空気を切り裂け!エアラインシリーズ【革命を起こしたいと君は言う…】
FUNQ
- 2019年05月29日
スチールの限界に挑むケルビム今野真一の手稿
ケルビム・エアライン
北米ハンドメイドバイクショー(NAHBS)ショーモデルとして今年はロードレーサーを製作した。ショーの詳細は、本誌のレポートをぜひご覧いただきたい。
われわれの作るショーモデルはいくつかジャンル分けされていて、そのひとつに「エアライン」というシリーズがある。
このシリーズは競技種目を想定し、おもにエアロダイナミクス効果を追求した仕様が特徴だ。今回出展したモデルはその3作めとなるモデルで「最新スペックのロードレーサーであること」にもっとも重点をおいた。
ショーモデルで実験したいことを思いっきり試せる。このような研究や特殊な仕様の追い込みは、お客様の自転車ですることはなかなか難しい。
初代エアライン。右上が2 作め、右下が3 作め。どれも空気抵抗低減に挑んだエアロデザイン
フォルム
どのエアラインにもいえることだがフォルムが特徴的だ。自転車に乗車しているとき、空気抵抗の約80%は人間が占めている。
よって、もっとも効果的な空気抵抗低減は乗車姿勢の改善だ。選手では「大きな選手よりも小さな選手のほうが空気抵抗が少ない」と思われがちだが、じつはそんなことはまったくない。
小柄な選手でも上体が立っている選手は抵抗が大きく、流線型に近いライディングができる大柄な選手のほうが整流効果があり少ない抵抗で走れる。
ナショナルチームの脇本雄太選手など、まさにその代表例といえる。あのフォームに行きつくまでが、血のにじむような過程だったことは容易に想像できる。
むろん、われわれ製作者の意向でライダーのフォームを変えられるほど甘くはない。選手の協力あってこその作戦となる。
実験車両の場合はあくまでノーマルポジションで考え、数%しかない自転車の空気抵抗を減らすことにフォーカスを当てるしかないのかもしれない。
また、自転車特有の特徴もある。脚やクランク、ホイールが回転し、空気をかき乱しながら走行するというジレンマだ。
回転部の空気の流れを整流することは、非常に大きな効果があると考えられる。そして、なるべくそのあたりのパーツ数を減らしたいという考えが浮かんでくる。
これがすべてのエアラインシリーズに通じる設計理念だ。今回の3作めがもっとも現実的な設計となった。
また、通常より重心が上がるという効果もあり、これが走りをどう変えるかということにも注目したい。
私はいつも、一般的な自転車のフォルムに疑問を感じている。もう少し人間が乗ったときに、自転車単体で見ても美しいフォルムがないものかと考えている。
人間エンジンの設計を変えるのが望ましいが、進化のために何万年という歳月が必要だ。それは非現実的だろう。
上 /オリジナルのスルーアクスル&フラットマウント用リアエンド。マウント位置を独立させることで、今まで抱えていた問題を解決している 下右 /オリジナルカーボンフォークを用いたフロント部分。このフォークは一般にも販売予定だ 下中 /回転部の空気の流れを意識し、ダウンチューブとの接合箇所を工夫 下左 /大胆な肉抜きを施し軽量化したオリジナルの樽型BB
コンポーネント
もちろん自転車はフレームだけでは走らない。
パーツを選びそれらに合ったフレームを製作しなければならない。進化するコンポーネントと互換性を意識することが必要だ。
しかし、そこにも悩みはつきない。現代のコンポやパーツ類は多くの場合、硬いカーボンフレームに合わせて設計されている場合がほとんどだ。だからといって古いコンポで製作を続ければ、選手やユーザーも困ってしまう。
今回の製作で、最大の収穫は、オリジナルのスルーアクスル&フラットマウント用リアエンドだろう。試作モデルのため、CNC加工で製作したが、今後はロストワックスでの量産を検討している。
スルーアクスル&ディスクブレーキが今後主流となるのは、もはや決定的だ。強力なパワーのかかるディスクブレーキのシャフトのよじれ対策のために径が太くなったという見解が一般的だ。しかし、もうひとつ知られざる大きな利点がある。
じつはクイックリリースでホイールを締め付けた際に、ベアリングに偏った負荷がかかっている。それが走行に悪影響を与えることは意外に知られてない。
スルーアクスルは、この盲点ともいえる問題をみごとに克服している。違いのわかるライダーはこのホイールに乗った際の走りの違いに感動する。
われわれの課題はフラットマウントの取り付け構造だ。
下部からボルトを止める方式は、あきらかにスチールフレームを無視した作りだ。カーボンなら、なんてことのない構造だがスチールでは致命的な欠陥を抱える場合もある。
スチールの特性を生かすにはできるだけパイプ構造を用いなくてはならない。しかしフラットマウントシステムを採用するため、もっとも大切とされるチェーンステー部分の3分の1近くをパイプではなく、鉄の塊で作らなければならなくなってしまう。
重量的にも絶望的であり剛性面でも硬すぎてしまう。スチール製作者としては頭を悩ます部分であり、同業者のあいだでは、このブレーキシステムを使わないほうがいいのでは?という結論になったこともある。
しかし今回開発したニューエンドはそのマイナス要素を取り除くことに、ついに成功した。
今までのスチールパイプを使いつつ、このブレーキシステムを使う活路を見い出せた。米国のビルダーたちにも注目され、イタリアのコロンバス社からも絶賛され賞をいただくこともできた。
もちろん、今後ケルビムのスルーアクスルを使用するモデルに標準装備される。
エアライン3展示中
展示会出展などは経費も時間もかさみ、日常業務をこなしながらの作業は工房に大きなストレスを与える。
しかし今回のようにユーザーにお届けするフレームにひとつでもプラスになることがあればその成果は、はかりしれない。
しばらくはショールームに展示しておく予定だ。輪界に一石を投じたと自負している、われわれの実験車をご覧いただきたい。
ベストコロンバスアワードを受賞したエアライン3。現在、ケルビム青山ショールームに展示中だ
Cherubim Master Builder
今野真一
東京・町田にある工房「今野製作所」のマスタービルダー。ハンドメイドの人気ブランド「ケルビム」を率いるカリスマ。北米ハンドメイド自転車ショーなどで数々のグランプリを獲得。人気を不動のものにしている
(出典:『BiCYCLE CLUB 2019年6月号』 )
「革命を起こしたいと君は言う……」の記事はコチラから。
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