
復興の地に響いたMTBの鼓動 福島県内初のCJ公式戦、地域の力で実現した桧山高原大会

Bicycle Club編集部
- 2025年07月02日
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福島県田村市常葉町の桧山高原で6月28日・29日の2日間、「Coupe du Japon 福島桧山高原大会」が開催された。日本自転車競技連盟(JCF)公認のマウンテンバイク公式戦として福島県内初の開催となり、東日本エリアでも2019年の国際妙高杉野原ステージ(新潟県)以来、実に5年9カ月ぶりの公式戦として大きな注目を集めた。
震災から14年、失われた活力を取り戻す挑戦
会場となった桧山高原は、かつて全国規模のキャンプ大会も行われた福島県内有数の観光地だった。しかし、2011年の東日本大震災以降は来訪者が激減し、地域の活力も失われつつあった。そんな状況を変えたいと立ち上がったのが、地元有志の郡司守洋氏を中心とした実行委員会だった。
「田村市をPRできるイベントはないか」。そんな郡司氏の思いがきっかけとなり、知人を通じてプランナーやプロデューサーが集結。市内を案内する中で、桧山高原の豊かな自然とロケーションに魅了された関係者が「ここなら何かできる」と確信し、マウンテンバイクイベント開催の構想が動き出した。
プロジェクトにはドローンによるプロモーション映像の制作も含まれ、福島県マウンテンバイク協会なども協力。しかし、行政からの支援は得られず、開催は完全に民間主導で進められることになった。
「手弁当で今日までやってきました」と振り返る郡司氏。地元住民の協力を得て重機を使い、約1カ月という短期間でコース整備を完了させた。その結果、自然と完全に調和した本格的なマウンテンバイクコースが誕生した。
90年代MTBを彷彿とさせる本格コース
完成したコースは全長3.7キロ。登り基調のパワーセクションとライン選択が問われるテクニカルセクションが半々という構成で、90年代のMTBレースを彷彿とさせる骨太な仕上がりとなった。風力発電の風車や草原を背景に、コースの大半が見渡せるロケーションは観戦者にも大好評だった。
「最近では珍しい新しいレイアウト」「他にはないユニークな構成」と選手たちからも高い評価を受けたコースは、スキルの差がはっきりと出る設計となっており、真の実力者が勝ち上がる舞台として機能した。
真夏日の熱戦、沢田時が王者の走り
大会は初日にDay1として2時間耐久レース、2日目のDay2にクロスカントリー・オリンピック(XCO)を実施。両日とも30度を超える真夏日となる厳しいコンディションの中、3週間後に全日本選手権を控えた選手たちは、最後の調整機会として真剣勝負を繰り広げた。
男子エリート:沢田時が貫禄の独走優勝
32名がスタートしたXCOでは、沢田時(宇都宮ブリッツェン)が圧巻の走りを披露した。最終周(6LAP)までに6名が残る展開となったが、沢田は持ち前の冷静なレース運びと爆発力のあるアタックで他を圧倒。2位の高橋翔(SPEED of sound)に1分51秒という大差をつけて独走優勝を飾った。
「福島での初開催となった今回のコースは、最近では珍しい新しいレイアウトということもあり、多くの選手が楽しみにしていたと思います。私自身も非常に期待して臨みました」と沢田。「実際に走ってみると、他にはないユニークな構成で、序盤はリズムをつかむのが難しい印象もありましたが、走り応えがあり、とても面白いコースでした」
アジア選手権優勝経験を持つ日本屈指のマウンテンバイクライダーとして、ロードとMTBの二刀流で活躍を続ける沢田。「今回のレースは、全日本選手権前の最後のマウンテンバイクレースという位置づけでもありましたが、良い形で優勝という結果につなげることができ、非常に満足しています。全日本に向けて、良い流れを作ることができたと思います」と手応えを語った。
2位に入った高橋翔は、ロードとMTBを行き来するオールラウンダー。「1カ月間ずっとロードに乗っていて、マウンテンバイクは八幡浜大会以来でした。久々のMTBで、最低限まとめるのが精一杯でしたが、ようやく身体に刺激が戻ってきた感覚があります」と正直な感想を述べた。
今季は2位が続いているという高橋。「今年は2位が本当に多くて、悔しい思いをしています。だからこそ、全日本ではしっかり優勝して、チャンピオンを獲りたいと思っています」と、全日本選手権での悲願の初優勝への強い意欲を燃やした。
3位表彰台には平林安里(TEAM SCOTT TERRA SYSTEM)が入賞。登坂力とテクニカルなセクションでの安定感に定評のある若手実力派は、「今回のコースは初開催ということもあり、最初に受けた印象は斜度のある登りが多く、非常にハードなレイアウトだと感じました。菖蒲谷のコースに似た要素もあり、バイクや身体のコンディションが試されるような構成だったと思います」とコースを分析。
「万全の体制で臨みましたが、全日本選手権に向けてはまだ課題が多く残っていると感じています。今回のレースを通じて見えた改善点をしっかりと詰めて、次戦に向けてさらに仕上げていきたいと思います」と、さらなる成長への決意を示した。
女子エリート:日吉愛華が初優勝
9名が出走した女子エリートでは、日吉愛華(中京大学/Teamまるいち)がエリート登録後初の優勝を飾った。本人は「今日はイマイチ」と謙遜したが、2位の森悠貴(drawer THE CYCLING CLUB)に1分12秒差をつける安定した走りで勝利をものにした。
「エリートカテゴリーで初優勝できて嬉しいです。レース中の感触はあまり良くありませんでしたが、全日本に向けて調子を上げていきたいです」と日吉は喜びを語った。
2位の森悠貴は「非常に暑いコンディションでしたが、自分の持てる力以上を出し切ることができ、満足のいくレースになりました。全日本では少しでも良い順位を目指して準備を進めます」とコメント。
