と健康のためにもいいだろうと考えて、これまでやったことがなかったし、走ってみようと思ったんです。すると不思議なことに、ひとりで走っている時間にこそ〝自分だけの居場所〞を見い出したというか。走る時間がほんとうに心地よくて、習慣になりました」。なんかわかるぞ、その感じ。人生が動いた瞬間だね。


「ひとりが好き」から、「ひとりが好きな自分をリスペクトしてくれる人が好き」へ
自ら〝ひとりの時間〞を作り出せるのがランニングのいいところ。しかし、関東で注目されつつあったグループランを仙台でもやりたいと思うようになり、ラン仲間に手伝ってもらったことが新しい転機となった。

よくよく話を聞いていると、寿江さんの人生にとって重要な局面には、常に友だちに相談していた形跡がある。グループランに関することも、インスタの使い方も、イラストを仕事にすることへの思いも。とくに、絵を描くことを生業にし続ける難しさに悩んだときは、相談した友だちから大きな自信を授かったのだとか。当時は「なにかとつながることを求めていなかった」といっていた人が、いつしか「人とのつながりから勇気をもらう」側へと変化していたわけだ。これこそ、寿江さんのいまを語るうえでもっとも大切なことだと、僕は受け取った。

ひとりで走ることは、表に飛び出していく〝外向き〞の孤独であるけれど、じつは世界とつながる準備期間のようなもの。だから、仲間に相談することも自然にできたのではないだろうか。なにを隠そう、僕自身もひとりで走っているから、そんなふうに思ったのかな。

ホームマウンテンを仙台から東京・高尾山へ
この夏、仙台のアウトドアショップ「ENstyle(エンスタイル)」が主宰したイベント、ノードアーズに個人出店した寿江さん。僕は残念ながら山にいたため行けなかったけれど、数々の人気ブランドが参加する、じつに楽しいイベントだったと聞いている。そんななかでの個人出店、かなりの反響があったようだ。



そんな寿江さんが取り組んでいる活動が「 EVERYDAY RUNNER(エブリデイランナー)」。トレイルランナーを中心に〝走る人〞を一日一人描くというものだ。仙台から高尾に移り住んだご縁から、現在もタカオネでその作品を見ることができる。とてもいい作風だから、ぜひランドネ読者のみなさんにも見てほしい。

寿江さん自身が、まずオシャレ。それに加えてランもイラストも実力が伴うのだから、それはもう最強である。
そういえば、一番最初に履いたランニングシューズを聞いてみたら、なんとコンバースのオールスターだった。めちゃめちゃ意外だったけれど、サブカルチャーに育てられた彼女が初めて外に走り出す相棒としては、たしかにふさわしいと思うのだ。形からではなく、好きから入ることの尊さよ。そうそう、好きってさ、無敵なんだよね。

低山トラベラー、山旅文筆家
大内征(おおうち・せい)
歴史や文化をたどって日本各地の低山を歩き、ローカルハイクの魅力を探究。NHKラジオ深夜便、LuckyFM茨城放送に出演中。著書に『低山トラベル』など。ライフワークは熊野古道
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