一脚の椅子から広がること【革命を起こしたいと君は言う…】
FUNQ
- 2019年03月06日
スチールの限界に挑むケルビム今野真一の手稿
イタリア製の椅子
よく自転車以外の興味は?と聞かれることがある。正直、たくさんありすぎて、なにかひとつをあげるというのは悩ましい。
あえていうなら人間の使う「道具」が好きだ。クルマやモーターサイクルはむろん、家具に食器や楽器など……。
なかでもいい椅子と出会うとつい手が伸びてしまう。
年末に、ヴィンテージ家具屋をのぞいてみたら心躍らされる椅子を発見した。
悩んだ末、もう一度ショップに出向き買ってしまった。
2脚セットだったが予算的にも厳しかったのでムリを言って一脚だけで購入させてもらった。
私の心を動かしたのは、なにより椅子の「脚」だ。どう見てもクロモリバイクのフォークブレードだ。
直径23mmのテーパー管ブレードであることは一瞬で私の心を釘付けにした。
店員さんに聞くところによると50年代のイタリア製という。
私は50年代のイタリア製デスクで図面を引いてるいるので、私のデスクに合う椅子はこれしかない!と思った。
そんなこんなで年末の慌ただしい時期に買ってしまった。
私のこの椅子への執着に、店員さんも「コレなんか凄いんですか?」と少々引き気味だった。
フォークブレードと同じ23mmテーパー管で作られたと思われるヴィンテージの椅子。フォルムの美しさに惹かれた
レイノルズの脚?
私の興味は買っただけでは尽きることがない。
持ち帰るとさっそくバラして細部を調べた。ノギスを片手に椅子をバラしチェックする。
どのネジもマイナスネジで私の美的感覚にもマッチした。われながらネジに感動する自分を苦笑してしまう。
超音波肉厚計を持ち出し、パイプの肉厚を測ってみると、上から下までほぼ同じ肉厚の1.03mmで驚いた。
私が所有するレイノルズ531フォークより若干薄めなのと、テーパー管は製造上肉厚が均一ではなくどうしても細い部分の肉厚がプラスになってしまうのがお約束だ。
しかしこれは、逆に細い部分の方がマイナスだ!
さらに驚いたのは、テーパー管が美しく見えるようにひと手間をかけて、美しく見えるフォルムに加工しているところだった。
これは自転車の歴史的な加工と一緒で、われわれの工法も同じだ。
パイプと座面を接合する部分はアルミダイキャストで製作されている。
試しに、私のコレクションの531のブレードを入れてみた。気持ちいいくらいにピッタリだった。
ちなみに国産の23mmフォークは入らない。
じつはイギリスにかぎらず世界中のオーバル加工の規格は異なっている。
そのためフレーム製作の際には気を付けなければならないポイントとなる(ちなみにネジの規格も厳密には異なる)。
こんな「気付き」も再確認しつつ、刻印してあるロゴを調べてみるとイタリア製でなくフランスのデザインによることも判明した。
ここまで来ると、どこの国でもいい。
50年代当時、レイノルズチューブを多用していたフランスの自転車。ルネ・エルスのことが思い浮かぶ。
この椅子のチューブは英国製で、さらにはレイノルズであり、さらには531なのでは?
そして少なからず自転車職人の息がかかっているのでは?
私の興奮はおさまらず一人50年代のフランスへ想像を膨らませた。
残念なところは、椅子の高さだ。私の机は少々座面が高く、今もこの椅子に座り原稿を書いているがどうもしっくりこない。
椅子の座面と机の高さは適正な距離があるが、私は背が高いのでちょっとくらい距離があってもいいだろうと思っていた。でもしっくりこない。
じつは座高というのは身長ほど変化がない。なぜかといえば体に入っている内臓は、多少、大きさの差こそあれ、ほぼ万国共通の容量だ。
だから身長差は足の長さというファクターがもっとも大きい。
だから、椅子と机の関係は意外に差がない。そんなこともあらためて考えさせられた。
椅子を分解し超音波肉厚計で計測した結果、上から下まで1.03mm。かなり精度の高いチューブであることがわかった
世界にはさまざまな規格が存在する。規格に適したブレードやクラウンを組み合わせなければ、よいフレームは生まれない
顕微鏡の父
顕微鏡の始祖、アント二・ファン・レーウェンフックと画家ヨハネス・フェルメールの関係を研究する福岡伸一という生物学者がいる。
レーウェンフックの記録スケッチは上手を通り越して、芸術の域に達している。
これはじつはフェルメールが描いたのでは?という学説だ。
まさにこの発見は絵画芸術と科学に精通している人でなければ発見できなかっただろう。
別な話では、日本屈指のフレームビルダー梶原利夫は、多岐にわたる幅広い知見でも知られている。
梶原氏は、別の研究をしているときに1730年代に日本人がペダル機構の自転車を発明していたのでは?という資料を発見している。
フランスのミショーより100年以上前の出来事だ。
証明されれば自転車史が塗り替わる大発見だ。どちらも証明されれば大事件だろう。
多角的視点
正月に工房で一人、椅子を分解して興奮している自分には、われながらあきれる。
しかしオーバル規格の再確認や寸法の違いなど少なからず自転車製作のスキルとして役に立ったと思う。
この作業にどのくらいの意味があるのかというと、ムダなことの方が多い気もするが興味の欲求は抑えられない。
しかし意味のない興味の先、稀にとんでもない発想や発見があるのもまた事実だ。
この椅子も自転車に精通していた人間が見たからこそ、ある程度のことが推測できた。
しかし家具の鑑定士の目には止まらなかっただろう。おそらく、この推測に辿り着くには恐ろしい時間を要したはずだ。
われわれ自転車の世界もほかの専門家の意見を大いに聞かなければならない。
ひとつのことを掘り下げて行くのは重要だ。
しかし掘り下げた末のクリエイティブな発見は、その人間の持つ視野の広さや感覚的な発想が決め手となる。
物を見たときの「発見」や「気付き」を養うには、その人の幅広い一見意味のない興味が不可欠なのかもしれない。
アルミダイキャストの接合部。フレームでいうフォーククラウン。この脚のみがピッタリ収まる精度の高さ
Cherubim Master Builder
今野真一
東京・町田にある工房「今野製作所」のマスタービルダー。ハンドメイドの人気ブランド「ケルビム」を率いるカリスマ。北米ハンドメイド自転車ショーなどで数々のグランプリを獲得。人気を不動のものにしている
(出典:『BiCYCLE CLUB 2019年3月号』)
「革命を起こしたいと君は言う……」の記事はコチラから。
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