3位には、3LAP目から熱中症の兆候を見せながらも最後まで走り切った竹村舞葉(AX MTB team elite)が入った。「暑さで途中から熱中症のような症状もあり、思うような走りはできませんでしたが、最後まで諦めずに走り切れました。全日本では納得のいく走りができるよう準備していきます」と、厳しいコンディションの中での健闘を振り返った。
各カテゴリーでも熱戦展開
男子ジュニア:メカトラブルを制した田中楓月が優勝
男子ジュニアでは、田中楓月(チームダックスフンド)が優勝を飾った。「今回は遙真選手のメカトラブルもあり、自分が勝つことができました。次回は実力で勝てるよう、さらに力をつけていきたいです」と謙虚にコメント。「コースはとても楽しく、来年もまた出場したいと思っています。地元開催の全日本では、少しでも上位に食い込めるよう準備して臨みます」と意欲を示した。
2位の工藤遙真(NESTO FACTORY RACING)は「序盤は落ち着いて走れましたが、ギアの不調で何度か停止する場面もありました。厳しい状況の中でも、田中選手との差を詰めてフィニッシュできたのは収穫です。全日本に向けて、さらに調整を重ねていきます」とメカトラブルに見舞われながらも前向きに語った。
マスターズ:世界選手権経験者の岡本紘幸が貫禄の勝利
男子マスターズでは、岡本紘幸(NESTO FACTORY RACING)が総合1位で優勝。「5月に出場した世界選手権ではトラブルが多い中で3位という結果でした。その経験を活かし、全日本ではより刺激的な走りをお見せできればと思っています。応援してくださる皆様に感謝しつつ、結果で応えたいです」と世界レベルの経験を積んだ貫禄を見せた。
40代クラスで優勝した斎藤朋寛(AX MTB team)は「今シーズン初レースでしたが、自然に囲まれた素晴らしいコースで楽しく走れました。シングルトラックや厳しい登り、テクニカルなコーナーが多く、懐かしさを感じるレイアウトでした。40代での優勝は自分にとって大きな意味のあるレースになりました」と喜びを表現。
50代クラスの小田島貴弘(maillot SY-Nak)も「アップダウンが多く、ラダーや岩場などテクニカルなセクションがしっかり組み込まれていて、スキルの差が出るコースでした。非常にやりがいがあり、楽しみながら走ることができました」とコースの完成度を称賛した。
女子カテゴリー:幅広い年代が参戦
女子マスターズでは小田島梨絵(AX MTB team)が優勝。「高原の風が心地よく、自然に囲まれた素晴らしい環境で快適に走れました。今シーズンはこのレースで一区切り。秋になったらまたトレイルを楽しみたいです」と桧山高原の魅力を語った。
女子ユースでは小林碧(AX MTB team)が勝利。「登りが多く苦手なレイアウトでしたが、暑さの中でも最後まで走り切れたのは良かったです。全日本に向けて登りの強化をしていきたいと思います」と課題を明確にした。
地域の未来を変える可能性
大会を主導した郡司氏は「ママチャリ程度しか乗らない」と笑いながらも、地域への情熱は誰よりも熱い。「田村市の未来のために、できることを一つずつ」。その言葉には、自転車が地域を動かす力になるという確信が込められていた。
現在、コースの常設化には行政との調整が必要だが、「年間複数回の開催ができれば、理解も得られるはず」と郡司氏は語る。また、宿泊施設の不足という課題に対しては、廃校を活用した簡易宿泊プランも提案したが、現時点では実現に至っていない。
田村市常葉行政局の白岩孝志局長は「福島県内では『ツール・ド・ふくしま』など各地で自転車イベントが開催されていますが、田村市としてはこれまで『あぶくま洞ヒルクライム』(今年は7月26日開催予定)程度で、地域独自の取り組みは限られていました。今回、桧山高原でマウンテンバイクイベントが開催されることを非常に嬉しく思っています」とコメント。
「コースの常設化については、現時点では市として確定していませんが、私個人としてはこのCJ開催を契機に、定期的な大会開催が可能となるよう、市への働きかけを進めていきたいと考えています」と前向きな姿勢を示した。
選手たちからも高評価、継続開催への期待
大会後には、参加した選手たちからも「また来たい」「継続開催を望む」との声が多く寄せられた。特にコースの質の高さについては、「他では味わえない」「チャレンジング」「技術が試される」といった評価が相次いだ。
また、地域の温かいおもてなしや、スタッフの熱意ある運営についても多くの選手が言及。「地域の皆さんの熱意が伝わってきた」「手作り感があって良かった」「また来年も参加したい」など、継続開催への期待を込めたコメントが寄せられた。
新たなMTBカルチャーの誕生へ
CJ福島桧山高原大会は、単なるレースイベントにとどまらず、地域の再生と未来への希望を象徴する大会となった。震災から14年が経過した福島の地で、新たなチャレンジが始まったのだ。
マウンテンバイクというスポーツが持つ、自然との共生や地域コミュニティの結束力を活かした取り組みは、他の地域にとっても大きな示唆を与える。民間主導での企画・運営、地域住民の協力、そして行政との連携という課題を一つ一つクリアしていく過程は、まさに復興への新たな道筋を示している。
今後、桧山高原に新たなMTBカルチャーが根付き、この地から日本のマウンテンバイク界に新しい風が吹くことを期待したい。復興の地に響いたMTBの鼓動は、きっと多くの人々の心に届いたはずだ。
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- CREDIT :
- 編集:相原晴一朗 文と写真:井上和隆
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