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物ごとを複雑にする理由【革命を起こしたいと君は言う…】

スチールの限界に挑むケルビム今野真一の手稿

昔の在庫スポークたち

大量のスポークを処分した。知人に声をかけ欲しいなら持って行ってくれとも頼んだが、いっこうに減らず、スペースにも限界があるので破棄する流れとなった。
かけだしのころ、スポークたちにはずいぶんと悩まされた。
当時、組み付けスペースには大きな棚があり、ありとあらゆる種類のスポークが陣取っていた。プレーン、バテッド、太さ、長さ……本当に整理には苦労した。

今では組む機会も減ったが当時、完成車の注文があればホイール組みは必須の作業だった。卸屋さんもスポークの在庫はあまりなく、希望の長さがわかれば業者にオーダーし入荷を待つ。本数は40本単位だ。
効率化を図るためショップで在庫を持つのが一般的だったが在庫はたまる一方だった。
よかれと思い抱えた在庫のはずが、いつの間にかよからぬ方向に向かうこととなる。

知識と経験?

在庫スポークの長さありきでホイールを組む技術を習得してしまうのだ。
それは当然「ごまかし」だ。自前の関数計算式を駆使し、在庫とにらめっこし組み方を編み出す。
しまいには、作業を肯定するために得体のしれない理論が頭のなかをよぎり、それを説明をしたりしてしまう。「右側には力がかかるから左は細いスポークで問題がない」「後輪は強いほうがいいのでプレーンのほうがいい」など。今思いかえすと本当に申し訳ない思いだ。
私もこの方法を先輩に伝授された被害者でもあるので勘弁いただきたい……。

現在は、スポークネジ切り機も使いやすく、卸屋さんも1mm刻みで一本から買えて納期も早い。
当時のような余計な頭を使わず理想の組み方のとおりの長さを、必要な本数仕入れて組むだけだ。シンプルにいい製品を追求できる。
提供する製品がすでにあるのか?これから作るのか?ここに大きな分かれ道があることにも気付かされる。

人間と自転車のバランス。それらを探るには一人ひとりの癖や乗り方を徹底的に調べることが最善であり近道でもある

人と自転車の関係を解き明かす法則は必ず存在する。科学、幾何学やアートな側面からバランスを探っていくことが重要

理想のフレームとは?

こんな質問があれば、私は間違いなく「最も重要な要素は用途や体に合った理想的な寸法、すなわちジオメトリー。そしてそれらに見合った適正な剛性」と答える。そして、それらは「十人十色」と付け加える。
みなさんも想像してみて欲しい。最優先する事柄がほかにあるだろうか。ほんとうにシンプルなのだ。プロ選手やベテランライダーとの関係はさらにシンプルだ。

理論や科学的な見解はもはや意味を持たずデータに彼らは左右されない。
求めるのは「勝てる機材かそうでないか」だけ。そして使えば結果はすぐわかる。
機材を見分ける能力は超一流、私の想像すら超えている。私の理論や考えはむしろ「雑音」にすらなる場合もある。

私は聞き手に徹し、要望や問題点をよく聞きデータを集め理想に近づけ製作をするのみだ。そして「使ってみてください」この一言で十分。結果がよければすべてOKとなる。
そこで選手も初めて聞く耳を持ち、どんな理論で製作したかを聞きたくなる。そこでの信頼関係のもとでの意見交換の深さや意味は、はてしなく大きく、われわれの財産となる。

何が優先?

ではなぜいろいろな理論を発信しなくてはならないのか。それは説明が必要なものだからだ。限られた在庫やサイズのなかから何か選んで使ってもらう。その場合、説明が不可欠となる。だから物ごとが複雑になる。
膨大なデータや知識や経験、研究から編み出したスケルトンであることを説明し、なおかつこのサイズがあなたに最適です!という科学的な根拠。
場合によっては有名選手のコメントやプロモーションなど。進まない場合、そのフレームの乗り方なども指導する必要もある。「ポジションを変ええればもっと進みますよ」と、調整のアナウンスも必要だ。

そうなってくるとライダーに寄り添う道具とはもはや言えないのでは?と思う。本来、アナタにとって進まないフレームはアナタの問題ではなく、自転車側の問題だ。体型に合わないスーツに体を合わせさせるスーツ屋がどこに存在するだろうか?
問題があれば作り替える。その場合どんな科学的な根拠よりも「アナタの言葉」以上に強力なデータは存在しない。われわれは聞き手であり、アナタが研究者だ。

適正な重心

ここまで言い切ってしまうと、理論や裏付けは必要ないのか?との声も聞こえてきそうだ。
わかりやすくシンプルにあたりまえに重要なことをお伝えしたい。

ひとつはライダーが自転車に乗ったときのバランス。
すなわちホイールベースやフロントセンターだ。レースの世界ではフロントセンターありきだ。競争なのか、サイクリングなのか、時速30kmなのか、40kmなのか、60kmなのか、どこに焦点を定めるかでまったく異なる。
フロントセンターについて語る人間が少ないのは語っても調整できないからだ。改善できないのなら語ってもしかたがない。

しかし実際は、体型、体重、ポジションを出したうえで人間の重心がどこにあるのか?前に進む二輪車としてあまりにも簡単で、かつ重要であり千差万別であることもあきらかだ。

適正な剛性

簡単にいうとフレームの硬さやバネ感だ。
乗り心地はもちろん、クランクを介してパワーを自転車に伝達するときの感じ方や効率もまた、各ライダーによって異なる。
これらをフレームで調整するのも当然重要だ。どこにどの銘柄のパイプを使うか、肉厚や太さはどうする?など。

多くのファクターがあるが、一つひとつを理解し、どこをどう換えればどのくらいの効果が得られるのかを知る必要がある。
その場合重要なことのひとつに材料の徹底管理がある。その方法は入荷ごとに超音波で肉厚を計測し、○×□△……。おっと、シンプルに伝えたいと書き出したが、ここは企業秘密であることに気が付いた、申し訳ない。

物事を伝えたりするのも私の仕事であり、伝えたい気持ちも十分にあり、何がいいのかも伝えたい。しかしユーザーにはシンプルに喜んでもらいたい。
本来のわれわれの仕事で言うべきことは「一生懸命作りました。乗ってみてください」その一言で十分だ。

まったく同じ性能のフレームを作り続けることはじつは難しい。超音波で一本一本のパイプの肉厚を測定し徹底的に管理

Cherubim Master Builder
今野真一

東京・町田にある工房「今野製作所」のマスタービルダー。ハンドメイドの人気ブランド「ケルビム」を率いるカリスマ。北米ハンドメイド自転車ショーなどで数々のグランプリを獲得。人気を不動のものにしている

今野製作所(CHERUBIM)

(出典:『BiCYCLE CLUB 2019年4月号』 )

 

「革命を起こしたいと君は言う……」の記事はコチラから。

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Bicycle Club編集部

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ロードバイクからMTB、Eバイク、レースやツーリング、ヴィンテージまで楽しむ自転車専門メディア。ビギナーからベテランまで納得のサイクルライフをお届けします。

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