
ターマックはいかに現代ロードバイクのベンチマークとなったか?|竹谷賢二

小俣 雄風太
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現代のロードレースシーンにおいて、スペシャライズド・ターマックの存在感は抜きん出ている。世界選手権、ツール・ド・フランス、モニュメント……圧倒的な実績を伴うこのバイクは、現代ロードバイクのベンチマークと言っていい。
ターマックの現行モデルSL8は、第8世代になる。その歴史は、ヨーロッパのレースシーンで傍流だったアメリカンバイクが本流となっていく変遷そのものだ。
ターマックというバイクが生まれるまで
いかにしてターマックは、現代ロードバイクを代表するモデルになったのか?
この問に答えるのにふさわしい人物がいる。スペシャライズドのアンバサダーであるトライアスリート、竹谷賢二さん。現在こそトライアスロンのスペシャリストとしての印象が強いが、かつてはMTB XCで日本一に輝き、五輪代表にもなった生粋のサイクリスト。スペシャライズドと関わりをもったのが1998年頃というから、バイクの変遷を語れる実走派としてこれ以上の存在はいない。
現在のターマックは第8世代だから、当然それに先行する7台のモデルがある。いやそれだけではない、実はターマックの原型はそれ以前に遡るのだと竹谷さんは言う。
「2000年ごろにS-WORKS E5というレースバイクがありました。E5は軽量タイプでフェスティナがツールを走っていた時にも乗っていたバイクです。M4というエアロタイプのモデルもありましたが、E5がロードバイクとしてターマックに発展していった原型だと思います」
S-WORKS E5は2002年にマリオ・チポッリーニが世界選手権を制したバイクでもある。まだターマックの名前はないが、竹谷さんがこのバイクに今日のターマックのルーツを見ているのには理由がある。
「なんといっても素材ですよね。フレームがアルミで、フロントフォークがカーボン。スローピングしていてコンパクト・軽量に仕上がっていた。今のターマックで言うところのキレと軽さが素材で表現されていました」
その後、2006年に初代ターマックがデビューする。記念すべきターマックSL1だ。しかし……。
「実はその前にアルミとカーボンのハイブリッドモデルがあったんです。上半分がカーボン製でした。カーボンバックではなくてトップチューブがカーボンで、ダウンチューブやシートチューブがアルミでした。その異素材ハイブリッドバイクにあてられた名前がターマックだったと記憶しています」
今日から思えば、いかにも過渡期のエピソードだ。しかし優れたバイクを当時の最新技術で生み出そうという気概と苦心を感じさせもする。そして正式にターマックSL1として発表されたバイクはフォークもフレームもカーボンだった。フルカーボン時代の幕開けを告げたのがターマックだったと考えると、現在のSL8まで連綿とその血統が続いていることになる。
「でもね、ターマックの歴史は葛藤の歴史なんですよ」
そういって竹谷さんは昔日を振り返り始めた。
ターマック歴代モデルは葛藤の歴史
「ターマックの発表とともに、バイクに求められるものとしてE5で触れたキレと軽さに、剛性が加わるようになります。同時に乗り心地、現在はコンプライアンスと呼ばれるものも重視されるようになってきて、剛性と乗り心地のせめぎあいがターマックのモデルチェンジの度にテーマになるわけです。ターマックSL2は硬いバイクでしたしね」
このせめぎあい、実は今日まで続いているという。私たちの記憶に新しいSL7とSL8にも見ることができる。
「SL7は部分的に硬さを感じるバイクでしたが、SL8では全体として硬さとコンプライアンスを両立させる方向に変わりました。SL7ではフロント周りが硬かったのが、SL8では見事に昇華されている。形の変化とそれに伴う質の変化の総量は、以前のモデルチェンジと比べるほど劇的ではありませんが、それでも葛藤の歴史は続いていますね」
その葛藤の歴史に、途中から加わった大きなファクターがある。エアロ(空力性能)だ。これがまたターマックのあり方を変貌させることになる。
「キレ、軽さ、剛性、コンプライアンス(乗り心地)に加えて、エアロが加わってきたのが最近です。全部で5要素ですね。というのも2011年にヴェンジが登場して、エアロを追求した高剛性バイクは一旦そちらに任せたんです。個人的にもトライアスロンでエアロバイクに乗るメリットはあったんですが、どんどん剛性が増してきてしまって。それでSL6のタイミングでターマックに乗ってみたらすごくバランスが良かった。どんなライドにも対応できて自転車が楽しくなるという意味では今のエートスに近い感触があったと思います」

SL6に高い空力性能をスペックインしたSL7は、ベストセラーモデルだったヴェンジを実質的に廃盤に追い込むことになる。現在、スペシャライズドのピュアロードレースマシンはターマックのみがラインナップされている。
高剛性、乗り心地、エアロと世代ごとに重視した要素に振れ幅があるのは、それだけロードバイクの規格が変動した時代によるところも大きい。ターマックが登場した2006年から今日までのおよそ20年で、バイクのあり方はフレーム素材以外にも大きく変化した。油圧ディスクブレーキ、電動コンポ、ケーブルフル内蔵、チューブレス&ワイドタイヤ……。モデルチェンジにおける葛藤の歴史には、外的要因によるところも大きい。

竹谷賢二のターマックSL8評
しかしそれは、その時点で最も速いバイクを作るというスペシャライズドの哲学が形となっているということの裏返しでもある。竹谷さんはターマックSL8をこう評した。
「最先端の技術で、現状考えられる最高のフィフス・エレメント(5要素)を実現しているのがSL8ですね。常にその時代の最先端の技術を取り入れてバイクを作り続けているからこそ、かつては2つの要素だったものが3つ、4つと増え今は5つになったということです。この先も技術の変化に伴って6要素、7要素と増えていくかもしれませんが……」
では振れ幅の大きなモデルチェンジを繰り返してきたターマックというモデルに通底するものはあるのだろうか。同じ名前を関するバイクに連綿と受け継がれている「何か」はあるのか。
「ターマックにおいてバイクの質は変わっているかもしれませんが、基本的なコンセプトは変わっていないと思います。技術によって実現できるものが変わっても、やろうとしていることは変わっていない。『トップレーサーに対して最高のものを提供する』ということです」
トップレーサーのためのバイク。これはターマックに対する短くも的確な形容だろう。それでも、筆者のようなアマチュアライダーが乗ってもターマックSL8は楽しいバイクである。トライアスロンレースに主眼を置きつつも、楽しむためのサイクリングにもよく出かけるという竹谷さんもターマックの楽しさをよく知っている。そしてその本質も。
「速いって楽しいんですよ。たとえレースに出なくとも、速さが具現化されているターマックには楽しさがある。レースをやらないからこの速さは無駄かもしれない。でも無駄だけど速いというのは、自転車の楽しみのひとつです。コーナーリングの速さとか、誰に勝ったとか負けたじゃなくて瞬間の速さを味わえるのは、得難い楽しみですよ」
これはほとんどロードバイクそのものの魅力、と言ってもいい。それに気づかせてくれるターマックSL8というバイクは、極めて本質的なバイクなのかもしれない。

S-Works Tarmac SL8
フレームセット価格:792,000円
完成車価格:1,793,000円(SRAM RED ETAP AXS)、1,793,000円(SHIMANO DURA-ACE DI2)
- BRAND :
- Bicycle Club
- CREDIT :
- 編集:Bicycleclub TEXT:小俣 雄風太 PHOTO:水上 俊介
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